65話 明るみ
明海三十九年 8月5日 太平洋 洋上
「お前ら……なんて真似を……はぁ……」
溜め息が漏れる。
とんと呆れた。
こいつらの強引さと、自分の鈍さというものに。
「いや、俺は知っていただけで何もしてない。倉田以外に動いていたのは殆ど所沢だけだ」
「第一、シンもあの周辺で娼妓遊女が域外での客引き、待ち合わせを禁止していることを知っていれば多少は気づけたはずだぞ?」
「そうだが……そういう問題でもないだろ……」
葵が話さなかったあの夜のことが所沢の口から伝えられた。
そもそもが、所沢が全ての計画をしていた。
葵が俺に対して休日よく会おうとしていたこと、話の節々に俺が葵を意識させるように展開されていく話題を振っていたこと、葵に娼妓のような恰好をさせて俺と待ち合わせさせていたことなど。
話を流れで向かわせるといった些細なことから、二業地周辺で最も待ち合わせが見つかりにくい穴場を見つけるなど手の込んだことまで。
種明かしがされた後では、なんだか葵と顔を合わせづらくような気がした。
「言っておくが、俺は計画を立てたし助言もしたけど、それを実際に行動に移したのは倉田だ。無理やりやらせたわけでもなく、退路を断ったわけでもない。倉田自身の意志でそれらをしたんだ」
その言葉を聞いて、更に顔を合わせづらくなってしまったのだった。
同月 10日 大浜綴帝國 首相官邸
「では、世界情勢は払綿土と芬=駆路の戦争を注視している……、ということですか」
「戦争そのものというよりは、戦後の動向……いや、払綿土の狙いが気になっているようです」
「それほどまでに雄銀諸国が払綿土を注目する理由か……」
「雄銀諸国というよりは、雄州が危機感を抱いている、といった感じでしょうか」
「煤羅射の栄光も今は昔……それも、我が国がかの国を二分した一つの理由と考えてもおかしくはない。我が国がいくら躍進すれど、物理的な距離の遠い雄州では我が国の強さを強調するものというよりは、煤羅射の凋落に目するものと見ていましたが……」
「確かに煤羅射は帝国残党と払綿土に二分されました。しかし、それでも雄州諸国の注目が煤羅射……もとい払綿土の力から揺らぐことは無かった、ということでしょうね。二分し、国土面積がたとえ半分ほどになったと言えど、国力自体は払綿土が殆どを継承しました。それに、一つの誤算、懸念事項が明るみになりました」
「芬=駆路への侵攻速度が各国の想定よりも早かった、などか?」
「実際、想定よりも早いものでした。それは我が国の想定を含めてです。しかし、もう一つ大きなものがありました。海軍力です」
「海軍力ですか?数十年前とはいえ、我が国が継承前の煤羅射帝国海軍を既存の制海権すら維持できなくなってしまうほど壊滅させたじゃないですか。多少の新造船はともかく、大規模な海軍編成などは聞いていませんよ?赤色海軍の計画はいくつか耳にしていましたが、既に戦力資源を陸軍に割かれ、殆ど絵空事のようなものだと伺っています」
「それこそが、誤算でした。比較的速力のある戦艦を二隻、隠し持っていました。速力がありながらも、超弩級戦艦を、です」
「ふむ……。それは……、……」
音にならない溜め息を漏らす男。
「兎に角、分かりました。それらも踏まえて、浜綴の今後の世界に於いての動きを決するとします。他に何かありますか?」
「いえ、重要な報告は以上です。それ以外は書類の三枚目以降に」
「ありがとうございます。それでは、下がっていいですよ」
「それでは失礼いたします」
報告していた男が部屋から出る。
部屋に残った男は残された書類に目を通す。
「これは……なるほど」
男は軽く頷きながら、更に読み進めるのであった。
同月 22日 カレロ=フィン王国 某所 シクロフスキー設計局 臨時拠点
「拙い……拙いぞ……」
「どうしましたか、顧問」
「この新聞を見ろ」
顧問と呼ばれた男が持っている新聞紙を広げた。
「“王国軍、敗走続く。ヒーシ森林以外の軍事拠点が軒並み撤退。防衛線維持のため、ヒーシ森林からも近く撤退予定”……これは……」
「この手の媒体は友軍側に有利というか……楽観的な戦況を伝えるものだ。しかしこれはそうではない」
男は一呼吸おいてから、話を続けた。
「新聞社がこういった記事を出すということは、パーラメント連邦軍はとてつもない速度でこの国を侵攻しているということ……。それに……、ここも見ろ」
「えーと、どこです?」
「ここだ、ここ。“パーラメント連邦軍、秘密裡に所有していた大型戦艦を公開。名前をパーラメンツキー・ソユーズ級、若しくは20設計戦列艦として既に就役しており、本戦争に投入予定か”。……パーラメント連邦はメラシアが国土を明け渡す前に壊滅状態だった海軍をもいつの間にか大きく立て直しをしたらしい」
「海軍に……戦艦ですか……。しかしこれは、我が国にはそこまで問題ないのでは?戦艦そのものが活躍する場はそこまでかの国との国境となりえる場所は無かったと思いますし、海に面した主要都市には海防戦艦がありますし……」
「はぁ……」
男は指で頭を掻きながら溜め息を吐いた。
「確かに我が国で海軍戦力についての知識が疎かになってしまうのは仕方ないが、それでも兵器開発に携わる者としては知識が少なくないか?」
「す、すいません」
「まぁ、いい。話を戻すと、かの国の戦艦と、我が国の海防戦艦では全く艦種が異なる、ということだ」
「と、いいますと?」
「パーラメント連邦が保有する艦は大型戦艦、海洋国でも航空母艦が台頭する前は一線級の装備として数えられ、今でも重要な戦力として数えられている。対して我が国が持っているのは海防戦艦、“戦艦”だなんて大層な名前が冠されているが、海洋国に於ける巡洋艦程度の総合力の艦艇だ。それも列強の海洋国家であるなら、二等級の巡洋艦程度だろう。詳しくは知らないが、かの国の戦艦は少なくとも30.5cm砲以上のものを搭載しているだろうが、こちら側が唯一保有するサンポ級海防戦艦の搭載砲25.4cm連装砲だ。しかも、かの戦艦が時代に置いて行かれないように設計されているならば、35.6cm砲以上の大きさの砲を搭載したいと考えるだろうな。そして航行能力、巡航速度に於いても、恐らくは」
「それは……」
「その上、サンポ級は対空、対艦が主だが、海洋国基準の戦艦ともなると、強力な対地支援火力ともなり得る。使用弾頭によっては、対空支援すらも、な」
「……」
訊いていた男が黙ってしまったことによって、場が凍り付いたように落ち着いた。
「……そこで私は思った。以前のようにまた国を北に、若しくは西に逃げてもいいが、それだけでは問題が複数ある。一つは国内の逃げ道にも限りがあるということ。奥地に逃げても海岸周辺はパーラメント連邦の戦艦が狙っているだろうし、山の中となると道が限られ、飛行場も少ないため、時が経つにつれ、行く場所が限られる。もう一つは、兵器設計の時間が取れないということだ。前回、ここに逃げて来た時は、大規模に疎開するのは正直、これが最後だと踏んでいたため、疎開するにあたって設計時間がとれないことは無視していた。だがこれが繰り返されるとなると、大きな問題として考えるべきだろう」
「それなら、どうすれば……」
「ふむ……。私には、考えが二つある―――」
その考えを聞いていた男の顔が曇る。
「それじゃあ、顧問と所長の命を懸けたくじ引きってことになりませんか……?」
「両方死ぬかもしれないし、両方生き残るという可能性もあり得る。倅には、苦労を掛けると思うが、それも若いうちに与えられた試練のようなものだ。伝手が無い訳でもないからな。それに、若くない私では、体力に限界があるしな」
顧問と呼ばれた男は、目線を下げて苦笑していた。




