31話 慰労休暇
明海三十八年 7月下旬 某日 相坂家
久々の休暇。
陸に降りるときに上官から何やら不穏なことを言われたが、兎にも角にも身体と心を休めるときだ。
家事は三分の一ほど負担することになるが、暑い場所で大量の重いメシを作る訳でも、男ムサイ大量の洗濯物を洗わなくてもいいのは本当に気が楽だ。
子供のころは家にお手伝いさんとやらがいたが、その人が辞めてからは特にその後となる人は雇わなかったようなので、今となっては、家事は家族の仕事だ。
「ふっ……ふっ……」
家事が終わると……、することがない。
そのため、その後にやることと言ったら、自主鍛錬くらいしかない。
「すみませーん」
が、そんな夏の日のこと、家に人が来た。
「……はいはい?」
「……ども」
玄関の戸を開けると、そこには見慣れた顔だった。
見慣れた……というより、今年度からよく顔を会わせるようになった人であった。
「葵姉?何かあった?」
「その……」
唐突に来て、何か用があるのかと思えば、歯切れの悪い対応だった。
「ん?」
「ええと……少し外に出て、話さない……?」
これは……、軍関係の話か……?
「あー……うん、分かった。服とかの準備するから、少しだけ待ってて」
「うん……!」
そういう訳で、暫く経ったあと、外に出ることになった。
そして、道端で話をするのも何なので、近場の喫茶店に入ることにした。
喫茶店
「……で、話ってなんだっけ?」
単刀直入に訊いてみる。
「あー……、えっと……その……あ、頭、大丈夫?」
「え」
何故か正気を疑われてしまった。
「あっその……痛みとかは、まだある?」
そっちか。
「ああそれは、大丈夫。軍に戻っても問題なく行動できると思う」
「そ、そっか……うん……それは良かった……」
頭の痛みの話だったのでそういうことかと思ったが、どうにも要領の得た反応ではなかった。
「お待たせいたしました。先にお飲み物をお持ちいたしました。こちら、ご注文の珈琲でございます。そしてこちらが紅茶でございます。軽食の方はもう少し、お待ちください」
ぎこちない会話の中、店員が先に飲み物を持ってきてくれて良かった。
正直言って、この何か居た堪れないような空気の中、黙っているのはキツイ。
ただ話の流れから黙っている空気というのは別に大丈夫なのだが、こういう互いに何かを探り合うような空気は苦手だ。
「ズズッ……」
「コクッ……」
静かに少しだけ飲んで、喉を潤わせた。
「……」
「……」
そして黙った。
先ほど話があるのかと振ってみたが、俺の頭の痛みへ言及した以外、その他に話が広がることはなかった。
一度話を振って一段落……?と言っていいのか……、兎も角、改めて再び話をすることを促すのは躊躇われた。
葵姉はもともと、話を促されるというか、話を急かされる……いや、話云々というよりは、物事を急かされるのが苦手だった。
子供の頃の話ではあるので、今となってはそうでもないが、三つ子の魂百までという諺もあるように、今も性格の根幹となる部分に無意識的に宿っているとも考えられるので、意識できるときはなるべく葵姉に話や行動を急かさないようにしている。
しかしその配慮が再び何かを喋るのに躊躇わせる状況と言うのを作ってしまった。
「お待たせいたしました。軽食をお持ちしました」
そこでこの空気を緩めたのは喫茶店の店員だった。
「それでは、失礼いたします」
軽食を食べることで、無言でも可笑しくはない状況にはなった。
そして食べている最中に考える。
もう話を訊き直しても大丈夫だろうか。
「慎君って……」
「ん?」
話を振ろうとしていた矢先、葵姉から話を振ってきた。
「今、その……婚約者とか、結婚を考えている人とか、いるの?」
「何を急に?いないけど」
「そっか……」
「暫くは前線で働いて、机仕事を常駐で出来るまで昇進するか、転職してある程度安定するまではしないつもりかな」
「そう、なんだ……」
航空機に乗る仕事でも、教導隊員くらいにでもなればそのあたりのことを考えるとは思う。
葵姉はそう言った感じの人は居るんだろうか?
昔から機械弄りをしている姿しか見ていなかったので、そういうことは想像し難い。
倉田のおじさんが縁談とかを持ってくるのか?
う~ん……、よく分からないな。
まあ、見た目に関して言えば整えれば元が綺麗だから問題はないだろうし、少なくとも家事は一通り問題なく出来ると聞いている。
料理に関して言えば、おばさんの店で食べられるから、それは十分出来ることは分かっているし、葵姉自体は問題無いか。
「そう言えば、何で葵姉は俺を呼んだんだっけ?頭のこととかを気にしてだっけ?」
「えーっと……うん、そう、そんなところ……」
そんな話をしたところで、帰ることになった。
その後も何度か、慰労休暇中に葵姉が訪ねてくることがあった。
俺の頭の痛みのことがそこまで気になったのか、それとも何か、隊の連携の感じを忘れないためにあったのか、他に何かの意図があったのかは分からなかった。
そんな面白みのない休暇は終わりを迎え、軍の表彰と懲戒を兼ねた場所へと向かうのであった。




