78話 折り返し
明海三十九年 9月17日 払綿土 某所 上空
『救助対象から連絡来ました。現在位置を再参照中』
唐突な無線に身構えた。
『方位を伝える。その進路へ回頭後、丘陵の中にある木々の無い領域に注目してください』
「了解。……シゲ、下を見るのを頼んでいいか?」
「言われなくとも」
「ザワ」
「応、分かってる」
どうやら無線に対して考えることも同じらしく、またそれぞれの考えていることも分かり合えていたらしい。
「速度を落とすぞ」
これから、丘の中から開いた土地を隈なく探す作業が始まる。
なんにせよ、海邦を駆って潜水艦を探すときよりかはマシかもしれないな。
近辺領域 某所
「音は聞こえるが……まだか?それと爆発音も気になるな……」
「無線では分かりかねますね……。向こうも探しかねているのかもしれません。爆発音については、こちらからも状況を打電しておきましょう」
「こちらからの情報、特に飛行機に乗り込む順番も伝えておいてくれ。第一に私、次にマリヤッタ、最後に君だとな」
「安心してください。それはもう送ってます」
「本当はマリヤッタを先に乗らせたいものなんだがな」
だが研究員の私よりも瞬発力がない妻、マリヤッタが一番手であると、ミスすることは間違いないだろう。
家はもともとそれなりに裕福であり、使用人もいたため家事ももしもの時の為にやりかたが分かっているという程度で、日常的に行っているわけではないので力もあまりない。
その為重要度から私からやり方を一度見せ、操縦士の男、ヤーコブの助けのもと、乗り込ませる算段だ。
「拳銃は一応、改めて撃てるか確認しておいてください」
「お?おう」
「パーラメントには陸軍はもとより、秘密警察がいるとの話です。飛行機の音に連れられてくる可能性は高いでしょう。浜綴が助けてくれるとはいえ、飛行機の中で尋問……基地での拷問も考えられるので、そのためにも用意はしていて問題ないでしょうね」
「それもそうだ……な」
今までの耐え忍ぶ日々の中から、空の音の希望。
その希望の前に浮足立っていたのかもしれない。
相手は何者かまだ明らかではない。
航空機の研究で使った資料やその中で得られた論文、新聞で得られる情報くらいでしか浜綴を知らない。
文化風習、衣食住、気象に至るまで、暮らしていく……若しくは暫く過ごすとしても、私は詳しいものが一つも無いだろう。
「まあ、大丈夫か」
改めて弾倉や拳銃そのものの状態を確認し、心に安堵を添えた。
「私の方も大丈夫……と思います」
「どれどれ……大丈夫だな」
妻の分も確認した。
彼女も、もし何かがあれば一つ、手を返すことができるだろう。
「……浜綴がこちらを見つけたようです。機体は漆黒で、プロペラの無い機体です。開いている場所に出て、用意してください。奥様も、乗り込む方法を少しでも理解し、真似できるようによく見ておいてください」
その言葉を受け、機体を着陸させた平地に出る。
少し前から響いている音が、だんだんと大きくなってきている。
音がする方向に見上げると、色が変わりつつある空に黒点が存在した。
その黒点が、やおら大きくなっていく。
「走れ!」
ヤーコブが叫ぶ。
聞こえたのとほぼ同時か、少し程前から自らの足は地を蹴り始めていた。
近辺空域
「アレか」
「そう……だな」
俺の言葉に、シゲが同意した。
「相坂機、該当箇所と見られる平地を見つけた」
『隼翠隊、了解。瑞守隊各機は早速ですが救出のために高度を低下させてください。救出の機会はこれからの一回と折り返してのもう一回、四機で計八回だけだ。心して掛かれ。なお、我々は帰路嚮導の為に巡航し、方位の継続的な捕捉と、帰路の計算を行う』
『『「了解」』』
「ふぅー……」
息を吐いて桿を握りしめる。
普段、そしてこの作戦で今まで使っていなかった方向で緊張をしている。
速度と高度を落とし、その平野へと近づく。
「こりゃぁ……接地滑走は無理か……」
平地の状況を見て、口から弱音じみた感想が漏れる。
接地滑走くらいできるなら、まだマシだったんだろうが……たらればを語るくらいなら、成功させてとっとと終わらせたいか。
「ぐぅ……ぎ……」
着陸と考えても星影以前の、今までの機体よりもかなりの高速で進入することになるような速度で極低空飛行をし、その上で救助を行わねばならない。
地面に人が何人かいることが目に映り確認できる。
こんな考えをしている内にもうすぐそこだ。
「やれっ!」
「ああ……チッ、クソッ……!」
「こちら相坂機、救助に失敗」
後ろの様子を音声と機体の振動で理解し、無線で伝える。
その後、直ぐに一報。
『こちら芙蓉機、シクロフスキー氏の救助に成功!』
どうやら二番機である、芙蓉の機体では救出に成功したらしい。
この機体では失敗したが、後の機体でさえ成功すれば作戦は成功となる。
全員で三人、残り二人。
このまま順調にいくかと思ったが……。
『幟機、失敗した!』
『服部機、救助失敗』
どうやらそうそう上手くは行かないらしかった。
「はぁ……。瑞守隊全機、折り返す。芙蓉機は隼翠隊に一時的に付随して空中で待機していてくれ」
『芙蓉、了解』
「ザワ、少し高度を上げてから扉を一度閉めろ」
「ああ……」
機内の空気は重く張り詰め、返って来る無線も失敗したことを気にするかのように言葉少なくなっていた。




