39話 海の邦
明海三十八年 9月2日 高砂島南東部側 太平洋 上空
『海中目標、探知アリ』
この作戦に移って数日、遂にこのときが来た。
『こちら凛海隊より瑞守隊、探知アリ了解した。指定する領域を虱潰しに探知しろ。ゆっくりでいい。確実に潰すぞ。各爆撃機部隊は引き続き待機せよ。だがすぐに出番は来る。呆けるなよ』
司令偵察機鱗雲から指令が飛ぶ。
第五七一航空群所属、第一〇五偵察大隊、凛海隊。
その指令を下すのは生機中佐という男らしい。
別名、「不動の空司令」。
彼自身の身体的特徴と、その頭脳を評した別名らしい。
彼は生まれながらに脚は不自由で、筋力が極端に少ないという先天性の病に苛まれながらも、ただその頭脳のみで軍に受かった才能を持つ。
彼の年齢で中佐にまで上り詰めたというのも偉業の一つであるらしい。
いかなる時も冷静で、動じない。
また、私事に於いては若干石頭なところも少々揶揄されているとのこと。
因みに彼の親も元軍人で戦闘機乗りであったが戦争中に負傷し、足を不自由にしてから指令偵察機に乗り司令を務めたという。
そのことから、生機中佐の偉業を妬む者からは“呪われた脚”と言われているらしい。
らしいらしいと曖昧なのは、俺がこの高砂の海軍事情にあまり詳しくなく、辛うじて得た情報だからだ。
そんな若くして切れる男からの命令を受け、探知の網を掛ける。
『こちら瑞守隊三番機、幟。探知波強い』
『こちら凛海、了解した。次は―――』
縦掛け、横掛け、その網を張り巡らせる。
『二番機芙蓉、探知波最大値を取った』
『凛海、了解した。予測座標を計算する。爆撃機部隊はもう少しだけ待て。瑞守隊は指定する方向から進行して探知してくれ、誤差を取る』
そして複数の部隊から返される応答。
『予測座標位置の計算を終えた。座標を送る、時間まで合わせて爆撃せよ。哨戒機と進路が近い部隊もいると思うが、試作機とその搭乗員、どちらも貴重だ。間違っても当てるなよ』
そしてその後、無線からは予測された座標が流れてくる。
――――――ッ……!!!
遠くで爆音が聞こえ、その方向を見ると白い柱が輝き昇っている。
『瑞守四番機服部、探知機が最大値を示した』
『凛海、了解した。再計算を行う。爆撃機部隊で示された爆撃がまだである場合、攻撃は続行せよ』
生機中佐の淡々とした声が、粛々と令を下す。
以前、高砂事変に於いて停泊している艦船を攻撃した際、演習のようだと形容したが、それとはまた違った意味でまるで演習のようであった。
動いているのは確かに整った動きのとる理想とする軍隊の動き方そのものだったが、それを動かす生機中佐の指示は司令のものというよりかは、まるで君主のようであった。
『凛海より全機。再計算の結果、爆撃は外した可能性が高い。再び計算した座標を送る。爆撃機は再び指定された地点に最も近い部隊が爆撃を行え。瑞守隊は地祇に指定する領域を探知せよ』
爆撃と探知を続けること更に十数分。
「こちら瑞守隊相坂。探知機に感なし」
『芙蓉、同じく』
『幟、同じく感なし』
『服部、海中に探知物を認められず』
『こちら凛海、了解した。……航行時間を考え、本日の作戦は以上とする。なお、爆撃機部隊の一部は通常航行中の船舶が対潜のために招集される場合がある。帰投から明日の作戦開始時間まで凛海隊の指揮下から離れるが、帰投しても気は抜くなよ。改めて、作戦は終了。全機、帰投せよ』
そうして本日の作戦は終了し、俺たちは帰投するのであった。
同日 夜 太平洋 マルシア共和連邦海軍 潜水母艦パラキート
「結局、あの潜水艦は帰って来ず、か……」
「はい。例の対潜爆撃部隊である可能性は否定できませんね。勿論、通常の哨戒している軍事艦艇の対潜装備にやられてしまったというのがおおよそ予想されているものではありますが……」
「どちらにせよ、ヒンテイが対潜哨戒網を構築、若しくは強化したことは明確だろうな」
「“例の彼ら”の到着は……」
「明日だ」
「それは……惜しかった、ですね……」
「どの道、彼らが助からなかった可能性は高い。初戦ともなると、我々も動けていたかは分からんからな。それにロストしたのはタカサゴ島に近い場所だ。“彼ら”を無暗に送って領海上の空に進入してしまい、コトの全てがバレないとも限らない。そういった意味でも、そう簡単に彼らが救えたかどうかは怪しいな」
「……」
「まあ、このようなことが無いよう、“彼ら”と共に作戦を遂行するというだけの話だ」
「……はい」
「ロスト・ゼロでここまで迎えたかったが……それが成し得なかった今、後から来る“彼ら”にちゃんと顔向けできるよう、改めて、気を引き締めて行くぞ」
「イエッサー!」
「まずは今後の作戦及び参加する部隊の再確認を行う」
「ハッ!」
同時刻 某所
「やっと皆、到着したな。作戦は明日からか?」
「はい。しっかし、彼らはヒンテイに対して、そこまで手古摺っているんですかね?」
「所詮はセイアンの腰巾着だ。そこまで実力があるわけではないさ。本当の意味での戦争も起こったことの無い国だからな」
「それは……」
「ま、俺らがヒンテイを黙らせたら良いってだけさ。ここの俺たち以外の仲間なんて関係なく、な」
「フッ……。それもそうですね」
静かな暗い海の上で、浜綴を敵視する者たちが着々とその計画を進めているのであった。




