57話 宵の月
凪の中の突風のR-15表現ほどでは無いですが、一応注意を入れておきます。
明海三十九年 3月17日 夜 大浜綴帝國 某所
「遂にこの時が来てしまったか……」
なんで俺、こんなところに居るのだろうか……。
陽は沈み、残光も残り僅かとなって提灯や瓦斯灯が灯ってきた時間帯。
今、歩いているこの道は、廓まで続く道の一つ。
ザワが手配した娼妓が近くで待っているらしい。
俺はこういった場所には今まで来たことがなかったので、向こうから場所を指定してくれるのはありがたい。
いや、ザワが勝手なことをしなければ困ることも……って、このことを思い出すたびにかんがえているな。
まあいいか。
この手のことは初めてだし、ザワもそこそこの金を出しているとのことなので、少しは機体出来る……のだろうか?
兎に角、待たせても仕方ないので、考えを止め、遅くなった歩みの速度を戻し、普通に歩いてあまり遅れることのないようにしよう。
まだ宵の入りだし、多少は待たせても問題ないとは思うが。
十数分後 某所。
暫く歩くと、廓から漏れる妖光が見えてきた。
塀で囲われているが、廓の中の光が雲や霧に反射してその雰囲気を周りにまで届けている。
その雰囲気とは飲食街や祭りが開かれているような場所とはまた違ったもので、二業独特のものだ。
「あ」
指定された場所に近づいてみると、そこに一人の女性がいた。
「どうも……。あんたが相坂、はん……?」
「あー……はい。そうです。あなたが所沢から紹介された―――」
「そうやけん、椿姫言います」
そこに居た女性は、服の上からでも分かる豊満な胸を持ち、それでいて和装の似合うような緑の黒髪、雰囲気を持つ人だった。
やや吊り目がちで気の強そうな顔立ちだが、誰が見ても整った顔立ちだと思うだろう。
また、女性ながら男である俺に迫るほどの長身でもあった。
「今日はよろしくお願いします。……ところで、その言葉は……」
この辺りでは聞かない言葉遣いだ。
「あぁ……、これは生まれの言葉やけん、コッチの言葉遣いが出来るよう練習しとるんが、まだ上手いこといかへんくてね。気にしんで」
「はぁ……」
「そんな緊張しんでええで?」
気づかない内に緊張していたのだろうか、無駄に背筋が伸びてしまっていたようだ。
「フフッ……。ウチもこっち来たのも、相手するようなったのもそこまで長ぉないから、変に気を張る必要なんかないで?」
ザワが金を掛けて呼んだ娼妓ということで、かなり手慣れた人を宛がわれるのかと思ったが、どうやら金は手腕それよりも見た目に振られていたようだ。
「ここで長居してても道行く人の邪魔になるやろし、早速行こか?」
そう言われるままに、待合茶屋に行くのであった。
翌日 待合茶屋 宵月
「ん?」
目覚めると、見慣れない部屋と余韻。
昨日のことを思い出す。
「あれっ?」
周りを見渡しても、誰もいない。
まるで昨日のことが夢であったかのような思いになる。
だが、この部屋そのものが夢ではないと告げている。
布団の周りの床を見ると、一枚の紙。
そこには「部屋代も貰っていて既に払っているのでそのまま帰っていただいて構いません」と書かれていた。
そんなとこまで金を出されているとは、ザワも太っ腹な奴だ。
それにしても……。
「この字……どこかで見たような……」
紙に書かれた字だけじゃない。
椿姫さんの雰囲気と言うか何と言うか、以前、どこかで出会った気がするのは、何なのだろうか。
そんなことを心に留めて、部屋を出るのであった。
同月 某日 浜綴航空技術研究所
「所長、新規開発の進捗ですが、両方上手く行きそうです」
「本当か?前は結構詰まっていたものだが」
「少なくとも、飛行原理から飛ぶこと自体には問題はありません」
「他に問題が?」
「噴式の方は燃料含む化学物質の多くが操縦席に漏れ出すことと飛行時間の短さ、もう片方は燃費、それから来る航続距離、それ自体の耐久性の短さから耐用時間の問題があります」
「耐用時間は現状の理論値はどれくらいだ?」
「30時間といったところでしょうか……。しかし整備の仕方や細かな誤差も出ると思うので、24時間くらいが実測値として出る可能性は高いです」
「それは短いな……。噴式の方の耐用時間は大丈夫なのか?」
「燃焼方式自体が単純なので、機体や機構自体の耐用時間には従来のものよりは短くなりますが、実用に耐えるものではあります」
「そうか……ううむ」
「このままいくなら実際に飛ばす実験機のための設計図の修正をしたのちに飛行実験を行う予定ですが……何か思うところでも?」
「出来れば、燃費や耐用時間を良くしたかったな、と」
「モックアップを作ったり、耐え得る素材を見つけるため、研究時間をもう少し取ったりしますか?」
「いや、いい。この研究には結構な時間を取っていたし、研究費も費やしている。といっても、もっと掛かるものだと思っていたがな。とはいえ時間は兎も角、費用の方は流石にあと数十ヶ月も費やせないだけのものがあるから、これで良かったとも言える」
「ハハハ、何が何やら」
「取り敢えず、これで両方飛ばしてみる」
「分かりました」
「……さて、次のモノが見えて来たな」




