劇場版-誓いのプランク-1
-誓いのプランク-
「空白の大陸」の深部は、もう生命なんて一切お断りって感じの、嫌な静寂に包まれていました。
ようやく辿り着いた最後の希望、北方王国騎士団の「隠された斥候基地」。
でも、そこで私を待っていたのは、温かいスープでもふかふかのベッドでもなく、息が止まるような「絶望」の光景だったんです。
「……嘘、でしょ」
私は荷車の上で、言葉を失いました。
砦の門を潜った先にいたのは、剣を構えたまま、あるいは盾を掲げたまま、精巧な「石の彫刻」にされてしまった兵士さんたち。
毛穴の一つ、絶望に歪む表情の一つまでが、冷たい石の質感で固定されていました。
ガストンさんが重い足取りで一歩進み、地面に刻まれた殴り書きを睨みつけました。
「……『目を見るな』……か」
その文字すらも、書いた人の指が石に変わっていく中で必死に削られたみたいで、最後の一画は血と泥で潰れていました。
その時です。
砦の空気が、ねっとりとした蛇が這いずるような、鳥肌の立つ気配に変わりました。
「ククク……よくぞここまで来た、勇敢な虫ケラどもよ」
崩れた物見櫓の上。無数の蛇を髪に生やした女の怪異――十魔団の一人、石化の魔眼ゴルゴンが、嫌な笑いを浮かべて私たちを見下ろしていました。
「我が魔眼に見入られたが最後。貴様らのその強固な肉体も、ただの動かぬ石塊へと……」
ゴルゴンが、その禍々しい瞳をカッと見開きました。
「死ね! 『終焉の石化光線』!!」
「目を閉じてっ!!」
私が悲鳴を上げた、その瞬間でした。
――キィィィィィィィィンッ!!!
鼓膜を突き刺すような、硬い反射音が響き渡りました。
「な……が、ふ、あぁっ!?」
絶叫したのは、ゴルゴンの方でした。
放たれたはずの石化の光が、三人の筋肉に触れた瞬間、プリズムみたいに虹色に跳ね返って、あろうことか放った本人へと逆流したんです!
「馬鹿な……我が魔眼が、反射……された……!? 鏡など持っていなかったはず……!」
「鏡? そんな軟弱なものは持っていないよ」
アドニスさんが、完璧なポージング――『サイド・チェスト』の構えのまま、涼しい顔で言い放ちました。
「これは、日々の鍛錬で磨き上げ、バジルが丹念に塗り込んでくれた『ポージング・オイル』と、極限までパンプアップされた大胸筋の密度が生んだ……筋肉反射だ!」
ゴルゴンの体は、自分の足元から見る間に灰色の石へと変わっていきました。
「筋肉……だと……? そんな、馬鹿げた……」
恨み言を吐き切る前に、魔眼の主は自らの呪いで、ただの不格好な石像になっちゃいました。
静寂が戻った砦で、ガストンさんがカチコチになったゴルゴン像をひょいと持ち上げました。
「お、いい重さじゃねぇか。持ち手(蛇の髪)も付いててデッドリフトに最適だぜ!」
「素晴らしい。魔王城への道中、これ以上の負荷はありませんね」
バジルさんも満足そうに頷いて、ゴルゴン像を荷車に放り込みました。私の座る場所がどんどん狭くなります。
私は、震えながらその光景を見ていました。
あんなに怖かった幹部が、ただの「重り」として扱われてる。
でも、視線を戻せば、そこには石にされたままの兵士さんたちが並んでいるんです。彼らは救えなかった。無念のまま、ここで時が止まっている。
私は、ゆっくりと荷車から降りました。
「……モヤシちゃん?」
「ティミ嬢、どうしました?」
「待っててください」
私は、石の兵士さんたちに向かって、まっすぐに視線を向けました。
「魔王を倒したら、絶対に……絶対に皆さんを故郷に運んであげます。だから……」
私は、自分自身の体を、今日まで教わった通りに鋼のように固めました。
「――追悼のプランク、開始っ!!」
これまで「やらされていた」修行とは違います。
自分の意志で、亡くなった人たちのために、魂を削る五分間。
プルプルと震える腕。滴り落ちる汗が、乾燥した大地に染み込んでいきました。
三分。二分のインターバルを挟んで、さらに二分。
完遂した瞬間、私は泥みたいに地面に突っ伏しちゃいましたけど、なんだか心だけは、今までで一番シャキッとしていました。
「……よし。準備はできたな」
アドニスさんが、優しく、でも力強く私の肩を叩きました。
「行こう。この先に待つ魔王に、最高のバルクを見せつけてやるために」
「はいっ……!」
立ち上がった私の足取りは、もう「荷車の重り」のそれじゃありませんでした。
一歩。また一歩。
四人の影は、夕闇に染まり始めた魔の山を、力強く登り始めました。
お父さん、お母さん。
私は今、石を背負う怪物たちと共に、神の領域へと足を踏み入れようとしています。
私は選択を……いえ。
今はただ、この脚を――一歩前へ!




