30話 帰路
明海三十八年 7月6日 高砂海峡北部海域 上空
連絡機の発動機の音が機体に響く中、呆けながら窓から海を見つめた。
「イツツ……」
時折痛む頭を包帯の上から撫でる。
「大丈夫?」
「ああ」
「本当に……?」
「気にしなくても良いって」
葵は俺の頭の痛みに反応するたびに、気に掛けてくる。
医務室で起きて暫くしていると、その話を聞いて葵は駆けつけ、ほんの少し説教をしたのち、縋る様な体勢で体を気に掛けてきたのであった。
「うん……分かった……」
「……」
そしてあまりにその時の距離が近すぎたのもあってか、葵が俺の痛みに気を掛けているとき以外は何とも言えない微妙な距離感になってしまったのである。
「ふぁ~……」
「スー……」
後席の所沢は興味無さそうに窓から外の景色を見て欠伸をし、重野は寝息を立てて寝ているようだった。
「今から着艦する。頭が痛いってんなら、少しは歯を食いしばっておけよ」
「了解した」
連絡機の操縦士がそう話しかけてきたので、短く返した。
同日 高砂海峡北部海域 高須賀海軍基地所属 航空母艦応龍 飛行甲板
海軍の空母、応龍に帰ってきた。
完全に終戦の調印式は終わったので、航行艦隊臨時即応編隊の副旗艦としての名目は取り払われ、その所属も高須賀海軍基地所属に戻ったらしかった。
連絡機を降りると、いつもの上官がいつもと変わらぬ無表情で出迎えてくれた。
「航空母艦応龍附属、第一〇三航空群、第三一五攻撃大隊、瑞守隊一同、只今、帰ってまいりました。二日前の新松試験飛行場での不祥事につきましては、私がこの隊の隊長でありながら、私個人の不徳の致すところで……」
「あー……、そういうのは別に良い。取り敢えず、無事に帰って来てくれて良かった。あ、第一会議室での挨拶は、今のヤツを一応やっておいてくれ」
「承知しました」
これを貸しにと、変なコトを頼まれなければいいんだが。
「私個人、相坂君の行動は認めているよ。陸軍と海軍の不仲を進めてしまったことはいかんともし難いが、そもそも吹っかけてきたのは陸軍の方からだと言っていたしな。ま、帰るだけとは言え、艦隊行動を乱してくれたのは会議室の方で謝ってもらわんとな」
「……申し訳ございません」
「私には言わなくて良いと言っている。その言葉は会議室で使ってくれ」
「……はい」
「そんなシケた顔をするな。会議室に入れば分かる。艦内、いや、海軍全体での貴官の評価がな」
「はぁ……」
この様子だと糾弾こそされないが、上官があまりに無表情を貫き通したままなので、その言葉に不安は残る。
「隊長、とっとと入っちまおうぜ。どうせどうなろうが暫くこの艦にいることになるんだ」
所沢に背中に押されて艦内に入った。
コイツのこういう無神経なところにたまに助けられるな。
五月蠅くてウザったいときの方が殆どだけど。
航空母艦応龍 第一会議室
「「「うおおおおおおおおお~~~~~~~~~!!!!!!!!!」」」
「ヒューッ!」
「よくやった!」
「お前ら、落ち着け。流石に五月蠅いぞ」
会議室に入ると、歓声が響き渡り、後ろからそれを諫める上官の声だった。
「海軍が陸軍に舐められないよう、立場ってもんを分からせたんだ。褒めんに決まってんだろうが!」
「寧ろアレをなあなあにしてたら、俺たちが瑞守の連中に精神を注入していたところだ!」
「ははは……」
あまりに過激な意見に苦笑いしか出ない。
特に後者は恐ろしすぎる。
シゴキの噂が本当かどうか、こんなところで分かるなんて嫌なことこの上ない。
あの争いが無ければ、以前の合同演習の時の舌打ちなんか目じゃないくらいの末路に向かっていたのかもしれないな。
そういう意味ではあの陸軍兵士があの言葉だけで引かず、殴り合いになったことは結果的には感謝しよう。
それ以外の全ては反吐が出るものだったが。
兎にも角にも、無事に帰ることが出来たと喜ぼう。
「航空母艦応龍附属、第一〇三航空群、第三一五攻撃大隊、瑞守隊一同、只今、帰ってまいりました。二日前の新松試験飛行場での不祥事につきまして、私の一存で艦隊行動を乱す行いを……」
一通り謝罪し、後ろの方で不満そうにしていた連中が溜め息を吐きながら下を見たり天井を望んだりしていたので、このことに不満を持つ人たちにも腹に抱えたモノも少しは解消されたことを願おう。
「一応瑞守の奴らの話は全て終わったな……。静かに!注目!」
上官の注目の声で、場は落ち着きを見せた。
「まず瑞守諸君、荷物を片すのと、個人的な話は後だ。いつもの位置につけ」
何を言うのかと思えば、登壇していた俺たちの場所を改める声だった。
「よし……。それでは、今後の艦隊行動についてだが――――――」
こうして、本格的に艦隊は帰路へと着いたのであった。
7月下旬 某日 高須賀海軍基地
久しぶりに、本土の土を踏んだ気がする。
5月末から1ヶ月ほど、高砂島の土を踏んでいて、空母の中で待機していた連中よりも陸の土を踏みしめていたが、やはり本土の土と外地の土は感触か何か、違う気がする。
その他にも、空気や風、遠くから聞こえる喧騒など。
その懐かしさの中にある家に帰ろうとしたとき、上官に引き留められた。
「瑞守の諸君らは少し待ってくれ」
「……何か?」
「慰労休暇後だが、その日はこちらの基地ではなく、他の場所へ行って欲しい」
「……はぁ、分かりました。ただ、何故そこに?」
「高砂島での不祥事の件でな。……一応、懲戒という体だ」
「そう……ですか」
これは……何か面倒ごとに巻き込まれそうな気がするな。




