28話 終結
明海三十八年 6月20日 文華民国 駐在文華民国藩泥流大使館
「ふぅ……。まったく、面倒なことに巻き込まれてしまったものだ」
「かの民国とあの帝國はもとより、パーラメント連邦もまた、虎視眈々とこの状況を伺っているようですね」
「隙あらば不凍港を狙っているからな、あの国は。以前、帝国だったときからそうだったというのは、様々な歴史書からも伺える。浜煤戦争で東イシアの不凍港に対しては興味をある程度失っていたと考えられていたが、連邦になってからそれがリセットされたかのように不凍港への興味が舞い戻っている」
「ユーシアでは東雄の三つの小国に、北雄の赤派と白派が今もなお燻り衝突し続けている例の国を狙っているようですが、こんな離れた地にも興味があるんですね」
「鉄道の整備計画と、現場を知らない上層部がそうさせてるのさ」
「……と、いいますと?」
「鉄道が無かった時代なら、あの国の西と東を繋ぐ道路を整備したとして、西にある首都が東の不凍港の恩恵なんざ、受けられる訳なんてないことが明白だが、鉄道の登場でほんの少しならその恩恵を受けられるかもしれないときた。飛行機もそうだ。だが現実は整備したよりも元が取れない程度の恩恵でしかない。だが現場を知らない上層部は楽観視する。だからこの機会も逃すまいと目を血走らせているんだろうな」
「そう……ですか」
「ま、今はそんなことよりこの戦争をどう収めるか、だがな」
一方に傾くと他方から強烈なぶり返しが来るこの地で、遠方の国から来る大使らは、名を挙げるべき責任者を持たず、東イシア諸国の間でただ揺れ動くのみだった。
コンコンコン、ガチャ
扉を開けた職員は言う。
「言いにくいことなんですが……」
「面倒ごとか」
「その……はい……」
「分かっていたよ」
そしてその男は席から立ち上がり、面倒な客人に向け、歩き出すのであった。
6月30日 新松試験飛行場 庁舎
「終わった……な」
「やれやれ、やっと帰れる」
俺の言葉に重野が同意した。
重野の手には新聞が握られ、ここに居る皆がそれを見ていた。
「その前に、ここで星霜の乗換え……転換訓練をしないといけないから、実際に帰れるのはあと3、4日くらいは掛かっちまうけどな」
「そうだったか……。早く帰れると思ったんだけどな」
「その機体が来ないことには転換訓練も出来ないんだがな……」
そう言ってみたところ、屋外から大きな音が聞こえてきた。
「噂をすれば影……ではないけど、来たな」
重野の言葉で窓の外を見てみると、転換訓練用に派遣された星霜が数機、着陸を試みていた。
調印式自体は少し前にあったらしいが、正式に終戦したのは今日であったらしい。
この浜文戦争……またの名を高砂事変は、どちらかが完全降伏したという訳ではなく、講和条約を結んだ訳だが、実質的な勝利は浜綴という見方だ。
やや泥沼気味になってしまったとはいえ、こちらの陸軍が民国の地方都市の前まで進軍し、その防衛隊を壊滅させたので、その見方は当然と言えるだろう。
民国の損害は以上の通りで、帝國の損害は空戦での軍用機の被撃墜機と民国軍による高砂急襲による陸軍基地と民間地誤爆の損害のみだ。
高砂島のみを考えるとそこそこの被害が出ているようにも見えるが、この講和で得られた利益分を考えると、その損害は得られる金額で十二分に補填できるような量だった。
講和条約締結に至って、駐文藩泥流大使が仲を取り持ったらしいが、領土や賠償艦などの方は新たに得たものは無かったものの、二度と高砂島を攻め入らないように締結し、再び攻め入られることがあり、そしてまた浜綴側の実質的な勝利をした場合には、かなり重大な金額の賠償と技術の獲得をするような条文が盛り込まれた。
またその分、今までの浜唐戦争を考えてみると、全体的かつ相対的にやや少ない金額となっているようだ。
結果的に得られたのは、土地や賠償艦が無く、少し多い程度の賠償金ということらしい。
まあ、この戦争がどういった形で終わるにしても、民衆の生活が元の雰囲気を取り戻すのには、もう少し掛かりそうだ。
7月4日 新松試験飛行場 上空
そんなこんなで、今日が機種転換の訓練最終日となった。
1ヶ月ほどの追加の任務と、新たな機体から解放され、元の機体に完全に戻ることとなる。
「このまま空母の方に戻ってしまいたいがなぁ……」
「荷物がまだ庁舎に残っているし、流石に今から直接着艦を行うのは難しいだろ。戻って、艦隊が帰投するときにその訓練するだろ」
俺の愚痴に、重野が冷静に返した。
「それもそうだが……な」
「それに、服部は操縦するのが久しぶりだろう?着艦どころか操縦するのすら久しぶりのヤツに着艦なんかやらせて人死にが出たらどう責任取るつもりだ?」
「はぁ……耳の痛いことを言うなよ。ただの愚痴だったってのに」
「俺が止めなければお前は上申しようとするだろ?」
「そういうもんか?」
「そういうもんだと俺は思ってる」
「酷ぇなぁ。そんなに信用無いか、俺?」
「副操縦士は機長の行動を疑うのも仕事だと思ってるからな」
そんな軽口を叩きながら、最後の演習を行うのであった。




