44話 それぞれの政略
明海三十八年 9月5日 大浜綴帝国 首都万京 官邸 執務室
「総理、中長距離輸送船連続沈没事故についての報告書です」
「早いな」
「何やら、現場ではかなり状況が移ろいでいるらしく……」
「何々……」
総理と呼ばれた男は興味深そうな顔でその報告書を覗き込み、表情は険しくなっていった。
「この報告書が今、来たということは、今はかなり状況が進んでしまっているということだな」
「まぁ……そうでしょうね……」
この書類は本土の軍関係者にも回ってから来ている書類であるため、その内容は3日ほど前のものであった。
3日前といえば、哨戒機による海中探知部隊と爆撃機による攻撃部隊に作戦機を分け、その最初の成果が上がったときのことだった。
「だが、これだけではなんとも……第七柑子丸の時の話を鑑みても、その時どこかの潜水艦による攻撃である可能性が示唆されて、今回のこれではその可能性が高まった、というだけではないのか?」
「私にはなんとも……軍は未だ、世界大戦時の空母栄龍喪失を根に持っている、というだけかもしれません。それで、敵潜水艦に対する意識が強いという可能性は否定できません」
コンコンッ
そう秘書が言ったところで、戸を叩く音。
『失礼します。総理、緊急で精査していただきたい書類が』
「入れ」
そして総理と呼ばれる男がこの書類によって、IVGが浜綴―団州間の非正規の戦いに参加していることを、初めて知ることになる。
同日 イギンダ連邦 首都ワトキンスD.C. ホワイトハウス 大統領執務室
「大統領、IVG関連の報告が来ました」
「ありがとう」
大統領と呼ばれる男はその報告書を受け取り、興味深そうな顔をした。
「やけに報告が早いな、どうした?」
「どうやらこの件に関して、前線で問題が多く発生したようで、現地司令官も上層部に判断を求めている模様です。なんでも、あらゆる情勢やらが絡んでいるんだとか……。そのため、現地からこちらのホットラインに繋げる場所まで通信機を有する船で繋いで、すぐにでも連絡が出来るようにしたのだとか……」
「成立にも難儀し、一つ動けば後はなんとかなると楽観視していたものだが、何ともならんものだな。どれどれ……ふむ」
「場合によっては、再度軍に義勇兵志願者を募る必要がありますね」
「グラス・ガーディアンの成立ですら、戦闘機乗りを募っているのに少数の爆撃機乗りと未搭乗者ばかりが来て再訓練が必要になったというのに、更にその上、脱退者がいて大変だったんだがな……なるほど」
「……どうかいたしました?」
「いや、報告書の中身を理解しただけだ……次から次へと……。はぁ……」
「そこまで酷い内容だったのでしょうか?」
「いや。だが、様々なことを加味して天秤に掛けなければならない問題と、前はチャンスだと思ったことが案外そうでもなかった、ということが分かってしまったのでな」
「それは……困ったことばかりですね……」
「ああ。取り敢えず、部屋の中の象だけでもその真理を見分けるとするか」
「なるべくお力になれるようにします」
「頼むよ」
大統領は一度資料から目を離し、一度考えを纏めるため腕を組んで天井を眺めるのであった。
同日 セイアン帝国自治領マルシア連邦 クイーンズランド州 州首相官邸
「首相、いかがなさいましたか?」
普段は穏やかな表情以外に表情などないのかと言った感じの州首相だったが、今日は珍しく渋い顔をしていたため、気になった秘書は思わず尋ねた。
「いんやぁ……何でもない。と、いいたいところだったが、そうでもないなぁ……」
「はぁ……」
「”例の件”だよ、”例の件”」
「と、いいますと?」
「イギンダまで入り込んだ、私の乗り気ではなかった”例の件”と言えば?」
「対ヒンテイの通商妨害作戦の件でしょうか?」
「そう。これまたややこしい事態になってしまったらしい」
「ややこしい事態とは?」
「ヒンテイがなかなかやってくれるため、マルシアの潜水艦の半数以上が未帰還となっているらしいね。これじゃあ、既に購入しているらしいバンダーやイギンダの潜水艦が届くまで、碌に活動できないということだよ。この大陸にある造船所で作られるセイアンの潜水艦も、まともに公試運転も出来なさそうだよ。それに、IVGの方もかなり損耗が出ているし、ヒンテイには薄々我々やイギンダが関わっているということに気づき始めていても可笑しくはない」
「それはなんとも」
「まあ、戦力を増強するにしても、作戦を終わらせるにも、関係各所に通達するべきところがたくさんあって困ってしまうよ。あまり借りというものは作りたくないからね」
「この州は……なんとも厄介な立場にありますから。昔も今も、恐らくこれからも」
二人は互いに苦笑いを向け合った。
「連邦首相は勿論、各党のパイプ役に、各国の外交関係者。議会議員に……下手をすれば、本来は権限の少ない連邦総督にまで話を通さないといけないねぇ……はぁ……」
「私も、出来得る限りは」
「そう言ってくれるだけでも、ありがたいもんだね」
「して、退くか進むかでいうと……」
「ああ、それは―――」
各国の上層部は、それぞれの苦悩を抱え、それぞれの決断を下すのであった。




