62話 新たな風は夏草を抜ける
前回ほどではないですがR要素だと思います。
そこまで気にはならないと思いますが気にする方はご注意ください。
明海三十九年 6月18日 大浜綴帝國 某所 相坂家
「今日から、お世話になります」
「こちらこそ、よろしく」
「ここはもう葵ちゃんの家でもありますから、そんなに硬くなる必要はないですよ。部屋は余っていた部屋を私室として使っても良いですからね」
葵姉と父母が挨拶を交わしたのち、そのような話をしていた。
結納の儀式が一通り終わり、今日から新生活を迎える。
結婚後、新たな家に居を構える者も多いが、俺たち二人、両方軍に籍を置く身であるため、別段他の家に越す必要もなく、葵姉が相坂家に来たのであった。
ただ、家がそこまで大きくないため、狭いと感じたり不便と感じたりしたなら引っ越しも考えることにしている。
「母さんも、父さんが居ない日は好き勝手してるからね」
「エッ!?」
「ん?」
「???」
青ざめたような、赤らめたような不思議な顔をして声を漏らした母。
首を傾げ、唸ったような声を出した父。
全くよく分かっていないような葵姉。
「父さんが帰って来ない日は母さんが父さんの部屋に……」
「シ、慎宕!ア、アア、後で……エ、ェト……に、荷物とかの後片付けとかもありますかラ……は、早くその準備を……!!!」
「はーい」
母があまりにも動揺していたので、この話題は止めておくことにした。
「愛奈、一体何を……」
「ア、あーそれは、ナントいいますか……ウフフフ……」
しかしながら、父からの疑問からは逃げられず、どうにも誤魔化すくらいしかできないようだった。
……。
一通りの引っ越しの後片付けなどが終わり、少し早めの晩御飯も済ませていった。
「あなた」
「うん?ああ」
食後……というか食器などを片付けた後、両親が突然目を合わせて何かを示し合わせた。
「慎宕、葵ちゃん、ちょっといいですか?」
そして母はこちらへ話を振ってきた。
「何?」
「何でしょうか……?」
「私と慎太郎さんは今日、少し外で過ごす予定があるので、二人は家でゆっくりしてください。私たちは明日まで帰って来ないので、寝るときは灯りに注意してくださいね」
そう言って、父と母は家を出て行ってしまった。
「……」
「……」
家に二人、残されてしまった……。
「あ、明らかに気を遣われてしまいましたね……」
葵姉が口を開き、恥ずかしそうな、しかして得も言われぬような顔でその言葉を発した。
「……」
「……」
暫く、居間から家の隅々に掛けてまで、静寂が訪れた。
「あー……。風呂、沸かそうか」
「あ」
葵姉の言葉の先も聞かず、風呂の瓦斯の栓を開きに行った。
……。
「もう、風呂は沸いたと思うけど……」
「あ、うん。お先に、どうぞ……」
「そ、そうか……うん、じゃあ、お先に」
風呂の火を着けた後、すぐに戻ってきたが、その後風呂が沸くまでに会話は無かった。
風呂場
「ふー……」
掛湯のみを行い、湯船に浸かる。
なんというか、こう、成り行きというか、いつの間にか結婚していたな。
俺の父母は年の差があるので父はそこそこの年齢だったらしいが、母は結婚が出来る年齢になった途端に結婚することになったらしい。
「結婚することになった」と言ったが、求婚したのは母の方かららしいが。
対して俺の方は男の俺が結婚できる年齢になった時に、葵姉に結婚を申し込まれた。
何とも数奇な運命か。
そんなことを考えていると、風呂の引き戸の向こう側から更に外の戸が開く音。
「せっ……背中っ!流しましょうかっ!?」
「はっ、はい」
あまりに勢いづいた大声に、思わず了承してしまった。
「はぁ……」
背中を流すということで、浴槽から出る。
多少恥ずかしさもあり、溜め息が出てしまう。
ガララララ……。
「ぶっ」
背中を流すだけかと思っていたため、先ほどよりも薄着で来るのかと思っていた。
が、目の前に居た葵姉は手拭を持っていただけで、それ以外の布を纏っていなかった。
「あ、葵姉ぇっ!?」
「もう夫婦なんだから『姉』はその……。出来れば止めて欲しいかなって」
「あぁ、うん……じゃなくてさ」
「別に夫婦なんだから裸でも問題は……、無いよね?」
結婚の申し出あたりから思っていたことだが、その辺りの時期から葵はかなり積極的になってきた気がする。
呆然としていたが、いつの間にか葵が風呂場に入り、戸はピシャリと閉められていた。
あとは、なすがまま。
まだ頭も洗っていなかったので、葵は俺の頭を石鹸で洗い始めた。
「昔を思い出すなぁ」
「そんな年寄りみたいなこと……」
学校にもまだ行っていなかった頃、葵と一緒に風呂に入ることもあった。
「あの頃とは、何もかもが違うな」
「うん……」
葵は俺の言葉に懐古と恥じらいの表情を見せた。
あの頃は凪姉や杏子姉、明枝姉も居たが、皆嫁いで正月に顔を合わせるかどうか、そうでなければ盆に会うのかといった感じになった。
そして今は俺も葵も軍に属しているため、正月だろうが何だろうが、軍が稼働していて非番でない限りは帰ることもなく、顔を合わせる機会も本当に無くなってしまった。
……。
翌日 相坂家 居間
「お、おはようございます」
「う、うん、おはよう」
葵の挨拶に、言葉を返す。
気まずい……。
それは子供の頃から顔を見知っていた幼馴染と初夜を迎えたから……ではない。
昨日の「アレ」は、初夜ではなかった為だ。
どういうことか。
昨夜、風呂を上がった後、他にすることもないため整う雰囲気となり、寝室へ向かうこととなった。
そして「ちょっと準備があるから」と、葵は暫くしてから寝室に入ってきたのだが、部屋に現れたのは俺が初めてした相手であった、「椿姫さん」だった。
「椿姫さん」は葵だった、ということだ。
葵は子供の頃、彼女の母親が地元の言葉が染みついており、今となってはあまりその言葉遣いはしないものの、慌てたりするとその言葉が出ること。
待合茶屋の部屋に残された紙の筆跡が同じだったこと。
それ以外にも、彼女は内気で機械弄りを本業としているためかいつも猫背で分かり難かったが、背が女性にしては高く胸も豊満であったこと。
普段は前髪を伸ばして目元を隠しており、また「椿姫」だったときは周りが暗く、そして化粧をして前髪を目元から離していたため印象が変わっていたが、顔立ちはそこまで変わっている訳ではなかった。
気付ける要素はそれほどまでにあったが、その全てを見過ごしていた自分が恥ずかしい。
だが、気まずい理由はそれが主ではなかった。
気まずい最もたる理由とは、実際やるときの始め、失敗したためだ。
「椿姫」の仮面が剥がれ、緊張を露わとなっていた葵。
そしてあのときのことを思い出し、俺も緊張しており、色々と失敗してしまった。
その後、やり直し、ことを済ませて同衾することとなったが、互いに恥ずかしさ、気まずさもあり、顔を見合わせることも叶わなかった。
そうして今朝に至る。
俺たちの夫婦生活は、懐古、驚愕、気まずさとともに始まってしまったのであった。




