OVA第8話:筋肉都市1
旅は続き、私たちはついにこの大陸で最も異彩を放つ巨大都市へと辿り着きました。
その名も、ゴールドズィムシティ。
ここは「筋肉こそが法、パワーこそが正義」を掲げる、筋肉が支配する筋肉のための街。あらゆる筋肉的行為が奨励され、非筋肉的な行為は「カタボリック(筋肉分解)」として咎められる……そんな、狂った街です。
アドニスさんたちは、はるばる南の大陸の果てからこの街を目指して旅をしていたらしく、門が見えた瞬間に「ついに……聖地へ!」と、かつてないほど目を輝かせていました。
まず、街の入り口からして正気ではありません。
門を開くための取っ手や鍵はなく、設置されたバーベルでBIG3合計500kgを完遂しないと、油圧式の巨大な門が1ミリも動かない仕組みになっているんです。……門をくぐる前から、私は死を覚悟しました。
街の中に入れば、さらに絶望が加速します。
ジム、スポーツ用品店、プロテインBAR、無添加食品の専門店。100メートル歩く間に、筋肉を育てるための施設がコンプリートされています。
むさ苦しい野郎ばかりかと思いきや、案外、女性も多いのですが……。
「ねぇ、アドニスさん。あのお姉さんたちも、さっきの門を通ってきたんですか?」
「もちろんさ。女子は合計300kgから入場許可が降りるんだよ。みんな素晴らしいハムストリングスだね」
無理です。私のBIG3合計がようやく200kgに届くかどうかなのに、入場料一回分で私の命が尽きてしまいます。
私は街の衛兵さん(当然マッチョ)から、危ないから……と「ビジター利用」と書かれた名札を首から下げられ、「これを肌身離さず持っていなさい。君を狙う不埒なコーチから身を守る盾になる」と念を押されました。怖いです。
ふと気づけば、隣にいたはずの三人はもう居ませんでした。
まるで森へと帰った野獣が獲物を追うように、彼らは各々が好きな「重り」の匂いを嗅ぎつけ、凄い笑顔で街の深部へと消えていったのです。
「……うん。すること、ない!」
どこかでお茶をして一休みしようにも、各店舗のドアが重厚すぎて、両手で押してもビクともしません。この世界で「ゾルディックの門」と呼ばれる、重さ数トンに及ぶ筋力測定ドア達です。どこにも入れません。
手持ち無沙汰で街角に座り込んでいると、通りすがりのマッチョなオジさんに声をかけられました。
「ダメじゃないか! 笑顔を絶やして座り込んでちゃ。筋肉が足りないのかい? ……あ、名札。なんだ『ビジター』か! ごめんごめん、眠れない夜もあるよね! これ食べて元気出して!」
差し出された「カロリーバー」を、私はハイライトの消えた目で受け取り、サクサクと無言で食べました。
……少しだけ甘くて、今の私の心には、毒のように美味しいです。
夜になっても、マッスルモンスターたちは帰ってきませんでした。
きっと今頃、聖地の最新マシンに抱かれて至福の時を過ごしているのでしょう。
宿のドアさえ開けられない私は、部屋に入ることすら叶わず、道端の隅っこの、人目につかない暗がりに横たわりました。
「……寒いなぁ」
故郷に居た頃、おばあちゃんが焼いてくれた普通の、筋肉のことなんて一言も言わなかったパンのことを思い出します。
少しだけ、寂しいです。
お父さん、お母さん。
私はやっぱり、選択を間違えたのかもしれません。
聖地の夜風は、私の薄い大胸筋を容赦なく冷やしていきます。




