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OVA第1話:禁断の錬筋術!

「ティミ嬢、新しいプロテインの試作が完成しました。さあ、こちらへ!」


その声が響いた瞬間、私の背筋は『防御魔法』を無意識に発動させるほど硬直しました。声の主は、このパーティーの「回復(物理)」を担当するバジル・サルト司祭。大司祭という高貴な位にありながら、その実態は、あらゆる食材を乾燥させ、すり潰し、謎の粉末へと変えることに命を懸ける「筋肉の錬金術師」です。


彼が「プロテイン」と呼ぶその飲み物は、女神様から異世界の知恵として授かった筋力増強の薬なのだとか。……正直、女神様もそんな物騒な知識をこんな筋肉ダルマに教えないで欲しかった。大司祭様が神託を受けるなんて、本来なら国を挙げた儀式が必要なほど凄いことのはずなのに、この人ときたら「女神様がスクワット1000回のインターバル中に教えてくれました」なんて、日常会話レベルで済ませてしまうんですから。


「……バジルさん。あの、その前に私、午前中もスロースクワット500回やって、さっきも別の何かを飲まされた気がするんですけど」


「何を仰るんですか。トレーニングと栄養は、一対の翼。欠ければ飛べません。さあ、試飲の前に、まずは軽く腕立て・腹筋・背筋を300ずつ。準備運動ですよ!」


「300が『軽くない』世界線に帰りたーーーい!!」

私の悲鳴は、宿の石壁に虚しく吸い込まれていきました。


一時間後。

私は、自分の汗でできた水たまりの中で、文字通り「干物」のようになって転がっていました。


「ぜぇ……ぜぇ……。おえっ……も、もう……一歩も、一ミリも、細胞一つ分も動きません。……殺して。いっそスクワットの自重で押し潰して……」


「素晴らしい追い込みでしたよ、ティミ嬢。さあ、ご褒美の時間です」


影が私を覆いました。見上げると、聖職者の慈愛に満ちた(と本人は思っているであろう)笑顔のバジルさんが、木製の大きなカップを差し出しています。

そのカップの中身を見た瞬間、私のわずかに残っていた生存本能が「逃げろ」と警笛を鳴らしました。


「あ、あの……バジルさん? これ、なんか表面が不自然にシュワシュワしてるし、耳を澄ますと『カサカサ……』って、生物学的に聴いちゃいけない音がしてるんですけど」


「おや、よく気づきましたね! さすがは魔法使い。感度が鋭い。実はこれ、この地方で獲れる『大百足』の脚を丁寧に乾燥させ、殻ごと粉末にして、いつものプロテインにブレンドしてみたんです。古文書によれば、疲れが吹き飛ぶ滋養強壮の逸品だそうですよ」


ムカデ。

今、この坊主の口から「ムカデ」って単語が出た。

(無理無理無理無理無理無理無理!! ただでさえ、いつも何が入ってるか分からない、妙に甘くて後味がしょっぱい『ドブ板の搾りかす』みたいな液体を飲まされてるのに! ムカデ? 正気? そりゃ女神様も、貴方の魔法の力を没収するわけだよ! 危険人物だもん!!)


私は全力で首を横に振ろうとしましたが、首の筋肉すら乳酸でパンパンに張っていて、わずかに痙攣することしかできません。


「どうしたんですか、ティミ嬢? ……あぁ、さては。自分でカップを持つ元気すら残っていないのですね? いやはや、そこまで自分を追い込めるとは、導師として鼻が高いです。分かりました、私が飲ませてあげましょう。ほら、口をあけて。聖母の慈悲ですよ」


「いや……やめ……いやぁぁ……んぐっ!?!?!?」


慈悲という名の暴力によって、カップが強引に私の口に固定されました。

流し込まれる謎の液体。粉末にしているはずなのに、なぜか口内で「生」を主張してうごめく百足の脚の感触。ザラリとした甲殻の破片が喉を焼き、ドロリとした甘みが舌を麻痺させる。


「んごっ!? むぐっ、んんんんんんんんーーーーっ!!」

…………。

………………。

……………………。

「……うっ。あ……。……うぉぉぉぉぉおおおおおおお!!!」

内臓から火が出たかと思いました。

胃に落ちた瞬間、熱い何かが血管を駆け巡り、脳髄を直接ボルトで締め上げられるような感覚。

あれ? おかしい。さっきまで指一本動かなかったのに、急に全身の筋肉が「おい、次のセットはまだか!?」と騒ぎ出している。力が、力が漲る……!


「凄い……! ハードなトレーニングの後なのに、今ならオークキングを背負ってスクワットできそうな気がする!!」


「おお、大成功ですね! 大百足のキチン質が魔力回路を刺激したのでしょう」


バジルさんは満足げに頷き、手帳に何かを書き込みました。

私はその場でシャドーボクシングを始め、加速魔法なしで音速の壁を突破できそうな万能感に包まれていました。……その時は。



翌朝。


「……お父さん、お母さん。……助けて」


私はベッドの上で、一ミリも動けない絶望の中にいました。

全身を、昨日よりさらに重い、コンクリートを詰め込まれたような激痛――地獄の筋肉痛が襲っています。しかも、それだけじゃない。


「……お腹の中で、まだ……カサカサ、言ってる気がする……」


胃のあたりで何かが動くような幻聴と、百足の脚の感触がフラッシュバックして、涙が止まりません。昨日あんなに漲っていた力は、文字通り「命の前借り」だったようです。

窓の外では、アドニスさんの「さあ、朝の有酸素運動(全力疾走)の時間だ!」という快活な声が響いています。


私は震える手で、枕元のジェットバットを握りしめました。



お父さん、お母さん。

私は、もしかしたら最初の選択から……いや、この世に生まれてきたこと自体、選択を間違えたのかもしれません。

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