50話 北方海域演習作戦
明海三十八年 12月22日 太平洋 北方地域 高須賀海軍基地所属艦隊 上空
この作戦の内容はおおよそ演習が八割、諜報が二割となっている。
が、演習中にも気づいたことがあれば副操縦士や航空士、機上整備士などはその場で報告書を書き、操縦士も着艦後に書くことができるらしい。
実際操縦士だけが憶えていることがあるのかは分からないが。
その為演習八割、諜報二割とするよりは諜報の割合が高い気もする。
そんなことより。
「はぁ~……。暇だ」
演習の中でザワがぼやく。
演習中の私語だが、俺はそれを咎めることはしなかった。
咎めようと思うほどの体力は寒さの中に霧散していき、口の中の唾液は霜となって降りそうだ。
「はぁ……」
言葉を発するのも面倒だったので、溜め息で返した。
試製箒星の試験機搭乗をしていた時にある程度攻撃機としての攻撃演習を行っていたので、他の試験機搭乗後の訓練とは違い、これに新鮮さなど感じられなかったので、尚のこと退屈に感じられた。
「瑞守隊、指定座標に到達した。演習を開始する」
嗚呼、今日の“退屈”が始まる。
数時間後
『演習を終了する。これより偵察任務を開始する。担当部隊は任務を開始せよ。それ以外の部隊は帰投を』
森崎中将の声が、俺たちが応龍に戻ってきたのだと自覚させてくれる。
その代わりに、咲銛隊の下にいるということも嫌々分からせてくる。
個人的な意見で、陸軍の鷹見隊よりかはマシではあるが、どちらかと言うと生機大佐の方が良いと思った。
同日 夜 高須賀海軍基地所属艦隊 応龍 空き部屋(自主鍛錬室)
春か秋、尚且つ本土であるならこの時間はまだ陽が出ている時間帯であるし、冬でも本土ならば日は沈んでいてもある程度は明るさのあるような時刻だが、高緯度地域の冬であるなら訳が違うらしい。
陽は落ち、空には宵闇が深く染まっている。
春夏秋なら飛行甲板で鍛錬をしていたし、なんなら冬でも本土と同じかそれより低緯度であればそこで鍛錬をしていたが、流石にこの状況の中、飛行甲板で鍛錬することは無理だ。
霜が降りたり、甲板が凍結したりして、走ると転びかねない上、そこまで夜に甲板を広く照らしているわけではないので落ちかねない。
そういう訳で、寒くない訳ではないが、少なくとも外に比べれば凍えるようなものではないので、ここで鍛錬を行っている。
「ふっ、ふっ……」
戦闘には直接関係のない鍛錬用具をそう多くは積載できないため、多少の鍛錬用具のみが積載されており、借りられる数が限られるため艦内で特に他の者も鍛錬している場合は器具鍛錬よりも自重鍛錬を推奨している。
今、俺がしているのは鉄亜鈴で腕の筋力を鍛えているが、人も多くなってきたので自重鍛錬へと切り替えるとするか……と、考え始めている。
「ん……?」
俺に近づく人影。
「よう」
「なんだ……ザワか」
人影の元を辿ると、そこには所沢が居た。
「なんだとはなんだよ……まあいいけどさ。ちょっといいか?」
「次の鍛錬をするところだったから、短い話ならまぁ……。長くなるなら鍛錬しながらで良いか?」
「ああ……うん」
「前にこんなこと言った気がするけど―――」
自重鍛錬を始めてから、ザワとの話が始まった。
ザワも鍛錬を始めながら話し始めていた。
内容は割愛するが、おおまかな内容は前、居酒屋で話した内容だった。
今、結婚に関する話が来ているのかどうか、気になる女は居るのか、どういう女が好みか、など。
結婚の話は以前と変わらずの内容、あとの女の好みがどうとかについては、今までそんなことを真面目に考えるようなこともなかったと伝えた。
話している内に自分の内的環境・内観についても考えることになったな、とも思った。
内容についてはそこまで中身のあるというか、改めて心内に吐露することもないようなものだったが。
12月31日 佐波鈴東側海域
繰鈩諸島を越え、北方海域へ。
「今のところ、帝国残党海軍は見ないな……」
煤羅射帝国がまだまとまっていた時なら、哨戒部隊の端々が南下してくることはあった。
しかし今、佐波鈴島の脇まで来たが、今まで一度も艦の一隻も見ていない。
それほど、今の煤羅射帝国海軍の力は無いとみて良いのかもしれない。
払綿土連邦の脅威がある今、力の温存の為もあり、鷹の爪を隠しているのかもしれないが。
緒穂湊海軍や千登世海軍、蓮都総督府隷下海軍、航行艦隊などではなく高須賀海軍の艦隊なのは、それら以外の艦隊で主力となり得る艦隊も北方作戦に投入できるようにと言う配慮だろう。
恐らくだが、群鶴海軍艦隊も後に演習があるのかも知れない。
航行艦隊は前線部隊であるということで、収束しきったとは言えない高砂周辺海域の哨戒を止めていない。
因みに「極東赤道危機」の際にこの艦隊が参加していなかったのは、消耗していた高砂総督府隷下海軍の穴埋めとして、海峡側の警備を任されていたかららしい。
今はある程度高砂総督府隷下海軍が落ち着いて戦力の補強が一段落したということで、太平洋側の警備もしているらしい。
蓮都総督府隷下海軍は蓮都を中心とした防衛を司るため、帝国残党の暫定的な首都のような状態となっている、マダガン付近への演習は行われていない。
そういった地に向け俺たちの艦隊は年を越えるのと共に向かった。




