29話 収束したその陰で
明海三十八年 7月4日 大浜綴帝國 首都万京
「総理、終わりましたね」
「対、民国に於いては、な」
「総理……?」
「複数の国家が虎視眈々と太平洋進出を伺っている、ということだよ」
「と、いいますと……パーラメント連邦、ですか?」
「その国は不凍港獲得という目的もあるが、それ以外の不穏な動きがある」
「不穏な動き……ですか?」
「詳細はまだ何とも言えないが、内部で色々と起こっているようだ。今、それについては調査中でね。それに、他の国のこともある」
「他に太平洋進出を企てる国というと……東南イシアに植民地を置く国々と言ったところですか?」
「伊銀田、浮蘭詩、大成帝国、それに……掩盤羽だな」
「もしかして、掩盤羽が……?」
「それぞれのところから、様々な話が聞こえてくるからな。それ以外にも、大成帝国の団州もな」
「団州って、団大陸の……?東南イシアを主な係争地と考えると、少し遠いような気も致しますが……」
「太平洋全てを見通すと、な。この状況はどうやら大成帝国本土とは一切関係なく行われていて、なんなら本土の方と少しずつ意見がずれていって、対立構造になっているとの話だ」
「雄州情勢、複雑怪奇……ですね」
「まったくだよ。……まったく、どうやって動こうか」
“総理”は溜め息を吐き、席に着いて仕事を始めるのであった。
同日 新松試験飛行場 格納庫
最後の演習が終わり、荷物の支度も一通り終えた。
他の隊員ももう殆ど一通り荷物の支度は終わっている。
今、格納庫に来たのは、別に空母に戻るための機体に荷物の載せるために来たわけじゃない。
格納庫の工具やら何やら、持って帰るのに間違えているものが無いかを確認している葵に、出発時間などについて伝えるために声を掛けに来たのだ。
「お~い、倉田一等兵曹~」
確か試作機の方で確認するとか言っていたような気がするが……。
どこにいるんだろうか?
暫しの間、格納庫を見て回り、葵の姿を探した。
「いいじゃねぇか、なぁ?」
「あの……その……困ります……」
整備員用の手洗い場に近づくと、葵と男の声が聞こえた。
「どうせお前の隊のヤツ等とヤることヤッってるんだろう?」
「いやっ……!してませんってば……!!!」
葵と共に居たのは、陸軍の男だったらしい。
「やめてくださいっ!」
「なんだぁ、その目はぁ……。女の癖によォッ!!!」
葵の持つ吊り目の目つきに不快感を得たのか、陸軍の男は怒り始めた。
「ここなら他の連中にも見えないから、ここで―――」
「おい」
声を伝えられるくらいの距離まで近づけたので、ここで声を掛けた。
「あ?」
「俺の隊員に用があるなら、俺に話を通して貰えないかな?」
「誰かと思えば、女に軍を任せるような軟弱者の海軍軍人サマじゃないですかぁ……?」
ここで引いてくれれば、見過ごそうと思ってはいたんだが……、はぁ。
「海軍が軟弱者、ねぇ……。自軍の試作機を飛ばせる軍人がいなくて、その担当者に軟弱者の海軍軍人を利用するしかなかった陸軍軍人サマは言うことが違いますなぁ、ハハハハ……。……はぁ」
「何だと……?」
「ん?何か、間違っていたかな……?」
「……」
「……」
葵も含め、誰も口を開けることなく、静寂を誘った。
この男は鋭い視線で俺のことを見ているし、俺もきっと、この男に対して睨みつけているのだろう。
「ッラァ……!!!」
「このっ……!!!」
何を切っ掛けにでもなく、互いにステゴロを始めた。
男は初撃から肘で鼻折りを目指して腕を振りかぶり、俺はそれを手と腕で往なし、次手の手刀で鳩尾を狙ったが、それは陸軍の男の膝で往なされた。
葵はその様子を不安そうに見つめている。
男が片足立ちになったので、押して安定性を失わせて倒し、馬乗りになった。
男が初手でやろうとしたように、鼻を肘で強打した。
「ぐぁ……」
男は呻き、鼻から血が出ていた。
連撃して殴ろうとしたとき、そこで意識は途絶えた。
7月5日 新松試験飛行場 庁舎
目が覚めると、医務室の寝台だった。
「……イテッ」
起き上がると、頭に痛みが走った。
「相坂、起きたか」
そして目の前には重野の顔があった。
「あー……何がどうして俺はここにいるんだ?」
「やはり覚えてないか?」
「あお……倉田一等兵曹に粉を掛けて来た陸軍兵と、殴り合いしたところまでは憶えてる」
「途中で俺たちや向こうの陸軍兵らが駆け込んで来たことは?」
「……いや」
「そうか……。なら説明するが、お前ら二人が争っていたあと、陸軍兵が加勢して、お前の頭を殴って倒して、そしてお前を呼びに行った芙蓉と幟が加勢して、その後はその場にいた陸軍兵たちと俺たち瑞守の争いになって、上官らが止めに入って治まって、気を失っていたお前と、倉田兵曹に絡んでいたらしい陸軍の男が医務室に運ばれて一連のことが終わった、という感じだったな」
「そんなことが……」
恐らく、殴り倒された下りで気を失ってしまったんだろうな。
「本来は昨日の内に空母に戻る予定だったが、こんなことがあったんだ。お前が起きて次の日、つまりは明日にまで引き延ばされることになった」
「すまねぇな」
「まったくだ。まあ、コトがコトだったし、相手も陸軍だったから、瑞守以外の海軍兵もあまり気にしていないようだったが。訓練用の機体を持ってきた連中とか、帰るための連絡機の搭乗員とかは気にしてない感じはしたな」
「そうか……。取り敢えず、とっとと治して帰るとするか」
予定を2日押すこととなってしまったが、不祥事があったにしては短い期間で帰ることはできるのであった。




