■ 第5節:【0ヶ月〜2ヶ月/12月〜2月(冬)】 「赤ちゃんはつらいよ」と母乳バイオ&魔物スープの離乳準備
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題名は
『−300日から始まる転生のんびりスローライフ』
『W転生〜パパがスライムだった件〜』の二本です
お昼前に投稿する予定です
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■ 第5節:【0ヶ月〜2ヶ月/12月〜2月(冬)】
「赤ちゃんはつらいよ」と母乳バイオ&魔物スープの離乳準備
【生後0ヶ月(12月25日・誕生直後)】
「……オギャー! オギャー! オギャー!」
降り積もる白雪を溶かすような、透き通った力強い産声が部屋いっぱいに響き渡っていた。
「生まれた……! 生まれたぞエリス! 元気な、本当に元気な男の子だ!!」
ガノスの感極まった叫び声が頭上で聞こえる。 生まれて初めて開いた視界は、まだまぶたが重く、全体が膜をはったようにぼやけていた。それでも自分を抱きかかえる父親のゴツゴツとした大きな手と、汗に濡れながらも慈愛に満ちた表情で自分を見つめる母親エリスの顔が、はっきりと捉えられた。
「ああ……ガノス様……! なんて愛らしい子……。ようこそ、私たちの赤ちゃん……」
エリスは震える手でサリマを抱き寄せると、愛おしそうにその小さな頬へ唇を寄せた。 そして、かまどの横に用意されていた小さな器から、木匙で掬った「黄金色の結晶」——あの胎内からガノスを誘導して作らせた、とろけるように甘い『麦芽シロップ』を、そっとサリマの小さな唇へと垂らした。
ちゅ……ちゅぽ。
(……っ〜〜〜〜〜〜〜!! 甘い!! 喉を通るこの直接の甘み……! 血液経由(胎盤)のグルコースも最高だったけど、やっぱり『舌』でダイレクトに味わう糖分は別格の快楽よーーーーっ!!)
サリマは赤ん坊の身でありながら、心の中で歓喜の叫びをあげた。 前世は二十九歳の社畜バイオ研究者・明日香茅理紗。暗闇の受精卵からスタートし、言葉が通じないもどかしさに悶絶し、代官の徴税人の脅威に怯えながらも、地下穴での『熟成発酵酒』隠蔽作戦で村を救い抜いた、三〇〇日間の泥臭い苦労が走馬灯のように駆け巡る。
(ついに……ついに無事に生まれたわ!! 身体がある! 手足が動く! 目が見える! 声が出る! これで……これでようやく、私の新しい人生が始まるんだわ!!)
サリマは満足感いっぱいにちゅうちゅうとシロップを味わうと、ニカッと満面の笑みを浮かべた。
「見たかエリス!? 今、この子……シロップを味わって笑ったぞ! 天才だ! うちの子は生まれながらの天才だ!!」
「ふふ、ガノス様ったら気が早いですわ。でも……本当に、この子が来てくれてから、私たちの村はまるで奇跡のように救われましたものね」
小屋の外からは、サリマの誕生を祝う村人たちの歓声が聞こえてくる。
「村長のお家に赤ん坊が生まれたぞーーっ!」 「男の子だ! サリマ様がお生まれになったぞーっ!」 「地下のあの『熟成酒』をお湯で割って、サリマ様の誕生をお祝いするぞぁぁぁっ!」
村人たちの明るい叫び声と、かまどから漂う香ばしい発酵ビスケットの匂いが風に乗って届いてくる。 かつて飢饉と絶望で干からびていた「13州最果てのアルカ村」は、いまや代官の横暴な年貢に抗いながらも、したたかに知恵を寄せ合って生き抜く、力強いコミュニティへと生まれ変わっていた。
◇
【生後1ヶ月(1月中旬)】
しかし。生まれ落ちて数週間もしないうちに、サリマは過酷な現実を突きつけられていた。
(……動かない。全ッ然、身体が言うことをきかない……っ!!)
前世の記憶と二十九歳の大人の思考を保持したまま赤ん坊になったサリマだったが、現実の肉体は恐ろしいほどに無力だった。 首はぐにゃぐにゃで据わっておらず、視界は焦点が合わずにボヤけ、手足は自分の意思とは無関係にビクビクと痙攣するように動くだけ。
「あー……うー……」
(喋れない! 『お父さん』とも『お腹空いた』とも言えない! 出てくる言葉が全部『あーうー』にしかならないの、本気で泣けてくるわね!?)
さらに恐ろしいのは、「生理現象」の暴力だった。 お腹が空いたり、おむつ(布)が濡れて気持ち悪くなると、大人の理性とは裏腹に、赤ん坊の脳の視床下部が勝手に感情をジャックし、全力の悲鳴をあげさせるのだ。
「ふぎゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
(いやぁぁぁっ! 泣きたくない! 二十九歳の大人がおむつ濡れたくらいで大号泣したくないのに! 身体が勝手に泣き叫ぶのよぉぉぉぉっ!!)
「よしよし、サリマ、どうしたの? おむつが濡れちゃったかしらねぇ」
エリスが優しくサリマを抱き上げ、手際よく新しい布に取り替えてくれる。
「ほら、サリマ。きれいになったわよ。あたたかいでしょう?」
「あう……ふぅ……」
(お母さん神様……。本当にごめんなさい、そしてありがとう……。赤ん坊ってこんなに何もできない存在だったのね。世のお母さんたち、本当にお疲れ様です……)
おむつが替わって落ち着いたサリマは、エリスの胸の中で深く反省した。 大人の思考があろうと、今の自分は生後一ヶ月の弱小な乳幼児に過ぎない。自力で歩くことも、働くことも、代官と戦うことも不可能なのだ。
(焦っちゃダメよ、茅理紗。今の私にできる最大の仕事は……健やかに育つこと、そしてお母さんの健康をミクロの技術でサポートすることよ!)
そう、サリマには大きな懸念があった。 無事に冬を越せているとはいえ、1月の本格的な極寒と過酷な出産のダメージ、そして毎日の授乳で、母エリスの体力が再び削られ始めていたのだ。
「ふぅ……なんだか最近、また少し肌がカサついてきたかしら……。母乳の出も、お姉さんたちに比べると少ない気がするし……」
エリスがサリマに授乳しながら、困ったように溜め息をつく。
(お母さん……! 大丈夫よ、私がついているわ!)
サリマは小さな口で母乳を含みながら、スキル【キン】の集中を高めた。
(ターゲット設定:お母さんの腸内環境および乳腺組織! 胎内時代と同じように、腸内のビフィズス菌と乳酸菌の比率を最適なゴールデンバランスに誘導! 食事からビタミンB群と鉄分、カルシウムを極限まで吸収させ、母乳中の免疫物質(IgA抗体)と質の高い脂質成分を急増させるのよ!)
サリマは授乳のひとときを利用して、母体の代謝を微細にコントロールした。 魔法で直接母乳を出すのではない。あくまでエリス自身の持つ消化能力と代謝酵素を「最も効率の良い状態」へ手助けするだけだ。
すると、数日もしないうちに効果が現れ始めた。
「まあ……不思議ですわ、ガノス様」
ある朝、ボロ小屋の鏡(磨いた銅板)を覗き込んだエリスが、声を弾ませた。
「どうしたエリス?」
「ここ数日、あんなにカサカサだった肌がしっとり潤ってきたのです。それに……サリマへあげるおっぱいの出がすごく良くて、この子も前よりゴクゴクと美味しそうに飲んでくれて……」
「本当か!? ああ、エリスの頬にも良い血色が戻っているぞ! サリマが元気におっぱいを吸ってくれるから、お前の身体も元気になってきたんだな!」
ガノスが嬉しそうにエリスの肩を抱き寄せる。
「あー! ぶぶっ!」
(ふふん、お父さん! それは私のミクロの腸内フローラ&母乳バイオ革命の成果よ! これでお母さんの産後リカバリーも完璧ね!)
サリマは小さな手足をパタパタさせながら、満足そうに胸を張った。
◇
【生後2ヶ月(2月中旬)】
2月中旬、外は年間で最も猛烈な吹雪が吹き荒れていた。 雪が小屋の屋根まで届きそうな極寒の冬の中、村の狩人であるダンが、全身に霜をまとわせてボロ小屋へと駆け込んできた。
「村長! 村長はいるか! 外の罠にかかったぞ! 裏山で……『トゲイノシシ』をしとめた!」
「何だと!? あの冬のトゲイノシシか!?」
ガノスがガバッと立ち上がった。
『トゲイノシシ』——夏場にも獲れた凶暴な豚型の魔物だが、冬場は皮下脂肪をたっぷりと蓄え、身体が一回り大きくなっている。 ガノスとダン、そして村の男たちが力を合わせて、雪にまみれた巨大な魔物の死体を広場の解体小屋へと運び込んだ。
「よし! 皮を剥いで、夏にサリマのおかげで覚えた『麦芽と塩の熟成漬け』にするぞ! これでまた極上の燻製生ハムができる!」
ガノスが包丁を振るい、手際よく肉を削ぎ落としていく。 しかし、解体を進めていた狩人のダンが、太い大腿骨と大きな関節を指さして溜め息をついた。
「村長……肉は綺麗に取れたが、この巨大な『骨と軟骨』の山、どうするよ? 肉を取り除いた後の骨なんて、噛めもしないし捨てるっきゃねぇか」
「うーむ……立派な骨だが、固すぎて歯が立たんからな。捨てるしかないか……」
ガノスが無念そうに骨の山を見つめた。
その時、エリスに抱っこされて解体小屋の様子を見にきていたサリマの目が光った。
(待ってーーーーーっ!! 骨と軟骨を捨てるなんて、バイオ研究者として絶対に見過ごせないわ!!)
サリマは心の中で激しく叫んだ。
(トゲイノシシの骨と軟骨……そこには何があると思う!? 大量のコラーゲン! アミノ酸! カルシウム! そして濃厚な骨髄エキス(出汁)が詰まってるのよ!! 特にあのモチモチした軟骨は、長時間加熱することでゼラチン質に変化して、スープに圧倒的な旨味とドロリとしたコクを与えるの!!)
前世で豚骨ラーメンや濃厚ジビエスープの構造を熟知していた茅理紗の脳内で、至高のレシピが組み上がる。
(お父さん! 骨を砕いて、ろ過水とあの『麦芽』を少量入れて、かまどの弱火で半日じっくり煮込ませるのよ! 麦芽の微量な酸と酵素が骨からのコラーゲン溶出を劇的に早めて、ドロトロの『極上発酵・濃厚ジビエ軟骨スープ』ができるんだから!!)
サリマはすぐに作戦を開始した。
「あーうー! ぶぶーっ!」
サリマはエリスの腕の中で暴れ、小さな手を骨の山へと伸ばして必死にアピールした。
「あらあら、サリマ? どうしたの、そんなに骨が気になるの?」
エリスが不思議そうに近づく。サリマは骨の山を指さし、続いて解体小屋の隅にある大きな土鍋と、麦芽シロップの入った瓶を交互に視線で往復させた。
「あうっ! あーうっ!」
「ガノス様……サリマが、あの骨と、麦芽の瓶を交互に見つめていますわ……」
ガノスが首をひねる。
「骨と……麦芽……? 待てよ」
ガノスがハッと目を見開いた。
「夏場……硬い肉を柔らかくしたのは、あの麦芽汁だったな? もしかして……あの固い骨と軟骨も、麦芽と一緒に土鍋でじっくり煮込んだら、柔らかいスープになるんじゃないか……!?」
(勘が冴えすぎよお父さん!! 100点満点!!)
サリマは「あうー!」と歓喜の声をあげて頷いた。
「村長、本気ですか!? 骨なんて煮たってただの水ですよ?」
ダンが半信半疑で首を傾げる。
「だまされたと思ってやってみよう! ピート、デカイ土鍋にろ過水を張ってくれ! 骨を斧で叩き割って、軟骨と一緒に放り込むんだ! 麦芽汁も少し垂らして、かまどのトロ火でじっくり煮込むぞ!」
◇
その日の夜。
ボロ小屋の部屋の中に、今までに誰も体験したことがないような、恐ろしく濃密で香ばしい「肉と骨の極上出汁の匂い」が立ち込めていた。
グツグツ……グツグツ……。
数時間、かまどの弱火で煮込まれた土鍋のフタを、ガノスがそっと開けた。
「な……なんじゃあ、こりゃあぁぁぁっ!?」
ダンとガノスが目を丸くした。
土鍋の中の透明だった水は、骨髄と軟骨から溶け出した濃厚なコラーゲンとゼラチン質によって、乳白色のドロリとした「濃厚ポタージュ状の黄金スープ」へと変貌していたのだ。骨の周りの軟骨はトロトロに溶け、原型をとどめていない。
「骨が……スープに溶けている……!?」
エリスが木杓でスープをすくい、フーフーと息を吹きかけてから、ガノスの差し出す木碗へ注いだ。
ガノスは息を呑み、その白い湯気が立つスープを一口すすった。
ズズッ……。
「……っ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!!」
ガノスの体が、雷に打たれたように硬直した。
「う……美味い……!! 美味すぎる……っ!! なんだこの濃厚なコクは……っ!? 唇がペタペタくっつくほど濃厚なのに、しつこさが全くない! 喉を通り抜けた瞬間、身体の芯からカッと熱くなって、吹雪の寒さが一瞬で吹き飛んでいくぞ……!!」
「どれ、俺にも……ズズッ……ひぃぃぃぃぃっ! 美味い! 美味すぎるぞ村長ぉぉぉっ! 身体が……身体がぽかぽかと燃えるようだぁっ!!」
ダンも感涙を流しながら木碗を煽った。
麦芽の酵素で骨から抽出された大量のアミノ酸、コラーゲン、カルシウム、そして骨髄の脂質。 この寒さ厳しい2月の吹雪の中で、村人たちの冷え切った身体を温め、完璧な栄養を与える至高の「ジビエ軟骨発酵スープ」の完成だった!
「エリス! これを広場へ持って行って、村のみんなにも飲ませよう! このスープがあれば、どんな猛吹雪でも絶対に病気にならずに冬を越せる!」
「はい、ガノス様! すぐに運びましょう!」
その夜、解体小屋の周りに集まった村人80人全員に濃厚スープが振る舞われ、極寒の吹雪を吹き飛ばすような歓喜の叫び声が村中に響き渡った。
「うおぉぉぉっ! 身体が温まる! 旨味が凄まじいぞ!」 「骨からこんな美味いスープができるなんて……!」 「サリマ様! サリマ様のおかげだぁぁぁっ!」
村人たちが口々にサリマの名を呼び、感謝の声をあげる。
エリスの温かい抱擁の中で、満足そうに「あう〜」と声をあげるサリマ。
(ふふん、大成功ね! 骨も軟骨も捨てずに100%栄養化する……これぞバイオテクノロジーの真骨頂よ!)
サリマはちゅうちゅうと母乳を飲みながら、うとうとと目やまぶたを重くしていった。
赤ん坊としての身体は無力で、喋ることも歩くこともできない。 けれど、自分の知恵と両親の絆、そしてミクロの【キン】のスキルがあれば、どんなに厳しい異世界の冬だって、笑顔で乗り越えていけるのだ。
降り積もる白雪の中で、サリマの新しい人生の「0歳児サバイバル」は、愛と美味しさに包まれながら、力強く前へと進んでいくのだった。




