35話 退屈さと緊張
明海三十八年 8月28日 高砂島南東部側 太平洋 上空
“演習”が始まって1週間が経ち、夏も終わりの頃。
俺たちは未だ潜水艇を見つけられないままだ。
真っ当な演習なら譴責をいくつも浴びせられるものだが、そんなことは全くない。
この演習が正気のモノではないという証拠だ。
「洋上、二時の方向に大型船舶。民間船だな」
「バンクでも振っておくか?」
重野が珍しく茶化してくる。
それも声色を変えずに言ってくるので案外本気かも知れない。
「そうだな」
そうして機体を胴体軸に二、三度ほど揺らした。
……いや、バンクを振って友軍と示すのは基本、帝國の戦闘機同士ってことくらいは流石に分かっているだろうが、どうなんだろう。
そんなことは兎も角、この演習はもとより、洋上もなんだか変な気がする。
沿岸付近はまだ小型の舟艇が散見されたが、沖に出ると大型船は兎も角、中型船がまったく見当たらない。
そもそも軍が演習しているというのに民間船が入って来ているのは、ここまで変な演習をしているのだから、もはや気にすらならない。
そのあたりはどうせ、“複雑な状況を想定した演習”とやらを理由に流されてしまうのだろう。
潜水艦に対しては封鎖しているのになぜ民間船がいるのか、秘匿性の高い特異な新用途の新型機の演習が何故民間船の前に堂々と出てもよいのかという問いに対してもその理由で終わってしまうのだろう。
まあいい。
今の俺は、この“演習”さえ遂行すればいいだけだ。
対潜磁気探知機は低速でないと感知できない。
その為、ゆっくりと飛ばなければならず、ただでさえ代わり映えしない洋上飛行の絵面がより変化のないものとなってしまっている。
「各機、状況報告」
『二番機、問題無し』
『三番機、変化ありません』
『服部、四番機、異常なし』
「了解した。一番機も磁気探知機の変化なし。探知続けろ」
『『『了解』』』
定期的な連絡も行ってみるが、特に目立った変化などはなく。
変化があれば向こうから連絡があるか。
前を行く琴海隊の二機の翼端がぶつかる。
彼らにとっても眠いのは同じことかと思いつつ、自らの眠気を戒める。
『こちら幟、探知機に変化あり!』
その無線で眠気が吹き飛ぶ。
「瑞守全機、周囲に対し、警戒を厳となせ。探知範囲を限定し、潜水艦がいるかどうかを確かめるぞ。琴海隊は周辺空域の対空警戒願います」
先ほどまで操縦桿に手を掛けていただけでほぼほぼ眠りかけていた状態であったというのに、ここまでスラスラと命令と請願の声を出せる自らに驚いた。
「相坂、探知機に変化なし」
『芙蓉、異常なし』
『幟、再探知できず』
『服部、他機体同様、異常なし』
「了解した。領域探知を行ったため、燃料の残量を考え、これより帰投する」
『『『了解』』』
あれから十数分にわたって目標の索敵をしてみたが、新たな情報が得られたわけではなかった。
「ただの探知機異常か……」
重野が呟く。
本当にそうだと良いが……。
「……」
隣に座る葵は不気味なほど、黙って探知機の表示板を見つめている。
帰投中であり、最高速度ではないものの機体の速度を上げているため、探るのは難しいはずだし、なにより事実上の作戦……演習の終了だ。
「ま、帰ればいいだけだ……」
気にしないでおこう。
そんな気持ちで独り言ちたときだった。
「磁気探知機に変化あり」
隣席からそう聞こえた。
「え?」
思わず素っ頓狂な声が出てしまう。
「目標探知。進路真っ直ぐで近づいてます。進路を変え、どの方位に居るのか調べた方がいいと……思います」
緊張が緩和したと思った矢先に、新たな緊張の状況。
未だその言葉を受け止められず、混乱する目から見えた葵の瞳は、元の吊り目が今の彼女の冷静さが相まって、より冷たい印象をこちらへ与え、更に混乱してしまう。
『こちら芙蓉!洋上に雷跡!雷跡進路と民間輸送船の進路が重なるぞ!』
二番機からの無線が、自分を冷静にさせ、状況を飲み込ませた。
「こちら海軍航空隊瑞守。そこの大型船舶に告ぐ。そちらから見て八時の方向から魚雷が接近している!直ちに速度を上げ、回避行動を取れ!繰り返す!」
ここからすぐには敵船の撃破は難しく、放たれた魚雷をこちらからどうにかすることはできないので、警告を発した。
『こちら第七柑子丸。こちらからも確認した。回避行動を取る。こちらからはそれらしい艦船は見受けられない。それらの捜索と露払いを頼む。こちら長距離航海の予定だったが、高砂島に緊急避難しようと思う。その誘導を願いたいが、可能か?』
この冷静さ……元海軍軍人かもしれない。
「幟、服部、いいか?」
『了解しました』
『大丈夫です』
「瑞守隊より第七柑子丸へ。こちらから二機、誘導へ向かわせます」
『分かった。頼もしい』
「瑞守より琴海隊へ。一機か二機ほど近場の基地に向かわせ、この件を報告して、処置を願います」
『琴海より瑞守へ。そちらの方が無線出力は大きくないか?』
「こちらの発電機は最低限の出力しか載せておらず、足も遅いため、戦闘機に向かわせる方が早いと判断しました」
『了解した。高橋、俺と一緒に来い。鈴木は田中と共に瑞守を守れ。瑞守を守れないとあの民間船の人間も守れないと思え』
こうして、緊急事態になるべく冷静に指示を出し、慣れない配置についた。
今まで居た司令偵察機が居ないだけで、ここまで焦燥感が煽られてしまうものかと、自分の未熟さが嫌になった。




