53話 報告と方針
明海三十九年 1月1日 佐波鈴北東海域 上空
「ふうぅぅぅ……。何とか撒けたな」
銃座での構えを崩したザワが溜め息を吐いて気を緩めた。
「本当か?」
「ああ。向こう側に頭向けて去っているからな。最高速を意図的に隠しているなら別かも知れないけど、さっきのが最高速だとすると、もう追いつけないと思ったんだろうな」
ほぼ賭けのようなものだったが、どうやらこちらの最高速の方が早かったようだ。
この機体が箒星だからできたことだが、星霜であったなら最高速の差は旋回性能で埋められる程度の差か、下手をすれば追いつかれていたようなものだっただろう。
「こんなに寒い中、それなりに性能がちゃんと出てくれたおかげだな。ひいては倉田一等兵曹のおかげだ」
「いや……その……相坂少佐の操縦の腕、それでそれを伝えて部隊も同じように動かせる指揮能力もあってのことだと思います……」
そこまでべた褒めしたつもりもなかったが、何故か結構褒め返されてしまった。
最初から褒められていたのならこちらから褒め返すことも出来たのだが、褒め返しでべた褒めされるとこちらから謙遜したり更に褒め返したりすることは難しい。
「それにしても、水平尾翼で補正しながら少しだけ機体を傾けて緩く旋回。初めて見ると射線を間違って構えてしまうんだろうな。アレを戦闘中に思いつくのは素直に凄いだろ」
珍しくもザワが葵姉に乗っかり再び俺のことを褒めだした。
しかし、この言い方は助かった。
「アレは昔、戦闘機の機動で思いついたらしい機動を真似しただけだ。俺の親父の世代の戦闘機乗りが思いついたらしいから、そこまで難しいことじゃない」
ザワがその言い方をしてくれたおかげで、適当な謙遜の仕方が出来て良かった。
「……」
「……」
何故か、そこで会話が途絶えた。
「空母応龍視認可能領域まであと少しだ。気を引き締めろ。着艦準備」
その直後シゲの声があったので、この気まずい静寂が長時間機内を支配することはなかった。
この後、煤羅射がこちらに気づいてやってきたらしい機体の特徴を、煤羅射の機体についての性能の予測、戦術なども報告したのであった。
ここまで煤羅射の領空ギリギリなところまで飛ぶような戦略偵察をすることはないだろうが、今後もある程度の偵察などはするのだろう。
はぁ。
同月 4日 夜 大浜綴帝國 首都万京 某所
「三が日も終わったが、三が日中も忙しく、そしてこれからはそれ以上に忙しくなってしまうのだろうな」
「まったく現場には年末年始に働いてもらったというのに、仕事をこうも手際よく纏められると上の仕事が溜まって休めたものではないですな」
「はは、その通りですな」
男二人、西洋から取り入れられたカウンターテーブルの台で酌み交わしていた。
「それで、煤羅射の残党の……コロドコとやらの技術力と言うのは如何ほどで?」
「ここに」
男は本と言うには薄い、小冊子を机に置いて渡した。
「どうも」
その小冊子を一通り流し読みした男は、ほぉ……と声を漏らし、人差し指で自らの顎を撫でた。
「戦車と航空機は未だに完全な独自開発ができているだけまだマシですが、それ以外の大型兵器となると悲惨の一言に尽きますな」
「彼奴らは残されたいくつかの艦船を修復しつつ、小型・中型艦を他国から船体を発注していくつかの内部部品を製造したりまた別の所から発注したりしているのだとか……。勿論、小銃や重火器の類も完全輸入に頼っているものがいくつか確認できます」
「浜煤戦争時では我が国の方が敗戦濃厚などと言われたものですが、もし今から戦争を始めるとするなら、たとえ海軍のみだけで戦ったとしても、負ける気がしませんな。大国と言われた当時の面影もない」
「まあ、払綿土に領土、人民、技術の殆どを奪われた形となってしまっていますからね。仕方ないと言えばそこまででしょう」
「して、払綿土の方は?」
「極東方面の資産は帝国残党に持っていかれてはいますが、やはり首都周辺の資産はそのまま引き継いでいる分戦力としては安定したものがあります。技術力としても、人員としても。浜綴との国境は帝国残党があるので大丈夫だとは思いますが……」
「どうした?」
「最近、社会主義者共の動きが怪しく……文華や伊銀田、雄州諸国でもそのような話が。勿論、我が国も例外ではありません。まあ、ただの軍事関連企業の会長である私が態々言うことではありませんが」
「ああ、そのことか。勿論私も耳には入っているよ。君の話は、“君のところからもその手の話が分かる”ということとして、参考にさせてもらうよ」
そう言って男は、残り少ない小鉢の中のお浸しを飲むように放り込んだ。
「先の調査で少し残党らを刺激しすぎてしまいましたが、ま、なんとかして彼らは払綿土に対する緩衝国家としての“役割”を全うできるよう、少しばかり塩を送ってやりますか」
「なんとか彼ら、払綿土の勢いを減衰させるよう、頑張ってくれたまえ。私も助力、助言くらいはしよう、今藤君」
「はは、ありがとうございます。空技の方も革新技術に辿りつけるようなものを見つけられそうなもので、彼らに与える技術も一歩進められますな」
またしても軍人が忙しなく動く中、陰で様々な脈動があるのだった。




