71話 闇夜の任務
明海三十九年 9月9日 朝 高須賀海軍基地艦隊 空母煙龍 飛行甲板
「はぁ……寒っ……」
高須賀海軍基地艦隊の意味を再度知りたくなる。
演習と言っても高須賀海軍基地に近い太平洋沖で演習を行うのが高須賀海軍基地艦隊で、多少他の任務があっても作戦を行う地域に近い艦隊がその任務を遂行するべきだ、緒穂湊や蓮都の部隊が。
若しくは柔軟性を持たせた航行艦隊などがこういった任務を行うべきだろう。
航行艦隊には新型機星影や暉雲を搭載する空母、沼龍が組み込まれている訳だし。
「ま、何を考えても、上から命令されりゃ、それをするしかないんだろうがな……」
諦め、視線を海から自分が乗る機体へと移す。
一週間ほど前までは、青みがかったくすんだ白色の塗装がなされていた機体。
今はその大部分が濃い藍色となり、下部がやや少し明るめの藍色……次縹のような色合いとなっている。
次縹も濃いめの青色のような、薄く緑がかった色合いではあるが、濃い藍色と対比され、元の色よりも明るい印象を受ける。
これが今回の極秘任務専用の迷彩、「極夜迷彩」らしい。
夜間機に用いられる夜間迷彩とはやや異なる色合いであることから、この名が付けられた。
また、識別用の国章と部隊章は藍色に塗りつぶされ、この作戦専用の識別章が描かれ直されている。
機体を間違えないようにするには、内部に打ち付けられた名盤を見る必要がある。
ふと、視線が海へと戻る。
焦点は遠くに、煙龍と共に往く艦艇らに合わせられる。
いつもの艦隊に加え、4隻の艦が同行している。
それらの艦から極秘任務を伝えられた日のことを思い出す。
……。
9月5日 空母煙龍 第一会議室
「極秘任務だ」
会議室は「嗚呼……」という声が聞こえたような気がするほど、気の滅入った感情に支配された。
以前の“北方海域演習作戦”でのことを思い出したのだろう。
その中で滅入ったという雰囲気を出していない部隊が一組。
俺たち瑞守隊だ。
他の彼らは例の一件以外は真に戦争で駆り出されたということで、それについては兵役の一つという認識だろう。
だが俺たちは違った。
戦争中に陸軍に駆り出され、試験機の実地試験に投入され、その後は試製哨戒機の試験に投入されたかと思えば戦争勃発の危機に立ち会わされ、そして北方海域演習作戦で最も煤羅射帝国に近づいたのは俺たちの部隊だった。
そして全体を通してHATIの試験に巻き込まれている。
HATIの試験は手当があったが、試験機の搭乗ということで、それなりに危険もある。
こうも反応が違うと嫌なことに、こういった事情にどれだけ関わって来させられてきたのかが自覚できる。
「苦労を掛けるが、少なくとも“前回”よりかは幾分理由が明確な分マシだと楽観してほしい」
そういうことは自ら言う物なんだろうか……?
「これより詳細を説明する」
司令官は一呼吸おいてから説明を始めた。
「今回、実行される作戦は要人の救護作戦だ」
その作戦は、今まで行われた多くの作戦とは異なり、毛色が違っていた。
「要人救護……もしや、パ連に浜綴の要人が……?」
会議室の誰かが言う。
「良い質問だ」
それに対し、司令官は答えた。
「浜綴にとっての要人だが、浜綴人ではない。今回救助するのは、駆路=芬に存在する航空機設計局の局長、シクロフスキー氏とその夫人。ついでに途中まで乗っていたらしい航空機の操縦士を務めていた者、その三人だ」
「……はい」
また別の誰かが挙手し、質問を投げかけた。
「なんだ?」
「色々と疑問はありますが……、最もたるところの疑問でいうと、何故我々なんです?勿論局長なのに亡命していることや、駆路=芬が亡命する方向がトンチキなことなどもありますが……。まだ近い煤羅射帝国などですらなく、何故、浜綴が?」
「理由はいくつかあるが、まず、煤羅射ではない理由として、煤羅射が亡命受け入れを拒否したためだ。戦争中の払綿土との緊張の高まりを危惧してのことだろう。また、文華民国でないのはかの国では現在内戦が勃発しているためであると考えられる。なぜ西側への亡命を行わなかったのか、それは現在詳細を調査中らしいが一応推測として、シクロフスキー設計局の他の重要人物が西側に逃げ、分かれるようにして局長とその夫人が東に亡命を図ったという考えもある。そして浜綴側がなぜ彼らを救助することとなったのかと言うと……」
司令官は再び息を整えた。
「かの設計局は我が国の伸び悩んでいる新型航空機の分野に長けた研究を行っており、浜綴がその人材を欲していたこと。払綿土と煤羅射の間で戦争が起こると我が国に不利益が起こることが想定されたこと。そして最後に、現在の状況で彼らを匿っても払綿土と我々の間に近々の不安定要素とはなり得ないと考えたことが挙げられる」
言い終わり、周囲を見渡し……。
「これ以外に質問は無いな。作戦の詳細は後で説明するとして、今からの動向を軽く説明する。今から我々は高須賀海軍基地艦隊の別部隊から航空母艦銘龍、軽巡御頼、駆逐艦梅雪、気象観測音響測定艦蒿雀が同行することとなった。この四隻は現行艦隊の補強を行う意図で組み込まれる。観測機能を使い周辺の警戒、そして通信機能を用いるために蒿雀が、救出作戦に駆り出されて直掩機体が減ることを危惧し、それらの補強を行うために銘龍が充てられた。そしてそれらの艦を護衛するために軽巡と駆逐が同行することとなった。彼らを組み込み次第北上し、佐波鈴は北部に存在する油田、屋端の停泊地で補給後、航空機による作戦が開始される。因みに事前の情報収集として蓮都から偵察機などで既に情報収集が行われている。諸君らは、これから―――」
……。
9月9日 高須賀海軍基地艦隊 空母煙龍 飛行甲板
「相坂少佐、機体の準備が出来ました、搭乗してください。既に碧空が上がっていますので」
「分かった、急ごう」
極夜迷彩の星影に乗り込み、空中給油の演習任務をしに空に昇った。




