OVA第3話:『チキンシェイク』
物語は「健康少女フィジーク大会」の二週間前へと遡ります。
参加資格である「BIG3(ベンチプレス、スクワット、デッドリフト)合計200kg」という、魔法使いには到底不可能な数字を達成するため、私は今、神経と筋肉を直結させる地獄のブートキャンプの真っ只中にいました。
「も、むり……むり……なにも、食べたくない……」
連日の高強度トレーニングにより、私の内臓は完全にストライキを起こしていました。
体の節々は悲鳴を上げ、心は薄いガラス細工のように粉々に砕け散っています。
「食べなきゃ死ぬ」のは分かっていますが、口に食べ物を入れるという行為自体が、私にとっては「次のセットへの入場券」にしか思えなくて、どうしても受け付けなくなってしまったのです。
それは、私なりの静かな、そして精一杯の抗議でした。
部屋の隅で、私の「無言のハンガーストライキ」に、あの筋肉の獣たちが頭を悩ませていました。
「モヤシちゃん、昨日からパンも肉も野菜も一切受け付けないんだ……。こっそり与えたオレンジジュースだけは、目の光が消えたまま飲んでいたけど、あれは完全に怯えた小動物のそれだったよ」
アドニスさんが、珍しく神妙な面持ちで顎に手を当てています。
「豆苗の野郎、そんなんじゃただでさえ少ない筋肉がカタボ(分解)っちまうぜ! 俺がこっそり与えた焼き菓子(大豆パウダーin)は、光の失われた目で食べてたけどな。ありゃあ、ハムスターの末路だぜ」
ガストンさんが、自分の太い腕を抱えて舌打ちしました。
「ティミ嬢……反抗期ですかね。しかし困りました。栄養失調では健康少女フィジーク大会など夢のまた夢ですからな」
バジル司祭が、手帳をパラパラとめくりながら深く溜息をつきました。
「……うーむ」
沈黙が流れる中、バジルさんが顔を上げ、その瞳に怪しい光を宿しました。
「わかりました。このバジル・サルト、命に代えてもティミ嬢を『食の迷宮』から救い出してみせましょう!」
「バジル……お前、いい心意気だ。……アドニスを背負って腕立て200回やってから取り掛かれ」
「はいっ!!」
そこから、バジルさんの狂気の試行錯誤が始まりました。
彼はまず、あらゆる野菜を乾燥粉末にすることから始めました。
中には『マンドラゴラ』という、抜くと死ぬほど叫ぶ植物も混じっていました。私の部屋まで「ギャアアアア!」という断末魔が響き渡り、精神錯乱を起こした私を、バジルさんは背中にしばりつけてあやすように重りにしてスクワットをしながら粉砕していたそうです。
次に、彼は調理法にこだわりました。
どんなに私が拒絶しても、彼はめげませんでした。
「ティミ嬢、この鶏肉を柔らかく煮込んだスープを……」
「いらない、です……」
「では、この最高級の赤身肉をミンチにしたハンバーグを……」
「……おえっ。……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
吐き出してしまった食材を見て、私は罪悪感で涙が止まりませんでした。命を捧げてくれた動物たちに申し訳なくて、でも、どうしても胃が受け付けない。
しかし。
私のその吐瀉物をマジマジと、観察するように見ていたバジルさんの脳内に、悪魔の電流が走りました。
「……そうか! そういうことだったのか!!」
バジルさんが、血走った目で叫びました。
「噛むから疲れるのです! 咀嚼が筋力を、精神を削っているのだ! ならば――」
「鶏肉を、ジュースにすればいいんだ!!!」
それは、料理に対する冒涜であり、人間としての尊厳を根底から覆す、最悪の閃きでした。
翌朝、私の目の前に出されたのは、ドロリとした、薄いピンク色の……「飲み物」を自称するナニか。
「さあ、ティミ嬢。鶏胸肉三枚分を、皆の握力で握り潰し、特製プロテインと大百足の粉末とデーモンジンジャーとキラービープロポリスを加えて乳化させた『チキン・シェイク』です! 噛まなくていい、飲むだけでバルクアップ!!」
「……お父さん、お母さん。……私は、ついに『食べ物を飲む』という、人間を辞める儀式の祭壇に立っています」
震える手で、その冷たいカップを口に運びました。
……味が、しない。いや、肉の「生々しい気配」だけが、ダイレクトに喉を通っていく。微かに香る甘いバニラの香りが余計に私の精神を削ります。
これが、後に「魔王を討つ原動力」となり、私のクアッド(大腿四頭筋)を狂わせる伝説の飲み物の誕生でした。
お父さん、お母さん。
私はやっぱり、選択を間違えたのかもしれません。




