80話 九十九が黄泉は帰して
明海三十九年 9月17日 払綿土 某所 上空
「夫人、この席で安全帯を着けて座ってください」
「夫人は浜綴語通じるのか?」
「……?」
「あ」
「成語の方がまだ、通じるんじゃないか?」
「あー……。プリーズ、シッダンアンドゲットザベルト」
「下手すぎだろ、色々と。海軍軍人として」
シクロフスキー夫人を救出後、ザワの待機席に座らせて帰路へ着く準備を始めた。
『隼翠より瑞守全機。一名の救出を断念したが、これにて作戦の救出段階を終了とする。全機、こちらの指示する進路を取り、帰路につく。直ちに離脱するぞ、城詰機に続け』
「相坂機、了解。城詰機後方についた」
隼翠隊からの指示に従い、城詰機に対する好位置に捉えた。
作戦の結果は一名救助出来なかったというものになってしまったが、シクロフスキー氏とその夫人を救助できたので、全て失敗したことよりもマシだったと考えよう。
兎も角すぐにでも帰還しないと、今現在明確にこちらに対して敵意を有する対空砲をこちらに向けてくる地上部隊がいるらしいので長居すると墜とされかねない。
「あー、あー。これより帰還作戦を実施する。本作戦第三補給地点、つまり次の空中給油地点までは隼翠隊の先導、主導で戻ることになる。隼翠隊はあとのことを頼む」
『隼翠隊城詰、了解した。地上からの砲火もある。それに、お迎えも来たようだ。急ぐぞ』
城詰少佐の言葉で見渡すと、こちらに向かってくる「何か」が見えた。
その「何か」とは前に見たことのある、忌々しいものだった。
「エアラパイソンか……」
シゲが呟いた。
エアラパイソン、伊銀田連邦陸軍航空軍が主として運用している機体。
伊銀田連邦に於ける型番はP-39、若しくはP-400とされているらしい機体だ。
俺たちが太平洋で試製海邦を駆り、相対していた機体と同型。
いや、こちらは武器貸与法内で貸し出されているものであるため、多少、性能緒元で見ると本国のモノより劣る機体、P-39ではなくP-400の方である可能性は高い。
が、性能は高い方で見積もっておいて問題はないか。
『全機、高速巡航へ移行せよ』
規定の巡航速度にまでなる様に出力を上げる。
直線の速度に於いてならば、正規のP-39に追いつかれることはない。
そしてその速度を維持できるのなら、そこまで旋回時に於いても距離を縮められるようなことも稀だろう。
無駄なことをしなければ、まず追いつかれないという余裕を心に、操縦の過誤が無いよう丁寧に進めていく。
「シン!追手は谷を使って通過点を一部省略して詰めてきているぞ!」
「追いつかれそうか?」
「まだ大丈夫だ!けどあと数分となると分からん!」
「了解した。迎撃できそうか?」
「横からだ!出来そうにない!」
星影に搭載されている後方機銃はある程度、軸をずらして狙うことこそ出来るものの、旋回機銃ではないため横方向の攻撃には対応できない。
迎撃は困難で、このままでは追いつかれる可能性。
「瑞守隊相坂より隼翠、いいか?」
『どうした少佐?』
「敵機の詰め寄り方が思ったよりも早いと後方機銃手より伝えられた。帰路の省略、若しくは速度を上げることを具申する」
『了解した。計算し、安全な空路を再参照して導く。暫し待て』
「ああ」
暫く予定通りに隼翠隊を追っていると、無線が来る。
『隼翠隊より作戦全機へ。敵機の出現、及びその機体の追跡速度の高さより予定していた進路を変更し、早く抜ける空路を取る。但しこの空路はより速い機体の出現、防空網の通過に不利になるということを憶えておいてくれ。そこで墜ちかねないぞ』
作戦機らはその無線に返し、隼翠隊は予定とは別の進路を取り始めた。
「大分と距離を稼げたな」
「そうか……」
ザワがした後方の報告に多少の安堵を覚える。
「向こうもこちらの省略に合わせて無理な省略をし始……あ」
「どうした?」
「敵機の中の一機が山に墜ちた。爆炎が見えた」
「……なるほど」
こちらの多少の無理は向こうにとってはかなりの無理となっていたんだろう。
そして、追う中の機が墜ちたとなると、彼らも無理をしにくくなるだろうな。
「近辺の機が墜ちた」という緊張感と、「敵機が減った」という安堵感とが同居した不安定な心の中。
無理やりにでも心に平静を持ち込もうと試みたとき、それを阻む事態が起こった。
『二時の方向に不明機。現在位置と状況から考えて敵機であるとみられる』
隼翠隊が発した報せは振り切った敵機のことすら忘れさせる悪報だった。
二時の方向……前方から来るということは、どのような機体であっても一度はこちらを射撃する機会を得られるだろう。
そしてこちらも次の防空網を低空で抜ける予定であるため、振り切るために高度を取るという策を取れない。
『速度を更に上げて向こうに反応されるよりも前に通り過ぎたいが……多いな』
先導していた隼翠隊のみが認識していたようだが、先ほどよりも少し進んだため、こちらからもそれらの機体を俺も認識できるまでの距離に近づいた。
やや遠いが分かる。
今までに見た払綿土の機体はどの種類でも浜綴とはまた違った緑色や茶色を基調とした陸上迷彩の機体だったが、今、目の前にいる機体の塗装は違った。
見える姿はほぼ点のような状態だが、その複数の機体の黒さは変わりつつある空色にはよく分かるほどだった。




