14話 駆け引き
明海三十八年 5月8日 高砂島北部海域 空母応龍 第一会議室
「コト」が動いた。
国連の特別会議で、両方の軍の撤退が決議され、そして指示された。
「文華民国がこの指示に素直に従うか疑問だが、これに従わないと国際社会からどう見られるか分かったものではない。少なくとも、国連加盟国からは良い目では見られないだろう。そのため、我らが航行艦隊は高須賀海軍基地へ帰港する前に、一度高砂島東部海域にて航行演習を行った後に帰投することが決定された。この間に文華民国の攻撃が確認された場合、再び高砂島の支援に向かい、彼らを迎撃する。状況によっては過酷な任務になるが、諸君らには頑張ってほしい」
まったく、どうなることやら。
航行演習という名目になっているとは言え、ただの準戦闘態勢を維持したまま遠回りをして帰投するということだ。
文華民国の方も警戒態勢を残したままの撤退となるだろう。
それに、文華民国にとっての国土復帰を目論んで行われた戦争だ。
彼らがはいそうですかと、尻尾を巻いて逃げ帰るだけだとも思えない。
遅かれ早かれ再び彼らとは戦うことになってしまうのだろうな。
こっちからして見れば、高砂島を得た戦争もそもそも彼らから始めた戦争で、こちらが血を流し、人命をくれてやる必要性など欠片もない。
それでも彼らが納得せず、その余力がある限り次の戦いは起こってしまうのだろうな。
文華民国人ら……特に、政治家にとって正当性などこれっぽっちも重要なものではない。
彼らにとって彼らが一度手に入れたモノは、手に入れた事実を忘れない限り、もうそれはどんな理由があれ彼らの所有物であり、そしてそれが彼ら以外の手にある場合はどんな経緯があれ”奪い返すもの”、というのが彼らの価値観だ。
ただ航行演習中、警戒態勢を維持しながら自主鍛錬というのはその手の訓練、演習と変わらないというのに、その緊張感は違ったものだった。
翌日 演習海域 空母応龍
鍛錬に書類の処理、隊員との戦略、戦術の相談、葵と機体の調整についての話し合い。
様々なことをしていると、いつの間にか昼時になった。
そしてそれは昼食を摂っているときだった。
『各員に告ぐ。直ちに戦闘準備態勢に移行せよ。戦闘機から先に発進させ、対応空域に急行させるため、戦闘機搭乗員は発艦後、司令偵察機から説明と指示を受けろ。それ以外の搭乗員は第一会議室へ招集する。また、各航空機担当整備士はいつでも発艦できるよう準備をしておけ』
昨日の今日で……、か。
とはいえ、彼らがこちらの撤退を恐らく待っていたとはいえ、一日も我慢したことは個人的には意外だったな。
こちらが撤退して二、三時間したらまたトンボ返りすることになるだろうと思っていた。
あれでもこちらが一度戦場を離れることを考えていたのだろう。
そうだとしても早すぎるとは思うが。
兎に角、会議室で話を聞くとするか。
空母応龍 第一会議室
「当該地を哨戒していた偵察機から、文華民国の艦隊が展開しているとの報告を受けた。艦隊規模は我々が軍事衝突していた時の規模とほぼ同等の艦隊が展開しているとのことだ。戦闘機で領域の牽制と優勢確保に努め、向こうが本気であることが確認された場合、再び交戦することになるだろう。だが……一応表面上はコトが解決したことになってまだ一日目。国際社会からは良い顔もされない。政治家がこのことに対してどう対応し、処理するかにもよって、君たちの任務も変わってくることになるだろう。開戦前の微妙な状態が続くかもしれないが、君たちには気を付けてこの対応に臨んで欲しい」
「「「了解!」」」
悲しいかな、俺たちみたいなただの末端の兵士には、了解以外の言葉を発することはできなかった。
高砂島北部海域 上空
「……異様だな」
「ああ」
思わず出た言葉に、重野が返した。
敵艦隊に敵戦闘機はいる。
だが、それらが曳光弾を放つことなどなく、艦隊の対空砲は狙いを定め、戦闘機はさも巴戦が如く入り乱れるも、敵味方共に墜落していく機は今のところ見えない。
異様な緊張感だけが漂い、ただこの海と空が、狭く感じた。
これだけの軍艦と軍用機、それも先日まで戦争をしていたものが入り乱れ、しかし戦闘を行っていないのかなり異様な光景と言えた。
『爆撃機部隊も到着したな。こちら咲銛、到着した部隊にこれから説明を行う。先に言っておくが、交戦は現在、許可できない』
そんな言葉から始まり、司令偵察機からの説明が行われた。
『現在、我が国と文華民国は戦争状態ではない。しかし、我々が攻撃するか、ここから退くかをすると、彼らは打って出てくるのだろう。少なくとも彼らがここから退くまで、我々もここで彼らを牽制し続けないといけない。我々が疲弊するか、彼らが撤退するか、彼らが痺れを切らして手を出してくるまでの我慢比べをしているという状態だ。つまり今現在我々が出来ることと言えば、牽制くらいしか――――――』
司令偵察機からの話が締めに向けて進み出したところで、別の部隊からの無線が入った。
『こちら戦闘機中隊琴海!攻撃を受けている!指示を請う!』




