59話 次代への兆し
明海三十九年 4月17日 大浜綴帝國 某所
俺たちの部隊が非番となった日の帰り道に、葵姉から突然話したいことがあるから、とのことで一緒に帰ることとなった。
「……」
「……」
……のだが、一向に話してくれなかった。
「ええっと、話したいことって?」
「え?あ、あー……うーん……」
一緒に帰ることを提案したときはあんなに堂々としていたものなのに、今は見る影もなく、あたふたそわそわとして挙動不審な動きばかりだ。
そして暫くの沈黙。
葵姉が考えるときの癖というか仕草というか、そういった感じの手の動かし方をとったので、彼女が口を開くのを待ってみる。
「うーん……。あのー」
「はい」
「えぇと」
横目で葵姉の顔を盗み見ると、彼女は顔を反対方向に向けて傾げていた。
彼女の目は今頃泳いでいることだろう。
再び待つと、彼女は口を開いた。
「次の、新型機の話なんだけど……」
彼女の言葉の抑揚に動揺が見られた。
恐らく本当は別の話題をだそうとしていたと思うが、今はそれを言う心の準備ができてなさそうなので、この話に一段落をつけてからもう一度話したいと考えていたと思われる話題に触れてみよう。
「前に言ってた、機密のヤツ?良いの?こんな大っぴらで言って」
ここは紛れもなく公道だ。
それも、往来がそれなりにある。
「んー……、これからいうつもりのことは一か月もしない内に公表されるような内容だから大丈夫だと思う」
本当にそれで大丈夫なのだろうか……?
「今日船を降りたのは空母の入渠と新型空母の新造のためにされる部隊再編ってのは聞いてたよね?」
「まぁ……そうだな、あんまり詳しいことは聞いてなかったけど」
「ちゃんと聞きなよ……。それで、新型空母と急に入渠した空母なんだけど」
「それが新型機に関係がある、と」
「うん。大型、重量で航続距離や耐久性の問題もあるけど、理論上既存の発動機よりも高出力で高速なものが出来るはずなの」
これ、本当に公然と話してて良いのだろうか?
「でも今の状態じゃ、空母からの発艦は不可能だから、新型の射出機の搭載が計画されて、今、それが実行されてる」
「入渠した方も、新造の方も、両方?」
「両方」
「そりゃまた凄い」
正気か、海軍は。
「今、海軍は火薬式を中心に、潜水艦用に空気式の二種類の射出機を使ってるけど、入渠した方は新しく作ってる油圧式や水蒸気式の実験のために両方搭載されるみたい」
思ったよりもとんでもないことが進んでいたんだな……。
「って、ということは俺たちがあの空母に戻るときには、もっと狭くなってるっていうのか!?」
「それは……、一応、応龍が今までいざというときのために残していた爆雷関連の設備や倉庫を撤去してその空間を転用する、ということにはなってるけど……。そうだね、少し、狭くなっちゃうかも」
「今でも十分狭いっていうのに、もっと狭いところで居ろってか。はぁ」
「……うーん、ここだけの話なんだけど……」
その言葉が「ここだけ」だった試しはないが。
「基礎的な訓練は応龍でするらしいけど、その後ここの半分以上の部隊は新型空母に異動するみたい。私たちの部隊が移動するかどうかまでは知らないけど」
「新型空母……ねぇ」
「話は出てたと思うけど、新型機と射出機の搭載がされるから、久しぶりに大型の正規空母になるみたいだよ」
「軍は世界大戦時に栄龍を失って、大型の正規空母を作るのを躊躇って中型空母や揚陸艇搭載型を多く作って戦力の分散をしていたけど、今回はそれを無視したのか」
「まぁ、多分中型空母くらいにしたかったとは思うけど、機体と射出機のことがあるからね。両方、小型化する目途が立ったらまた中型空母を作ることになると思う」
「へぇ……。そういや、艦名はどうなるんだろ?」
「候補は若しかしたら出てるかもしれないけど、正式に決めるのは進水式の1か月前からくらいだと思う。応龍への射出機の搭載と実施試験もまだだし、ある程度それが終わったら分かるかもね」
新型空母に異動、か……。
元から大型の射出機構を搭載されるのなら、狭くなることはないだろう。
「狭いところに取り残されないように、もっと鍛錬しておかないとな……」
「慎君って、結構変わったよね」
独り言ちると、葵姉が急に話題を投げかけてきた。
「んー……?どこが?」
「配属した頃……、一年前くらいは戦闘機乗りになりたいから上層部に自分が戦闘機乗りに相応しいことを分からせるために頑張ってたと思うけど……。今はあんまりそういうことを言わなくなったなって思って」
「そういうことかぁ……」
「軍の暮らしや戦争で何か心境の変化でもあったの?」
「いや……そこまで明確なものじゃないけど……。うーん……。何と言えばいいか、戦闘機乗りに拘らなくなったというか……。ま、それなりに早めに昇給出来て隊員が生きて安全に帰れるならそれでいいかなって」
「そう、なんだ……」
何か葵姉が考えるように俯いた。
「あ、もうすぐ別れるところか」
俺たちの家は高須賀海軍基地からそう遠くないところにあるため、分かれ道まで来るのも早い。
「あの」
葵姉が俯いた顔を上げ、帰りを同行することを頼んだ時のような何かを決めた顔で、真っ直ぐな瞳をしてその言葉を放った。
「慎宕君……私と、結婚してください」




