70話 観測、測定
明海三十九年 9月5日 航行艦隊 気象観測音響測定艦夜雀
「復元しました。言語は煤羅射語でした」
「高須賀所属の蒿雀と相互確認し、傍受欠落や失復元してないかを確かめろ」
「了解しました」
「失礼します。室長、陸……現地からの情報が来ました」
「ほう、何があった?」
「大まかには事前に想定していた通りだった、ということらしいです」
「分かった。詳細を」
「はい。煤羅射帝国は駆路=芬の方からの要請を断ったようです。帝国の姿勢としては、払綿土が駆路=芬と戦争をし、戦力が分散しているとはいえ、払綿土とは敵対したくないようです。主な理由としては、現在煤羅射帝国は戦力増強中であり、戦力化が間に合っていないことが挙げられるとのこと」
「ふぅむ……。本当に想定と変わりないな……。他は?」
「煤羅射は払綿土と接する国境に対して警戒を強化したようです。しかし、払綿土の戦争が始まった時に既に警戒強化はある程度なされていたので、頻度の変化はそこまでありません」
「それも想定通りといえば、そうだな。現地の情報も、そこまで、だな」
「煤羅射からは以上ですが、払綿土からの情報もあります」
「続けろ」
「払綿土は高玖煤山脈地域の不穏な動きにも注目しているらしいです」
「高玖煤?」
「高玖煤山脈という払綿土南部と西伊州を分かつ山脈があり、そこでは……」
「ああ、あの紛争の絶えない地域か」
「そうです。その地域の戦火が払綿土にまで広がりそうな雰囲気を感じているとのことで、払綿土では戦争でただでさえ国内の緊張感が高まる中、更に緊張が増す事態と捉えているらしいですね」
「そうか……。これがどう転ぶか……」
室長と呼ばれる男は溜め息を吐き、これから考えようと腕を組もうとしたときだった。
「例の暗号、確認完了しました」
「ん。そうか……先ほどの考察は後にするか……。内容は?」
「先ほど受けていた現地からの情報の続き……というか、彼らの現在の状況を説明している内容でした」
「現在の状況?何か特殊な状況が?」
「救難信号でした。それも、暗号化されていた……駆路=芬から煤羅射へ向けての」
「違う国へ向けられた救難信号が暗号文なのか?」
「はい。煤羅射の暗号文が使われていました」
「煤羅射からの応答は取られたか?」
「いえ。未だ傍受しておりません」
「そうか。応答を受け取り次第―――」
「来ました」
「即時に……あ、ああ」
彼らがこの艦に乗艦以来その職務の中で、緊張が最高潮達する瞬間が与えられていた。
同日 夜 高須賀海軍基地艦隊 空母煙龍 食堂
「あれ?あお、あー……倉田兵曹、なぜここに……さっき確か、航空機整備兵は格納庫に呼び出されていたように思いますけど……」
「し……相坂少佐……。先ほどの号令ですけど、私も一度行ったんですが、追い返されてしまいまして」
「追い返された?」
「なんでも近々、何らかの作戦が実行されるらしくて、それで機体の迷彩の塗装を変更するらしいです」
「機体の迷彩の変更、か……」
海軍の迷彩は基本的に海上用の迷彩と陸上用の迷彩の二つがある。
海上用の迷彩は青灰色とまでは言わないが、やや青みがかったくすんだ白色の塗装を。
陸上用の迷彩は深緑の塗装がなされている。
陸上用の迷彩で基地航空隊のものは深緑、茶色、灰色の三色のまだら模様の塗装をされているらしい。
迷彩の変更となると、この中の一つに迷彩を変更するのか、それとも全く異なるものとなるのか。
流石に迷彩の試験を実働部隊にやらせるとは思えないので、今、異なる塗装をしているのは試験塗装ではないのだろう。
「倉田兵曹がその塗装の仕事から除かれたのは……」
「多くの機体が塗装変更されるので、揮発する塗料を吸い込まないようにということで」
「あー……、なるほど」
妊娠のこともあるか。
換気されているとはいえ、大量に塗料が揮発してその空気が留まるであろう場所に長時間、作業していることは望ましくないのだろう。
「それにしても、何らかの作戦、ねぇ……どんな感じの任務になるかとか、聞いてる?」
「いえ、本当にただ近々作戦がある、とだけ……」
「そっか……」
変な作戦でないといいんだが……、さてさて。
「慎君……」
「ん?何か……というか軍内ではその呼び方は―――」
「無理しないでね」
「え?あ、うん……」
葵はあまりこちらの話を遮って話すことは少ない。
更に軍の内部では話を遮られたことも、軍外の呼び方で話されたことも無かったため、すこし動揺し、ただその心配を宿らせたような瞳に頷く他無かった。
「そっちも、この頃寒くなってきたから、身体に障らないように気を付けて」
「……うん」
そうして、話を一区切りし、晩飯を食べていた時だった。
『達する―――』
急遽、艦内放送で飛行機乗り達が招集された。
空母煙龍 第一会議室
「あー……コホン。食事中や風呂の最中であった者たちもいただろう、まずはその者たちについて謝罪はしよう、済まない」
司令官が咳払いをして、珍しく招集についての謝罪を述べた。
「っふぅ。はぁー……」
その後、少し言葉を詰まらせ、心の準備とばかりに溜め息を吐き、言い淀んでいた言の葉を放った。
「極秘任務だ」




