60話 その前日
明海三十九年 6月2日 大浜綴帝國 浜綴航空技術研究所
ここに来るのも半年ぶりか、いやもっとか。
少なくとも半年以上は瑞守隊の部隊としては来ていなかったと思う。
葵含む、整備士や技術に纏わる人員はしばしばHATIに出向いていたとは思うが。
俺たちは別にHATI専属の実験機乗りということではないので、「箒星」の試乗していたとき以来、深いかかわりなどは無かった。
もっとも、より試験的、実験的な機体の搭乗となると、専門の部隊が登場することになるらしい。
俺たちはあくまでも「実戦に投入し、より洗練されたもの作り出すためにその問題点を洗い出す」ために半分以上は完成された機体に乗るのがHATIでの役割だ。
ここに呼ばれたのは以前から言われていた最高機密扱いのものがある程度完成し、こちらへ回せるだけのモノが出来た、ということなのだろう。
箒星のものから導入された低率量産という方式で、発動機の火入れか、出来てただただ飛ぶだけかもしれないが。
兎にも角にも新型の機構が搭載された機体、飛べるだけでもいいとは思う。
新型機構なら、それに慣れるために地上訓練を暫くすると思うし。
これから乗る機体には搭乗員の問題があり、操縦士、副操縦士兼航行士、もとい通信士、そして火器管制士の三人のみ乗れる構造となっている。
発動機が複雑であるため、その他の構造はかなり単純化されているらしく、機上整備士を必要としないらしい。
それ以外にも、重量などの問題もあるらしいのだが。
その為、今まで機上整備士であった人たちは地上配備の整備士としての配置になるらしい。
「これで、婚約者を死戦地に送らなくて済むな」
「私が助かるってことは、慎君が亡くなるってことじゃ……。私、未亡人に……結婚はまだだから未亡人じゃないと思うけど」
「それもそうか」
婚約者となった葵は苦笑いして頷いていた。
年度始めくらいに葵の方から結婚を申し込まれ、何か自分の中で腑に落ちるものを感じたので、そのままそれを受け、婚約者となった。
あともう暫くすれば結婚することになるのだが、様々な準備や届け出の確認、それに合わせた仕事の予定のすり合わせもあるので、それだけ時間は掛かる、ということだ。
最後に話を戻すが、今までの飛行機の常識を変えるようなあの機体に乗ることになることになるが、実際に飛んで部隊に再配備されるまで、もっと掛かりそうだな、と感じた。
同日 パーラメント連邦 首都ティマ クレムニク
「議長、赤軍は明日には全て次の行動可能な状態となります」
「分かった。それはそうと、前に注目していた、帝国残党や文華民国、他雄州国家の動向は大丈夫なのかね?」
「はい。帝国残党は浜綴との小競り合いが発生しており、我々に注目することはないでしょう。文華民国の方は現在、高砂事変後の政府に対する不満を持ったらしい有力者が内乱を起こしてそれどころではないでしょう。懸念点を挙げるとするならば、その内乱が北部で起こっているため、そのままこちらに来ないかどうかですね。軍の戦力維持を考えても、それらは非常に難しく、内乱を鎮めたとしても、暫くはこちらへは来られないでしょう。それに、内部には同志を紛れ込ませてあります。雄州の方については中央イシア、西イシア諸国の多くが我ら、パーラメント連邦の加盟国となりつつあり、隣接する弱小国家らは問題ないと見て大丈夫でしょう。少なくとも、帝国残党や文華民国、私たちがこれから相対する国よりも、取るに足らない国ばかりです。加盟国の独自軍でどうにかなる水準、というのが軍の見立てです」
「ふむ……。そうか。では、最終確認だ。この『戦争』をどう進め、どう終わらせるか、その大まかな道筋。それと、まず初めにどうするのかの説明を」
「……分かりました。この作戦は大きく三つに分かれ、まず初めに――――――」
同日 カレロ=フィン王国 某所 シクロフスキー設計局
「もう準備は完了したか?」
「はい。実験用の器材は既に全て送りました。正規の資料も殆どは送り済み、残りはここにある鞄に全て詰め込まれています」
「他は?」
「欺瞞資料は全て仕込み終わりました」
「そうか……こことはお別れだな」
「局長は、生まれてからずっとここで暮らしてきたと言っても過言ではないですもんね」
「もっと他の所にもいたが……まあ、心の拠り所の一つになっていたということは否定しないな」
「今では先に疎開した顧問も、カレリアに来てからは、殆どここを出たことはないとか」
「らしいな。親父の師匠の設計局……ポポフ設計局にも一度も戻ったことはないという話だ。同僚が開いたコロドコだったか……、そこの設計局にも行ったことはないらしい。手紙のやり取りこそ少ないながらもあったみたいだがな」
「まさか全てが分断、敵対するとは思ってもみなかったでしょうね。ポポフ氏はどこかが対立しても良い様に、浜綴との戦争後に設計局を分けたらしいですが」
「その話は初めてだ。……っと、長話をしていると赤軍がやってくる。急ごう」
「ええ」
「ここに居る赤衛派が馬鹿でよかった。彼らがこれ見よがしに街から消えたから、私たちもパーラメントの連中が迫ってくることが分かったからな」
「全くです。局長、先に乗ってください」
「ああ、ではお先に失礼して」
残っていた局員を載せ、人員輸送機は設計局の滑走路から飛び立った。
その地に残る建物は、少なく残った資料と椅子と机以外は、空気中から降り立とうとする塵、埃くらいなものだった。




