45話 危機と収束
明海三十八年 9月10日 高砂島南東部側 太平洋
本土ではもう秋風の一つでも吹いていそうな時期だが、赤道に比較的近い高砂島の近くであるこの場では、未だ涼やかな感覚には至っていない。
しかし一か月近くも居ると、季節が移ろいでいるというのが、肌を通して感じられる。
その季節の海で今日も潜水艦狩りを行っていた。
結局、二回目のIVGの戦闘機との遭遇以降、潜水艦や戦闘機と出遭うことは数少なくなっていった。
『ここ数日、潜水艦も戦闘機も見ないですねー』
「服部、私語は控えろ」
『はーい』
「ったく……」
とは言うものの、服部の言うことは間違ってはいない。
特に何もなく、俺たちはただただ無駄足をさせられているというだけだ。
「ふぁ~……ん、失礼しました」
葵姉も欠伸をしている。
それほどこの作戦にどれほど緊張感がないかということを示している。
そんな中、司令偵察機からの入電があった。
『こちら凛海、六時の方向から不明機。……ん?通信が入っている?繋げ』
暫く凛海は何処からかの通信に対応していたかと思うと、すぐにこちらの回線に戻った。
『凛海から作戦全機、作戦中止。全機、帰投せよ。詳細は基地にて追って伝えられるはずだ』
突然の作戦中止宣言。
戦いが無い中、帰るのは吝かでない作戦機の搭乗者らは、さほどの不満の言葉もなく帰投していき、俺たち瑞守隊もそれに続いたのだった。
同日 高砂島 高南飛行場 海軍庁舎 会議室
「皆、疲れているところ済まない。実質的に、ここでの報告と総括を済ませれば今回の作戦はここで終了となる。最後に気合を入れて聞いてくれ」
作戦終了か……、政治屋が裏で何かをしていたのだろうか。
ここ数日、潜水艦やIVGの連中が現れなかったことと関係があるのかどうか。
「本題に移る前に、この件について機密事項であるという旨を伝えておきたい。暫定的ではあるが、これから言う内容……、勿論第七柑子丸襲撃事件から始まった『向こう側』との戦いも含むが、それらは十年後に民間に対して正式に公開される情報ということを伝えておく。暫定的なものであるので、一部内容が開示されるかもしれないということ、秘匿する期間が前後することもあるということを留意してもらいたい」
基地司令による前置きが終わり、本題に移った。
「まず、今回の民間船舶襲撃についてだが―――」
どうやら、この非正規戦闘についての正式名称は「極東赤道危機」と名付けられたらしい。
そして、この危機を引き起こしていたのは団州連邦であることが判明した。
また、各々の推測の通り、伊銀田連邦もまた、IVGを派遣して参加していたということが正式な回答として向こうの陣営から知らされたらしい。
向こうからの提案として、団州側が先んじて民間船舶に対して攻撃を始めてしまったこと自体は認め、それに対する賠償金自体は払うと言って来たらしい。
だが、浜綴自体もその件について国際的な場で公にできる情報で対抗してくるのではなく、武力による迎撃という手段を取ったため、そのことについての賠償として、団州や伊銀田側が払う賠償金の金額の軽減を行おうとしているらしい。
金額自体は団州、伊銀田側に甘い設定になっているとはいえ、交渉自体は冷静なものであると判断できるのは、向こう側が無理に交渉で浜綴側が悪いとすると、ことが公になり、彼らが不利になるということを理解しているからだろう。
雄州や伊銀田、団州など、雄銀諸国の交渉術として、まずは自分たちに有利な条件を提示し、その後に互いに少しずつ譲歩していくという交渉方法を取るため、金額が団州、伊銀田側に甘いのは、そういった文化的価値観から来るものだろう。
「政治部はこれらの提案を受け、提示された金額よりも多めになるように再交渉を行い、より多くの金額を受け取る形として、今回の危機について、収束したということになった」
基地司令の顔がやや不満気であるのは、団州が撃沈したと浜綴側が考える民間船舶の内、後付けが得られていないもののほぼ全てに於いて、賠償金が得られなかったことからくるのだろうか。
兎も角、大きくはないが小さくもない国家間の感情的な“しこり”を残したまま、この事件は幕を閉じたのであった。
「今回、このややこしい作戦に応じてくれた者たちに対して、昇格、昇給が与えられる。それらは追って伝えられる。また、この戦いの中で殉職した者たちについては、二階級特進が与えられることとなった」
非正規戦闘……それも十年ほどは公開できないような内容の戦いに於いて、まさか殉職者に二階級特進が与えられるとは思ってもみなかった。
昇格や昇給についても勿論驚いたし、棚から牡丹餅と喜べることではあったのだが、自分たちの部隊にはあまり関係していないとはいえ、それは驚くに値することだった。
そんな例外の多かった「極東赤道危機」は、兵から見た限りはこれで一応の収束を見せたのであった。
嗚呼、どうかこの南の海で、再び戦火が訪れることがないように。




