69話 極限
西暦1934年 9月4日 朝
カレロ=フィン王国 某所 シクロフスキー設計局 臨時拠点
「この日で本当に大丈夫なんすかねぇ……」
「もう後には引けない。それに、この日を逃すと更に悪化することは目に見えている」
「まぁ、そうですよね……」
「親父がまた局長職に一時的に戻るが、親族が俺たち以外にいないから、次の局長はお前だ。もう少ししっかりしろよ」
「そうは言われても……」
「少なくとも俺たちよりは安定した形で逃げることになるんだから、弱音を吐かないでくれ。俺まで弱音を吐きたくなる」
「所長……」
「はぁ……。親父と母に、他職員も。頼んだぞ、次期局長」
「……」
「……頼んだぞ」
「分かり……ました……。局長、お元気で」
「互いに生きていたら、また会おう」
男二人、礼を交わし、それぞれの道へ歩み出すのであった。
同日 昼前 カレロ=フィン王国領海上空 ギュオラダ半島南部海域上
「局長殿、ここを通過するにあたって私が前方周りに注意を向けているので左右上方の注意はお願いします」
「私で大丈夫か?航空機の開発こそしていたし、時には乗ってもいたが、開発目線でしかこういったことをしたことがないんだが……」
「大丈夫です。敵味方問わず、戦闘機のような機体が近づいた時に声を掛けてください。敵味方問わないのは、我々は最早王国軍からも追われる身に恐らくなっているためです」
「分かった」
「ッチ……始まったか……」
操縦士の男は下からの微かな閃光をその目で捉え、状況を理解する。
「友軍機……いや、王国軍機はいるが、連邦軍機はどこだ……?まさか制空権をかなぐり捨ててなんてこと……。遅れているだけか、航空機すらいらないということを見せしめようとしているのか……」
操縦士は左側を脇見して、戦場の様子を捉えようとする。
「気づいちゃいないな……なら、気づく前に通らせてもらおう」
速度を上げて少し経った時だった。
「右側に機影!あれは……恐らく連邦軍機だ」
「でしょうね……。チッ……、挟み撃ちかよ……」
こちらから確認してすぐ、無線が入ってくる。
『こちらパーラメント連邦軍。不明機に告ぐ。所属を明らかにせよ。繰り返す―――』
「誰が返すかっての」
『不明機へ。応答せよ。そして所属を明らかにせよ』
「……」
「お、おい……」
「こういうのは相手にしない方が―――」
『戦闘空域に存在することは軍属機体であることを認め、この応答に反応がないことは敵意があるということを認めることになり、我らは躊躇いなく発砲することだろう。これが最後だ。不明機に告ぐ、応答せよ』
「クソッ……。“こちら、機体番号33456。現在秘匿任務中につき、最低限の通信以外は行わない。そちらの任務の空域に侵入していたことについては謝罪し、直ちに当空域から離脱する”」
『機体番号33456、任務類別を答えよ』
「“拒否する。軍務職員とはいえ、君たちにそれを知る権利は存在しない。敢えて言うなら、君の階級では届かない高等な機密を有する任務であるということだ”」
『お前……その訛り……』
通信機から声色が変化したことに気が付けたが、すぐに別の人間からの言葉。
『カシュタン12!もうすぐ戦闘だぞ!どうでもいいことにこれ以上時間を費やすな!ただでさえ先ほどの空域で落ちた機体がいたんだ!気を緩めずに戦闘に備えよ!』
『しかし!』
『お前は命令違反を行うつもりか!?前線での命令違反や敵前逃亡は重罪となり、死刑すら有り得るんだぞっ!?』
『……いいえ』
「……ふぅ……死ぬかと思った」
「……まったくですよ」
彼らの逃避行の緊張の第一幕は偶然にも、荒れることなく切り抜けることができたのであった。
同日 周辺空域 王国空軍
『第七航空隊二番機、被弾!墜落したぞ!』
『アンピアイネン級哨戒艦メヒライネン小破!攻撃能力が大幅に低下!』
『敵戦艦の射程、沿岸防備隊が防衛している領域にまで到達している!せめて主砲さえ使用不能に出来れば……!!!』
「ふぁ~ぁ……。爆撃部隊は忙しそうだな……。仕事が無いのはいいことだが、こうも仕事が無いと申し訳ないと言うか……ん?あれは……全戦闘機部隊に通達。欠勤じゃなくて遅刻らしい。南東から来るぞ」
『了解。第二航空隊戦闘準備!……隊長、10時の方向に、民間機が』
「民間機?亡命機か……?まあいい。敵意は無さそうだ。狙う必要はない。囮に使えれば更にいいが……。まあ、そう上手くはいかないよな」
『了解しました』
「さて……と。機数は……想定よりも少ないが……はぁ。他国の増援も未だ無し。敵機の方が機体性能は上であることに変わりはない。ここで俺たちが負ければ陸海軍の足止めも水の泡だ。迎え撃つぞ」
『陸軍の噂の彼が減らしてくれたようで何よりでしたね』
「俺たちもここで生き残れば英雄だ。死ぬなよ」
『彼のアレは規格外ですが……』
「英雄にはなれる。さ、家族と祖国とついでに隣人のためだ、行くぞ」
『援護します』
ここで一つ、朗報が届く。
『こちらの潜水艦ロウヒの撃った魚雷が、クラースナヤ・ズヴィズダ級巡洋艦に対して命中した!良いぞ!』
「……士気も上がる。敵は今まで緊張で多少は疲弊している。つまり勢いはこちらにある。全機散開!爆撃機部隊を守るぞ!」
間違いなく、追い風は彼らに吹いていた。




