劇場版-誓いのプランク-4
ついに玉座の間で対峙した魔王は、想像を絶する絶望の化身でした。
「暴力」を司る首と「精神」を司る首を持つ、伝説の二頭邪竜アジ・ダカーハ。
奴は、こちらの物理的な筋力と、戦う意志そのものに直接干渉してきたのです。
「ち、力が入らねぇ……。筋肉が……萎んでいく……」
あのガストンさんが、膝をついて腕をだらりと下げました。
「あぁ、もう、やる気が出ないです。女神様の馬鹿野郎……プロテインなんて、ただの粉ですよ……」
バジルさんまで、虚空を見つめて悟りを開こうとしています。
「う、これはまずいぞ……大丈夫か、モヤシちゃん?」
膝をつきながらも必死に耐えるアドニスさんが、私を振り返りました。
「え? ……あ、私、なんか動けるみたいです」
不思議でした。みんながあんなに苦しんでいるのに、私だけは平気なんです。
「たぶん……魔王の力の干渉が、皆様の圧倒的な筋力と筋肉愛に向けられすぎてて。私、どっちもチューニング圏外なのかも。ほら、私ショボいから」
私の自虐的な言葉に、アドニスさんが震える唇で笑いました。
「ふふ、流石だよ……やっぱりあの時、君を誘って良かった。……僕たちが、命を懸けて隙を作る。君が、奴をやるんだ」
「え? 無理無理無理無理! 結局は最後も皆が筋肉バルクパワーで解決すると思ってたのに! そんなカタボリックな皆を見たくないよ! 私が魔王に立ち向かうなんて……!」
「ティミド!! 君が、やるんだ!!」
心臓が跳ねました。
アドニスさんが、初めて私を「モヤシ」じゃなく、名前で呼んだから。
「行け! 僕らのモヤシちゃん!!」
アドニスさんの叫びを合図に、三人がボロボロの体で立ち上がりました。
「皆、やるぞ! 力を抜かれても、やる気を削がれても、筋肉に染み込んだ情熱までは消せないはずだ! せーのっ!!」
彼らは、無心で、そして完璧なフォームでスクワットを始めました。
シュッ、シュッ、と規則正しい呼吸音だけが響く異様な光景。その謎の威圧感と「理解不能な光景」に、魔王アジ・ダカーハの動きが明らかに鈍りました。
「我の干渉が効かぬだと!? なぜだ、なぜスクワットをやめぬ!!」
そこに飛び込んだのは、小さくて痩せっぽちな、それでいて誰よりも必死な生命力の影。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
私は、これまでの地獄のような日々をすべて、バットを持つ腕に込めました。
逃げたかった日。漏らした日。肉離れした日。
そして、この人たちと笑いながら肉を食った日!
「これでも、喰らいなさぁぁぁい!!!」
――ガゴォォォォォォォンッ!!!
これまでのどんな手応えよりも重く、鋭い、人生最高の会心の一撃。
加速魔法全開、基礎雷魔法全乗せの横なぎフルスイングが、邪竜の脛を完璧に捉えました。
断末魔の咆哮を上げて、魔王が崩れ落ちます。
その瞬間、みんなを縛っていた干渉が消え失せました!
「今だぁぁぁぁ!!」
「「「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」
あとは、もう言葉通りの「筋肉の暴風雨」でした。
殴る、蹴る、投げる、絞める。
やがて、あれほど誇り高かった邪竜は、ピクリとも動かない肉の塊へと変わっていました。
「ガハハ! 最後の一撃は俺の拳だったな!」
「いや、僕の金砕棒がここに当たったのが決定打だよ」
「いいえ、私のモーニングスターが急所を捉えていました」
三人がいつものように「誰の功績か」で揉め始めた時、私はバットを杖代わりにして、鼻を鳴らしました。
「違うでしょ!! 私のバットが脛にクリーンヒットしたから勝てたんだよ!? へへっ! 凄いでしょ? 私!」
静寂の後、三人が顔を見合わせ……そして、同時に破顔しました。
「あぁ、その通りだ!」
「僕たちの、最強の魔女の勝利だ!」
私は三人の巨大な手にひょいと持ち上げられ、そのまま魔王城の玉座の間で、何度も、何度も胴上げされました。
天井に頭をぶつけそうになるたびに、私は大きな声で笑いました。
お父さん、お母さん。
私は、選択肢を間違えたのかもしれません。
でも、この暑苦しくて、優しくて、世界で一番強い怪物たちが、私の家族になりました。
さあ、内地へ帰りましょう。
石になったみんなを背負って、最高のパンプアップ状態で凱旋です!




