58話 成熟
明海三十九年 4月3日 大浜綴帝國 浜綴航空技術研究所
「取り敢えず、双方の新型機構が一般的な飛行条件で飛べるという実証は出来た……が……」
「何か?」
「問題と課題だ」
「はぁ……何でしょう?」
「問題の方は噴式の方だな。あまり汎用性、実用性のある機体特性ではなかったことだな。遷音速実験や超音速実験には使えるだろうが、実用的な戦闘機や偵察機、爆撃機もだが……航続距離なども考えて、輸送機や連絡機にもならないことは致命的だな。燃料を基地や飛行場に置いておいて補給しながら飛び石的に連絡する機体というのもありそうだが……燃料の揮発性からくる保存性、安全性からあまり使えそうにないのがな……。まあ、実験用に機体と理論自体は持っておくとしようか……」
「して、課題の方は?」
「軍……いや、もっと大元のところからいくと政治方面からの要求だな」
「政治方面?」
「ああ。同緯度地域で扱うのは楽で、拡張も可能だろうと出ているが、情勢を考えるに我が国の低緯度地域や高緯度地域に於いて扱う可能性というのが高くなっている」
「戦争や動乱で暫く政治家たちは、争いはもうお腹いっぱいだと思っていたのですが」
「お腹いっぱいでも、向こうからやって来そうなことには備えないといけないからな」
「そうですか……いやぁ、仕事ができると向こうから仕事がやって来て、困ったものです」
「全くだな」
同月12日 メラシア帝国 コロドコ設計局
「2か月もあれば、大分と分かってくるもんだな」
「ええ。悔しいことですが、勉強になることばかりです。耐寒冷環境については我々の方が辛うじて進んでいる状況ですが、飛行特性や素材、周辺機器などは我が国を凌駕しているものが多い。領土の半分、技術や人員で言えばそれ以上も失ってしまっていたとはいえ、それでもメラシア―浜綴戦争までは全てを凌駕し、列強の上位国と末席だったとなっていますが、それがまるで嘘の様ですね……」
「しかも我々が解析したのは既に浜綴の中心部隊では旧式と化しているらしきモノ……。まったく、頭が痛くなるな」
「このことに加え、周辺国の不穏な動きが更に活性化しているとのことです。我々も暫く家に帰ることが出来なさそうです……。十数年前から人口が安定して増加しているらしいですが、こっちの人員も増やしてほしいですね、ハハ」
「ああ、それについては大丈夫だぞ?政府は研究所や設計局の人員を増やすらしい」
「そうなんですか?」
「それに伴い、ここも分割して割り当てるらしいな。流石に新規に人をこの研究施設に集めると手狭になることと、国防の観点から考えて、航空機設計局をいつまでも一つだけにしておくのは問題だと感じたんだろうな」
「その割り当てとやらはいつごろでしょう?」
「私も知らないな。流石に今年度中はないだろうから、早くて次の9月からじゃないか?」
「はぁ……、少なくともそれまでは我々だけでこの開発、ですか……」
「そうだな」
「はぁ……」
「溜め息吐くほど嫌か?」
「一通りの解析が終わったってだけで、それを次世代機にどう載せるのか、それは今からですからね。浜綴では簡単に入手・製造できるような素材や機材も、こちらでは工夫しないといけないものもありますから、そこを考える必要もありますし……。どうしたものかな、と」
「ま、それはゆっくりやっていこう。焦ったって何かを見落として余計に時間が掛かってしまうだろうからな。徒労に終わるよりはそちらの方が効率的だ」
「それもそうですね」
同月17日 大浜綴帝國 高須賀海軍基地
「久々の陸だけど、すぐにまた海に戻るんだよなぁ……」
「嫌なことを言うな。俺たちは海軍軍人で、現役でいて最前線の部隊にいる限り、いつかは海に戻ることになるだろ?今は大地を踏みしめられることに感謝しとけ」
久しぶりの陸だというのに、ザワとシゲが軽い言い合いをしていた。
「とはいえ久々とは言っても、今回は早かった方だろうよ。大体は三か月、長ければ六か月も海に居続ける訳だし」
「1か月も無いくらいで陸に戻れたのは確かに幸運だったけど、その分休みも短いからなぁ。暫くは鍛錬があるだろうし」
俺も話を収めようとしたが、ザワが言い返してきたためこの話は纏まらなさそうだった。
……俺は無視して、非番のための帰る準備をとっととしておこうか。
「どの道、軍人は軍人である限りいつかは過酷なところに送られるんだから、こういうときこそ気を抜いて疲れを解すことだな」
「はいはい」
無視したと同時に収まったので、態々首を突っ込む必要は無かったか。
「相坂、隊長」
「倉田兵曹、なんです?」
「いえ、帰るなら一緒に、と思いまして」
「お、おう。そういうことなら」
意外な誘いに驚いてしまった。
確かに艦から降りて家の近くまで帰る道筋はほぼ同じだが、今まではこういうことはなかった。
葵姉は幼馴染の俺に対してもややおどおどとした印象を持っているような態度だったが、今の彼女は何か素直というか、真剣さのようなものが伺える。
隠す前髪の間から覗く瞳が真っ直ぐこちらを見ていた。
「ところで、今日は何で急に一緒に帰るって?」
「少し……話したいことがあって」




