54話 メラシア帝国とパーラメント連邦
西暦1934年 1月10日 パーラメント連邦
ヴォルギングラード(旧サンクトフョドルブルク) 某所
「失礼します」
数度のノックの後、連絡員の男が入ってきた。
「どうした?」
「いくつかの報告が入って来ています」
「緊急、至急を要すものは?」
「1件あります。それ以外は、重要性に差はあるとは思いますが……」
「なら、至急を要すものを先に」
「分かりました。一つ目……、至急を要す案件は、カルロ=フィン王国との国境付近で不審な動きが軍と国境警備隊によって確認されているようです」
「不審な動き……か」
「はい。以前より我が国とかの国の間で国境での軍政、軍民問わずの小競り合い、諜報員の行き来が行われてきましたが、今回のものはそれらと一線を画すものであると軍部で判断されたので、こちらにまで情報が回ってきたとのことです」
「具体的には?」
「詳細はこの資料に。……本当に簡潔に申し上げますと、戦略偵察が多くなってきたことと、カルロ=フィン王国、国境付近の一部の動きが活性化してきていると。それらは戦闘演習と見られる演習が主で、その他詳細不明の活動が活発化しているとも」
「成程」
「軍は非戦闘員の退避をいつでもできるように事前の準備をしてほしいとのことです」
「承知した。して、残る内容は……そうだな、集中力が低くなったところで重要度の低い案件を話されても、記憶に残らないから、重要度を低い順に話してくれないか?」
「はい、まずは極東方面の情報からです。極東方面に於いて、帝国残党軍と浜綴軍が緊張状態にあるとのことです」
「ふむ……。状況に於いてはこちらから残党の実効支配地に攻め入ることもできるか……。まあ、こちらの情勢がもう少し安定していれば、だがな。残党にしても、浜綴にしても、その力がこちらに向くようなことがあれば、ここでカルロ=フィンと相対しているときになると連邦は二正面作戦が生まれ得る可能性がある。そんなことが起これば文華民国も動くだろうが……。まあ、緊張状態というだけならこれから何が起こるかはまだ分からんな」
「はい。次は―――」
報告は続き……。
「次で最後です」
「ということは、急を要さないものでは最も重要、ということか」
「そうですね。最後は……こちらの軍の部隊にもレンドリースの機体が回ってくるようです」
「というと……、イギンダの“ヘビ”か?」
「そうです。あの機体、高高度性能自体はポポフの機体の方が上回っていますが、そうでない性能ならばその限りではないようです。それにイギンダは工場生産で安定して生産できるため、整備の仕方を大幅に改定することはないのでそれも強みになっているかもしれませんね」
「我が国の軍事関係の話にはあまり詳しくないが、設計局が増えても国家内の統一規格を長年打ち出せず、ある程度統一できるような規格になるようなものを一応出せはしたが、規格化されてない部分で違ってくるからやはり工場が違うと同じ設計局の兵器でも部品流用が出来ないのも問題だな。まあその副産物のおかげと言うべきか、違う設計局の兵器でも同一の工場で生産された兵器の一部は部品を流用できるということも起こっているらしいが……」
「それはまあ……この国全体の、慢性的な問題ですね」
「まあ、これによって我が国の精度意識、規格の重要性をより認識してくれればいいが」
「……。話を戻しますと、単純に防空軍の戦力が増強される、という話ですね」
「私は行政しか担当しないから、先の準備の話以外、軍関係の話はあまり関係ないな。軍はそうだな……、私に周辺業務と緊急事態というか……臨機応変に対応できるよう準備しておいてほしいという話なんだろうな」
「そう……ですね」
「ま、考えておくか」
言った後、男は窓の外を見る。
吸い込まれるような闇が凍てつく景色を生み出している。
パーラメント連邦成立のしばらく後に首都ではなくなったこの土地を惜寂の念を持って見つめるのであった。
同月 28日 大浜綴帝國 蓮都 蓮都総督府隷下軍庁舎
「君には非常に特殊な任務を請け負ってもらいたい」
「ソ、その前に、なんでオレがこんなトコロに……」
「特殊な任務、だからな。あまり他の人間に聞かれると“コト”なのでな」
「ソレに、オレなのはなんでなんだ?」
「ふむ……心当たりはあるんじゃないのか?」
「コッ……心当たり?」
「……」
「ナンノコトダカ……」
「……」
「……」
懲罰房に静寂、十数秒。
「はぁ……。自分から言い出せばいいものを」
「?」
溜め息を吐いた男は、布蓑から煙草と燐寸を取り出した。
「五年前、五月の十三日」
「……?」
男は取り出した燐寸に火を着けようとする。
「国境の山脈、浜綴海側」
「……ッ!?」
男が顔色を変える、燐寸に火が着いた。
「顔に出てるぞ」
「ナッ……ナんのコトですカ……ッ?」
男は再び溜め息を吐き、煙草に火を着けて燐寸の火を消した。
「言葉も片言だし……。お前、亡命者だな。当時の軍が監視していた領域で集団亡命を確認し、そこからできるだけ行われていた追跡調査で分かっている」
「……」
「そう睨むな、今まで別に監視していたこと以外は特に何かをしていたわけでもない。亡命して数か月後には監視も定期的なもので、継続的なものではなくなっていたらしいしな」
「なんで……今サラ……」
「俺たちも鬼じゃない。別に重大な犯罪者でもなければ定期的な監視をするだけで、取って食おうって訳じゃないからな。ま、国境を無断で渡ったのは立派な犯罪な訳だが」
男は吸った煙草の煙を息と共に吐いて続けた。
「今お前を呼んだのはさっき言った通りだ。特殊な任務に就いてもらう」
「ソレは……」
「何、簡単なことだ。旧世代戦闘機で飛んで、帝国残党の領土に着陸すればいいだけ」
言われた男は目を白黒させる。
「何故か、それは言えない。だが、それをすればいいだけだ」
「こちらの回収は……?」
「秘匿される任務だ。勿論それは行われない」
「オレが再び向こうに亡命する可能性を考えないのか……?」
「軍上層部は別にそれでもいいという結論に至った。戻って来るもよし、煤羅射に行ってもよし、だ。お前がどういう理由でこちらに亡命したのかは知らないが、態々煤羅射に行くとも思えんし、払綿土や文華民国は帝国残党ともあまり対話はなく、寧ろ緊張状態であるとみられているから、そちらに行こうとすると国境警備隊や国境軍部隊に射殺される可能性が高い。こちらの懸念も少ない、という訳だ」
「……」
「嫌だというなら今から不法入国者として当然の処罰を下してもいい。だが、この任務をこなして何もないという訳じゃない」
「ソレはなんです?」
「二等臣民としての権利とそれに付随する正規の書類だ」
「……ッ!」
「本来、蓮都統治時に暮らしていたかつての煤羅射人が正規に得られる権利が三等臣民であることを考えると、この条件は破格のものとなる。確かに任務として、この時期に行うのだから、その危険は重々承知してくれると思うがな」
「……一人で、ですか」
「そうだな、この季節なら勿論危険もあるし、精神的にも辛いだろう。そう言うと思って、人は用意してある」
「はぁ……」
「以前、多少問題を起こしている軍医で、北島という男だ。軍医だから多少は役には立つはずだ。医者としての腕にも問題は見られなかった」
「……分かりました」
「物分かりが良くて助かるよ。それと、機種転換の為の時間くらいは用意する。転換訓練が終われば直ちに出発せよ」
「了解しました」
「予定は追って伝える。私からは以上だ。何か質問は?」
「……アリません」
「分かった。それでは、解散」
そして少しした後、懲罰房には残った紫煙と再び訪れた静寂だけが残った。




