32話 HATI
明海三十八年 8月3日
ここは通称HATIと呼ばれる軍の研究機関であり、その正式名称は浜綴航空技術研究所(Hintey Air Technology Institute)である。
親父が数年前まで試験航空機搭乗員を務めていた研究所だ。
航空機に関する様々な研究を行っているが、それ以外にも様々な研究を行っている。
無線技術や電探技術、対潜水艦用磁気探知技術に、熱源探知技術など。
最近となっては電探波反射面積に関する技術などを研究しているらしい。
技術の他、巴戦戦術から座りやすい操縦席や扱い易い操縦桿の研究などをも行っているようだ。
確かにこの国の最先端技術の粋が集まる場所でもあるが、ここに出入りしている者は変わり者が多いと噂だ。
8月に入っての最初の稼働日は、そんな場所への出勤となった。
朝 浜綴航空技術研究所 玄関
「どうも、この研究所で所長を務めている武戸目と言います。よろしくお願いします」
研究所の入り口に立ってこちらを待っていた人物は、親父や倉田のおじさんよりかはほんの少し若めの壮年男性だった。
「相坂君と倉田女史の親御さんらには色々とかなりお世話になってね。まあ今回は……、こちらもあまり事情をよく知らないというか、理解が難しいというか……。政治的な話は苦手でね。よく理解できていないが、取り敢えず、こちらの研究に手伝って貰えるとのことで、研究が一段落するまで、よろしく頼むよ」
懲戒かつ表彰であるらしいここへの出向は、新型機の試験搭乗という面倒なうえに危険を伴う仕事をするためであった。
ただし、ここで得られるのは新型機に関する参考程度の口出しや危険手当、肩書や勲章も別途で貰えるため、危険で面倒な仕事はただただ懲戒処分の側面のみではないのであった。
また、この懲戒と表彰を兼ねた仕事がここに決された理由とは、高砂事変における陸軍の試験機搭乗のことを加味されてのことらしかった。
もう少し詳細を語ると、違う部門……それも関係性が悪くなっている部門への出向が行われ、そこで想定以上の成果を出したことをあの新松試験飛行場にいたらしい研究員が報告を行って、今に至るらしい。
今回は懲戒も兼ねているので強制だったが、それが無ければ選択肢ありでここに来るのかどうかを選ばされていたとのこと。
「君たちに今回試験してもらうのは、新型の機種である対潜哨戒機、試製海邦という機体だ」
特殊な……、今までの攻撃機とは言えない大型機へ試験搭乗した次は、また違う航空機に乗ることとなった。
帰ってくる前に星霜に乗らなければ乗り方を忘れそうではあったとはいえ、あの転換訓練はなんだったのかと言いたくなる。
どうにもこうにも、この機体に乗ることだ。
浜綴航空技術研究所 庁舎
最初は武戸目所長からの説明と、乗り込んでの機関始動訓練からだ。
高砂島でおこなった、試験機訓練や星霜の転換訓練を思い出すな。
説明によるとこの機体は、対潜哨戒機の名の通り、潜水艦を発見し、即時に撃破することを目的とされた機体らしい。
この機体には先に述べた、対潜水艦用磁気探知技術開発で開発された対潜磁気探知機を搭載している。
そして未完成であるところも部分部分あり、急降下爆撃能力を付与することを目的とされたが、現状それは成し得ておらず、対水上目標に対する攻撃方法は水平爆撃のみに留まっており、また新型電探を搭載予定であったがその開発が完了しておらず、旧型の電探を搭載している。
俺たち瑞守隊に任せられたのは、通常の飛行試験に加え、兵器の運用試験だ。
それには水平爆撃の他、電探と対潜磁気探知機の運用も含まれる。
そこで当然出る疑問。
「この電探と対潜磁気探知機の運用って……、誰がするんですか?」
葵が手を挙げて質問した。
電探も磁気探知機も、俺たちの搭乗員の中で扱ったことのある者はいなかった。
「両方、機上整備士に、と」
武戸目所長は淡々と答えた。
「両方もですか……?」
葵が驚くのも無理はない。
機上整備は忙しいときは本当に忙しく、他のことが出来なくなるほどの役割だ。
機体自体がまた異なるので、新たに覚えなければならないこともあるということも勿論忘れてはならない。
それに加えて更に二つの新たな事柄を覚えなくてはならないというのは、流石にキツイのではないかと思える。
「そのあたりのことも、こちらが仕事量として適切かどうか、考えて作っている。心配せずとも、それらが出来なくても墜落することはまずないですし、出来ないなら出来ないで報告してください。無暗やたらと難しいだけの機器を作っては、運用に支障をきたしてしまいますから」
武戸目所長は微笑みながら言った。
「そう……ですか……。分かりました」
葵は疑問を残すような口調で、詳細な理解はしていないがとりあえず納得はしたというような感じで了承した。
8月5日 浜綴航空技術研究所 附属飛行場
早めのうちに、実際の機体を見ることになった。
早速乗り込み、操縦席を確認する。
「広いな」
重野がまず初めに口を開いた。
確かに広い。
機首の大部分が硝子張りであるため、そう感じられる。
「ま、乗るにしては悪くは無いか……」
俺の口から、自然とその言葉が出てきたのだった。




