26話 実戦へ
明海三十八年 6月10日 大浜綴帝國陸軍高砂軍司令部 新松試験飛行場 上空
『管制から瑞守隊へ。新松市上空から西に距離135000海里進め。そうしたら、陸軍の戦闘機が先導する。その後、陸軍の指令偵察機から指示を受けろ。幟機、高度制限を解除する。以上』
基地管制からの簡素な指示を受け、飛び立った。
戦争の戦況自体はこの基地にも入って来ていたが、そもそも人の数がいない分、新聞の種類は少なく、ラジオの局数の方も高砂島ではまだ興隆の中途であるためか、その数も少なく、やっている時間も短い。
親父曰く、戦争中の情報は正しく民間人には伝えられていないため、その手の情報はあまり当てにはならないらしい。
俺はずっと空母の配属であること、そしてこの戦争が起こる少し前からずっと、空母の外から得られる情報というのは個人的な手紙と艦内新聞に限られていた。
戦場にいたときはその場の戦況を得られたが、空母の中にいると、民間の雰囲気はおろか、戦場の空気というのも感じられない。
あの基地でも同じようなものだった。
戦況が良くなっているのか、悪くなっているのか、それとも変わっていないのか。
結局のところ、自分の目で確かめるしかない。
「……どうなることやら」
ただそれだけ呟いて、稈を握りしめた。
文華民国本土 上空
『こちら陸軍空中司令部、鷹見隊。こちらの電探で瑞守隊の機体を確認した。応答せよ』
「こちら瑞守隊。鷹見隊の機体を確認した」
目に映るのは少し前を飛ぶ、見慣れない大型の機体、司令偵察機戦雲。
俺たちが今、飛ばしている機体、試製六五式陸上攻撃機と同等か少し大きいくらいの大きさだろう。
司令偵察機と並べ立てて比べることができるほど、この機体が大きいということなのだろうな。
『先に説明されていると思うが、こちらから指示する目標に対して攻撃を行え』
『『「了解」』』
こうして、実戦地試験が始まった。
『瑞守隊一番機、奥の敵戦車部隊を迫撃砲で攻撃せよ』
「了解。……ザワ、早速大物を使うんだってよ」
「その『ザワ』ってーの、俺のこと?」
「他に誰がいんだよ」
「なんで急にあだ名?」
「もう一々『所沢』って呼ぶの長くて面倒なんだよ」
「そうか……」
「もう実戦だ。気を引き締めて行け」
「そんなときに急に呼び方帰るなよ……」
「準備はいいか?もう行くぞ」
「ああ、次弾の装填は既に完了してる」
「この機の目標は奥からだ。撃つ前に合図を出せ。その後は任意に撃て」
「ああ、分かっている。……撃つぞ」
そうしてこの数秒後、射撃音が機体を震わせた。
文華民国本土 地上 文華民国陸軍
爆音がした。
それも、俺たちの部隊の右隣から。
砲を発射した音ではなく、着弾した音だった。
あの憎き浜綴軍が、こちらの部隊を撃ち抜いたのだろう。
「隣の部隊は生きてそうか?」
「ダメそうだ。でもどこから?」
「分からん。それらしい飛行機は見えない。もしかして敵の戦車に回り込まれたか?」
「ありえるのか?こっちはこれだけの戦車を展開しているんだぞ?いくら制空権が一時的に向こうに渡っているとはいえ、そんな無茶なことが……」
「おい!あれを見ろ!」
部隊の誰かが空を指差した。
そこに爆撃機でもいるのかと思ったが、そのようではなかった。
その指の先にあったのは、大型の飛行機だった。
浜綴軍には戦略爆撃機という超大型の爆撃機があるらしいが、これまでの戦いでは投入されていなかった。
この戦いから投入されたとも考えられるが、それでは隣の部隊から爆音が聞こえた理由は分からない。
そしてあの大型の飛行機。
こういった場で飛んでいる、浜綴の特殊な偵察機というのもあったが、あれは機体の胴体の上に受信機であろうものが回転しているのに対し、今見えているのは機体の下から棒状のモノが見えるだけだ。
瞬間、その棒の先が光ったような……。
――――――――――――ッ!!!!!!!!!!!!!!
アレ……俺……飛ん……息が……――――――
近辺区域 上空
「瑞守隊一番機、敵迫撃砲部隊と見られる地上部隊、撃破」
見て得られる情報を、通信機に伝える。
『こちら鷹見隊、確認した。初撃が二発当たっているな。この調子で、時間が来るまで迫撃砲による射撃を続けろ。もし砲弾がなくなれば、20粍機銃を、それが無くなれば7.7粍を使え』
「了解」
そう短く応えた。
数十分後
『これで今日の実戦試験は終了とする。帰投せよ』
結局のところ、この実戦試験が終わるまでに迫撃砲の弾を使い終わることはなかった。
陸軍の司令偵察機が言うままに、帰投した。
夕方 新松試験飛行場 庁舎 食堂
この機体での初めての実戦。
今の今まで考えないようにしていたが、何故陸軍はこんなにも焦って無茶な試験をしているのだろうか。
試験飛行自体は兎も角、なぜ焦ったような実戦投入までしているのだろうか……。
これはアレか。
ここに来る前に上官に言われた、“政治的判断”というやつか?
はぁ……、考えただけでも美味しくないメシが更に美味しくなくなっちまう。
これ以上、変なことに巻き込まれないとイイナァ……。
「「はぁ……」」
溜め息を吐いたと思えば、向かいの席の葵も溜め息を吐いていた。
「どうかした?」
「ああいや……なんでもない……」
尋ねても、要領を得ない返事だった。
葵は昔からこういう話し方をすることが多かったけど、最近は減ったと思っていただけに、少し驚いた。
「そういう慎君は……?」
「そうだなぁ……。この作戦、上に良い様に使われてる気がしてなぁ……。それで溜め息を吐いたって訳」
「そうなんだ……」
相槌を言う葵の顔の表情は、最近見た中でも少し影が増えたような感じがした。
「葵姉」
「ん?何?」
「困ったことがあったら、すぐ言ってくれよ。何かあったら、倉田のおじさんにも顔向けできなくなるし」
「そう……だね……。うん、困ったことがあったら、そうするね」
前髪から覗く目が、いつもより優し気な瞳をしていた。




