49話 寒さは肌を刺して
明海三十八年 12月20日 高須賀海軍基地
HATIへの出向が終わり、やっとのことこの基地に戻ってきた。
部隊の所属は空母応龍所属であるため、「戻ってきた」と言えるのは空母に乗ったときだろう。
ま、それも今日この日で「戻る」ことにはなるが。
最後に応龍に乗っていたのはいつだろうか。
「高砂事変」後、帰ってくるときが最後だった気がする。
その後は試製海邦の試験をしたり、「極東赤道危機」に遭ったり、そして攻撃機箒星の試験機搭乗など、全く応龍に乗ることが無かった。
「高砂事変」の帰投時というと、七月の上旬頃。
半年とは言わずとも、五か月前後、応龍に乗っていなかったことになる。
空母所属とは思えないな。
着艦も久々で緊張する。
着艦訓練もある程度はしていたが、本当に着艦したのは「高砂事変」帰投時よりも更に前、確か……陸軍船舶部隊の支援の時だったか。
その後に特殊な大型攻撃機の試験機搭乗をし、実戦投入となったのだった……ような気がする。
今年、それも春から秋に掛けて、人生で最も色々なことが濃縮されて起こっていた気がする。
これほど短期間に様々な試験機に乗った飛行機乗りも、そうは居ないだろうな。
俺たち瑞守隊が乗るのは、試験機として乗っていた試製攻撃機箒星——いや、今は箒星一一型と変わり呼ばれていた——の制式、それも本量産型である二三型だ。
大型改修がなされた試製箒星を更に少し改良された正式採用型は、試験用機体よりも少し駆動馬力が抑えられているが、初期生産型である非量産型や、初期量産された低率量産型よりも性能は良くなっている。
実戦に堪えうる構造のための設計思想によって組まれているため、実戦機であった星霜と同じように手に馴染む。
その辺りは実戦機と試験機との明確な差か。
以前、“試験機慣れ”していたのかとも思っていた時があったが、操縦桿を握るとそれとはまた違うと感じられた。
「戻って来て早々だが、長期間の演習だ」
基地に戻って聞く上官からの久々の言葉はそれだった。
俺たちの出向期間が箒星の量産計画や初期生産からの改修点の改造・実装によってこの演習への参加は遅れ、基地では殆どその概要を聞かないまま応龍へと乗り込むことになった。
同日 太平洋 高須賀海軍所属艦隊 応龍 飛行甲板
「はぁ~……冬の海は寒い」
寒冷な気団と寒流が艦隊を包む。
俺たちが演習することになったのは、太平洋。
それも、北方の海域だ。
なぜ、この寒い時期にこんなところで演習するのかと言うと、北イシア全体の不穏な情勢の所為である。
北イシアと言えば、煤羅射。
しかし、今はそれだけではなく、複雑化している。
それは一体なぜなのか。
その昔、浜綴と煤羅射は戦争し、浜綴の辛勝という結果に終わった。
いや、太平洋地域では快勝ではあったが、バストーシナヤ・ジミリア、つまり蓮都制圧後、大陸では高緯度地域特有の冬将軍によって進軍は鈍り、戦況は互いに退かず進まずの泥沼になったらしい。
それから浜綴が辛勝に終わった理由とは、社会主義者による当時煤羅射の皇帝暗殺から始まった、払綿土連邦含む北雄・北イシア情勢が深く関わっている。
当事の時の皇帝、アルノルド三世を人民主義者が暗殺した後、それに続けと社会主義者たちが更に蜂起。
首都サンクトフョドルブルクをなんとか制圧し、皇室関係者は全員が暗殺・行方不明となり、払綿土連邦が成立した。
払綿土連邦は煤羅射の後継国家とは違うと声高らかに宣言していたが、周辺国・関係国らは事実上の後継国家と見做した。
連邦内部国に煤羅射・払綿土連邦社会主義共和国が存在するのだからそう見られるのだろう。
しかしまだ、払綿土連邦の問題はあった。
首都周辺から雄州に掛けては確かに制圧し、実権を得たが、その他の地域はそうではなかった。
東煤羅射は彼らが実権を握る前に、別の者たちによって支配されていた。
そう、それは煤羅射帝国の残党である。
アルノルド三世が崩御し、浜煤戦争での敗北した後、同四世が混乱の最中更なる暗殺を警戒し、政府能力を煤羅射統治権を水面下でフョドルグラード労兵払綿土率いる煤羅射臨時政府に引き渡し、東煤羅射地域へ亡命。
これによって煤羅射臨時政府が正式に払綿土連邦へ移行する際には首都周辺は安定して行政権などの移譲が行われたものの、その支配を東部地域へ広めようとしたときには時すでに遅し。
その間に煤羅射帝国亡命政府は極東地域の一つ、勘察加半島と蓮都の中間に位置する地域、マダガンへと移った。
浜煤戦争以来残る軍を直轄軍として払綿土に対して最低限の防衛を行い、「国家」として再建を図っているところだ。
余談だが、東煤羅射の沿海地方、グルバヤ・ジミリアには煤羅射三大航空機設計局であるコロドコ設計局が存在し、帝国残党傘下となったのは払綿土にとっては痛手だっただろう。
払綿土はすぐに彼らを追撃することは叶わなかった。
北雄の隣国、駆路=芬王国で行われた社会主義者たちの革命は中途半端なところで終わり、赤派はおり、彼らを足掛かりとして攻め入ることもできるが、彼らの方もこちらを警戒する白派が睨みを利かせている。
先を取るか後を取るか、互いにその葛藤の中、動かぬ事態の駆け引きが存在している。
そして払綿土の南部は文華民国である。
今でこそ文華民国は正当な政府として存在しているが、浜煤戦争終結時には文華民国も前身国家である唐国が引き起こした浜唐戦争後の混乱があり、そんな中で豪族や軍閥が独自に北進してこないとも言い切れない状況が存在した。
帝国残党、駆路=芬、唐の豪族。
払綿土は建国してすぐ、三方向に注意を払わなければならないのだった。
話は戻るが、俺たちの艦隊が本土北方の海で演習を行うのは、帝国残党と払綿土、どちらが浜綴の明確な敵となるのか、戦力はどれほどか。
「……この演習、冬じゃなくても良かっただろ……上層部は頭大丈夫か……?」
つまるところ俺たちは、“いざというとき”の為に寒中作戦に対する慣れと、偵察・諜報活動の二つの目的のために動いているということだった。




