OVA第4話:筋肉獣観察日記
健康少女フィジーク大会を控え、地獄のブートキャンプは続いていました。
私は最近、生きるために「チキンシェイク」を流し込みながら、ふと気づいたんです。この人たち、もしかして私とは違う生き物なんじゃないかって。
そんな私の「筋肉獣観察日記」を少しだけ公開します。
【筋肉獣観察日記:其の一「アドニス」】
「美しき完璧主義者」なんて呼ばれてますけど、朝の歯磨きがスクワット100回刻みなのはどうかと思います。この前なんて、鏡を見ながら「今日の広背筋の広がりは、昨日より0.2ミリ甘いな……」と呟いて、そのまま朝食抜きで山を三往復していました。爽やかな笑顔で「おはよう、モヤシちゃん」って言われても、瞳の奥にプロテインの粉末しか見えないのが怖いです。
【筋肉獣観察日記:其の二「ガストン」】
この人はもう、野生の熊だと思ったほうがいいです。寝言が「あと一回……絞り出せ……」で、寝返りを打つたびに宿の床がひしゃげます。しかも、最近は「箸を持つのは前腕の無駄遣い」とか言って、食事を全部直接、口に放り込んでいます。私を「豆苗」と呼びますが、その指先に摘ままれたら私の骨なんて簡単に砕けるんだろうな、と毎日命の危険を感じています。
【筋肉獣観察日記:其の三「バジル」】
一番の狂気はここです。聖職者なのに、お祈りの文言が「我らに日々の糧(タンパク質)を与え給え」に変わっています。この前、深夜に地下室から「ギャアア!」というマンドラゴラの悲鳴が聞こえたので覗いたら、バジルさんが笑顔でマンドラゴラをダンベル代わりにしてカールしていました。しかも「叫ぶたびに重さが変わる、最高の可変式ダンベルですよ!」と喜んでいたんです。……女神様、早くこの人を破門してください。
そんな「地獄の日常」を過ごしていた私たちの前に、ついにアイツが現れました。
十魔団の一人、色欲を司るサキュバス、リイス。
「フフフ……筋肉に脳まで侵食された愚かな男ども。互いに殺し合わせるのもいいけれど、もっと惨たらしい結末をプレゼントしてあげるわ」
彼女が妖艶な指先をこちらに向け、禁断の秘術を放ちました。
それは、パーティー内で最も弱く、守るべき対象である私――ティミドに対して、三人が耐え難い「劣情」を抱くように仕向ける精神汚染魔法。仲間が私を奪い合い、欲望のままにパーティーを内側から崩壊させる……。サキュバスとしての彼女が編み出した、最悪のシナリオでした。
魔法のピンク色の霧が、三人の巨体を包み込みます。
「さあ、理性を失いなさい! 目の前の小娘が、どんな美女よりも魅力的な獲物に見えるはずよ!!」
リイスは勝利を確信し、歪んだ笑みを浮かべて高みの見物を決め込みました。
……ですが。
「「「…………」」」
三人とも、無表情。
それどころか、アドニスさんが私をじっと見つめながら、ボソリと呟きました。
「……信じられない。今の魔法のせいで、モヤシちゃんの『縫工筋』のラインが、いつもより鮮明に見える気がする……!」
「ああ、俺もだ……」ガストンさんが唾を飲み込む。「豆苗のあの細い足に、微かに宿り始めた筋肉の芽吹き……。守りてぇ。この芽を、もっとデカく育ててぇっていう情熱が止まらねぇぞ!」
「なんと神々しい……。ティミ嬢の体脂肪が、今まさに0.1%刻みで削ぎ落とされていく幻想が見えるようです。これは……欲情ではない、これは『育成欲』だ!!」
「キィィーッ! なんで!? なんで私の色欲操作が、そんな健全な(?)方向に変換されるのよぉぉ!!」
リイスが顔を真っ赤にして地団駄を踏みました。
彼女の魔法は、彼らにとっての「最高の色欲(=理想の筋肉への渇望)」に完全に上書きされ、ただの「コーチング・ブースト」へと成り下がったのです。
「え? ん? お?」
三人はようやく彼女の存在に気づいたように、揃って首を傾げました。
「君、何か言ったかい? 今、モヤシちゃんの育成計画で忙しいんだ」
「それに、俺らの好みはな……」ガストンさんが鼻を鳴らす。
「BIG3が合計600kgを超えた女性だけだ!! お前みたいな脂肪の乗っただけの体は、ただの『減量ミス』なんだよ!!」
「全くだ。広背筋の厚みも足りない。筋肉に対する敬意が欠如していますね」
バジルさんの冷徹な一言が、リイスのプライドを粉々にしました。
「失礼しちゃうわね! これが魔界最高峰のナイスバディよ! 努力なんてしなくても、生まれつき完璧なのよ!!」
その言葉が、私の地雷を、それこそ「プレス機」のように正面から押し潰しました。
(……あー、むかつく。全員むかつく。筋肉ダルマたちは後でプロテインを下剤に変えるとして……)
私は、愛用のジェットバットをズルズルと引きずりながら、リイスの前に立ちました。
バットの背後の魔法陣が、どす黒い怒りと「空腹」に呼応して、かつてないほど激しく発光します。
「サキュバスぅ? どうせ魔物だから、努力もせずにそんな体で生まれて、そのまま死ぬんだ……。……いいよね、鶏肉ジュース飲まなくていいんだもんね……。……こっちは、吐きながらデッドリフトして、大百足飲んで、今も全身の毛穴からプロテインの匂いがしてる気がするのに……!!」
「ちょ、ちょっと、何その怖い顔!? 魔法使いでしょ!? 魔法を使いなさいよ!」
「これは、加速の魔法……『フルアクセル・一閃』よぉぉぉ!!!」
物理法則を無視した加速。
私の全魔力を乗せた横フルスイングが、リイスの右膝を完璧な角度で捉えました。
――メキ、ベキバキィィッ!!!――
「あ、ぎ、ゃ……!?」
悲鳴すら遅れて聞こえるほどの衝撃。
リイスの細い右膝は、関節の可動域を完全に無視して逆方向、文字通り「くの字」に折れ曲がりました。彼女はそのまま、地面に叩きつけられるようにして、絶命。魔界の美女も、物理攻撃の前では等しく「肉」でした。
「……はぁ、はぁ。……さて、ポージング練習の続き、やりますか」
私は虚無の瞳で、三人の獣たちに向き直りました。
「素晴らしい打撃だったよ。モヤシちゃん。次は今のスイングで使った広背筋を意識して……ダブルバイセップス!」
「「「イエス・マッスル!!」」」
お父さん、お母さん。
私は、魔物よりも怖い「嫉妬」という名の筋肉を育ててしまったのかもしれません。
そして、折れ曲がったリイスの膝を見て「あぁ、あれは解剖学的に修復不能だな」と冷静に分析している自分自身が、一番怖いんです。




