79話 シンガリ
西暦1934年 9月17日 パーラメント連邦 某所
これは……不味いな……。
伝えられた救助の内容は、四機で来ての1回ずつと、帰りに1回ずつの計8回。
その8回の中で3人を救助する予定だった。
最初の4回を行い、乗り込めたのは1人だけ。
1機に1人だけ乗り込めるため、次は4回ではなく3回だけだ。
局長殿は2回で乗り込めたが、奥様は局長殿の乗り込む姿を見た上でも2回では乗り込めなかった。
これでは大分と不安が残る。
―――、―――。
それに、“この音”。
環境音と航空機の稼働音の中に紛れる不自然な音。
足音は殆ど消しているが、“何か”が近づいて来ている音。
熊や鹿など、原生生物ではない。
となると……やはり“本職”か。
出来れば俺も逃げたいが……音が示す距離はかなり近づいていることを俺に気づかせた。
この状況で幸運なのは、奥様はその筋に関して詳しくないためなのか、それともただ乗り込む飛行機に集中しているだけなのか、減衰された足音には気づかず、平静を保てていることか。
そして“彼ら”の目的が要人暗殺などではなく、どちらかというと浜綴の機体を回収することで、私たちを殺そうとするのは“ついで”の事項であろうということだろうか。
奥様は救助されても、俺は“彼ら”を前に間に合わないか、乗り込めてもその機体ごと墜とされそうだ。
「あれで隠しているつもりか……?だが、あんなデカブツをなるべく見つからないように、音を殺して持ってきているのは流石と言えるか……」
奥様に気づかれないように、小さく呟いた。
俺の目の前に映っているのは、携帯可能な対空砲を担いだ男たちが森に紛れ込もうとしている姿だった。
空に響く音高が変わる。
もう時間は無い。
「……」
なるべく自然な仕草であるように意識して、なんのこともないかのようにライフルの安全装置を解除する。
“彼ら”も彼ら自身の仕事に集中しているのか、こちらが“彼ら”に気が付いているということについて、“彼ら”はまだ気づいていないようだった。
ならば……仕掛けるタイミングは。
音と影が、救助の機体がすぐにやって来るということを伝えてくる。
「そろそろですね……。走ってください!」
先ほどの局長殿の乗り込み方と奥様の失敗から、一番乗り込む可能性が高いであろう時に声を上げた。
奥様が走り出したのを確認して、自分はライフルを“彼ら”のいる方向に向けて構える。
消音器などといったものはないが、奥様の集中力をなるべく削がないためにも、自らの身体を壁代わりに腰だめにしている。
腰だめであるため、命中させられる自信はあまり無いが、今必要なのは“彼ら”の狙いを少しでも逸らし、彼らの意図を崩すことにある。
指に微か、力。
乾いた音が響く。
「―――!?―――!―――!」
連中がこちらの発砲に気づき、対空砲の近くに指示する男と、その男を中心に散らばる男たち。
――――――ッ!!!
彼らがこちらへの射撃体勢へ移行し終える前に、轟音。
救助部隊の機体が放つ音。
その機体が3機、再びこの地に近づいた。
そしてその中の1機が既に奥様を救い出せる位置にまで近づいた時、“彼ら”は改めてこちらを照準に向けようとする。
向こうが撃つ前に再び、発砲する。
「クソッ!?」
が、こちらが確認していなかったところから撃たれたことを認識する。
その射撃から小走りに逃げながら、その射線の元を目で手繰り、応戦する。
後ろをチラと確認する。
奥様は乗り込むことに成功したが……。
「連中の手に渡すのはあまりに都合が悪いな……。だとするなら……」
対空砲手らに牽制射撃。
今の射撃で一人が倒れたというのに、その他の連中は動揺した様子もなかった。
やるしかない、か。
俺は周りのハイエナ共に向けていた銃の照準を、空へ向けた。
同領域 上空
シクロフスキー夫人を救助した一番機に続き、亡命を救助した男を救出するために高度を下げようとしたとき、その地から曳光弾の線が機体の横を通り過ぎた。
「一体何をっ……!?」
「幟!機動をズラし過ぎだ!後ろの服部機まで連れてしまうだろうが!」
「だがっ……!これは当たるぞ!」
『幟機及び服部機、地上からの攻撃を回避せよ。森の中からだ』
「はぁ!?」
無線から来た回避指示は俺たちの思う場所からの射撃ではなかった。
風防の向こう側に映るは先ほど通り過ぎた曳光弾とは異なる方向からの光の線だった。
その線は、先ほどまでの機動のまま進んでいたら機体があったであろう位置に通り過ぎていた。
「そういうことかよ……!」
「なんだよ!?」
隣で副操縦士が叫ぶが構っていられない。
『芙蓉より幟、服部へ。機首を上げ、直ちに離脱せよ』
「クッソォ……」
俺たちの任務は救助任務だというのに、極低空飛行すらできず、機体の持つ軍機を守るためにその任を途中で投げ出さなければならないということに、その事実自体と自分自身に対して怒りが湧き上がってくる。
この無線で理解したのか、隣も静かになっていた。
ゆっくりと高度を取り戻し、速度も上げた。
旋回し始め、あの平地を脇に見る。
……嗚呼、見なければ。
いや、見届けるべきなのか。
咲いた柘榴はすぐさま褪せ、枯れた色へと移ろいでいた。
『……隼翠より瑞守全機。一名の救出を断念したが、これにて作戦の救出段階を終了とする。全機、こちらの指示する進路を取り、帰路につく。直ちに離脱するぞ、城詰機に続け』
隼翠隊から来る無線は努めて冷静であろうとし、噛むことも無く滔々と伝えたが、その音圧には動揺しているような顫動を感じた。




