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■ 第27節:【3歳3ヶ月/3月〜4月(春)】前編

■ 第27節:【3歳3ヶ月/3月〜4月(春)】


長かった最果ての冬がようやく終わりを告げ、アルカ村に暖かい春の光が降り注ぎ始めていた。 赤岩山脈を覆っていた分厚い雪が解け出し、共有畑の黒土からは春の芽吹きの甘い土の匂いが立ち上っている。


「お父ちゃん! こっちの溝、お水すいすい流れたよ! カイ、くわの角度上手!」


3歳3ヶ月を迎えたサリマは、極上バイオシルクの温かな作業着に身を包み、すっかり長くなった足取りでトコトコと畑の畝(うね)の間を駆け回っていた。小さな手押し車を押しながら、水路の詰まりをチェックしたり、カイたちに土壌のコンポスト混ぜのアドバイスを出したりしている。


「がはは! さすがサリマだ! 3歳3ヶ月になって、お喋りも指示出しも村の現場監督(監督官)そのものだな!」


村長ガノスが汗を拭いながら、愛おしそうにサリマを抱き上げた。


「サリマ様! おかげさまで春の第一陣の畝作り、予定より早く完了しそうですっ!」


15歳の少年カイが、ドワーフの強力なカモフラージュ塗装クワを手に、爽やかに額の汗を拭った。今やカイやリラをはじめとする25人以上の避難民の若者たちは、すっかりアルカ村の頼もしい中堅として馴染んでいた。


サリマはガノスの抱っこから地面へと降りると、自分の小さな手をギュッと握りしめた。


(ふぅ……! 3歳3ヶ月! 機動力、指先の精密操作、日常会話の滑らかさ……100%完璧!)


前世のアラサー社畜バイオ研究者・明日香茅理紗としての脳内データが、村の現状を弾き出していた。


(先月(第26節)、裏山の二重結界の中に『バイオ隠れ温室(地熱&排熱プラント)』を設営して、冬場のフレッシュ緑黄色野菜の完全自給体制も完成させたわ。王都の大商人クラウスとの極密貿易で得た金貨も山ほどあって、村人100人は全員健康そのもの……)


(……だけど! 春は毎年、あの男たちが『生存確認と春の検分』にやってくる季節なのよ……!)


サリマの瞳が、ふっと冷静な警戒の光を帯びた。


(隣領の悪徳代官ゴルドーと、あの髭面の徴税人……! 去年は秋にシロップ10本で減税交渉(穀物30%)を呑ませて、冬には失脚危機に陥った代官に『裏山の無税自由開墾の公式許可証』を判捺しで書かせたけれど……あいつら、勘だけは妙に鋭いところがあるからね!)


(村人100人が病気ひとつせず、肌もツヤツヤで元気いっぱいなのを怪しまれたら面倒よ。『表の村』の徹底した【貧乏カモフラージュ(擬態)】と、私自身の【幼子演舞(バブバブ演技)】で、完全に煙に巻いてやるわ!)


サリマが小さな腕組みをして不敵な笑みを浮かべていた、まさにその時——。


「村長! 村長はいるか! 大変だーーーっ!!」


街道の方角から、警戒に出ていた村の若い衆が、息を切らして駆け込んできた。


◇


【代官の手下(徴税人)の抜き打ち巡回】


「どうした! 何事だ!?」


ガノスが表情を引き締めて駆け寄る。若い衆は冷や汗を拭いながら叫んだ。


「隣領の代官ゴルドー様の手下……あの髭面の徴税人が、兵士を十人連れて村の入り口まで来ています! 例年より一ヶ月も早い、抜き打ちの春の巡回です!!」


「なに……!? 抜き打ち巡回だと……!?」


ガノスとカイがハッと息を呑んだ。


「村長様、どうしますか!? 裏の避難民の仲間たちや、温室の野菜が……!」


カイが焦りを見せたが、サリマはすまし顔でカイの服の裾をトントンと叩いた。


「カイ、落ち着いて! 大丈夫! 裏山の隠し倉庫と温室は、ドワーフの『二重結界(マナ・ダブルシールド)』で絶対に見えないよ! カイたち避難民も、全員『ガノスお父ちゃんの親戚と住み込み作業員』って言えばいいの!」


「サリマ様……!」


カイがハッと正気を取り戻した。


ガノスも腹を括り、力強く全員へ指示を出した。


「よし! 全員、事前に打ち合わせた通りの『カモフラージュ体制』に入れ! 服はツギハギの古着を羽織り、クワはサビた塗装の側を見せろ! 表の顔は『極貧だがシロップ造りに必死な健気な寒村』だ!」


「「「ハッ!!」」」


村人たちが一斉に動き出し、完璧な「貧乏村の日常」がセッティングされた。


直後、ドタバタと馬の蹄の音が響き渡り、あの髭面の徴税人が、不機嫌そうな顔で兵士十人を引き連れて村の広場へ乗り込んできた。




【不気味な探りと緊迫の対峙】


「おい泥人間ども!! 息災にしていたかぁっ!!」


馬の上から、髭面の徴税人が鞭をペシペシと鳴らしながら見下ろしてきた。


ガノスは手作業の手手を止め、極めて従順で貧しそうな村長としての笑みを浮かべて一歩前へ出た。


「これはこれは、徴税人様。本日は例年より早いご巡回、どのようなご用件でしょうか?」


徴税人は馬から降りると、ギョロリとした嫌な目で、村の広場や家々の屋根、そして集まっている村人たちの顔をじろじろと見回し始めた。


(チッ……何だかおかしいぞ……)


徴税人は心の中で不審を募らせていた。


昨秋、代官ゴルドー様が王都の上役から失脚しかかった際、この村のシロップのおかげで命拾いをした。そのため、代官様からは「あの村の裏山を開墾する許可」を与えてやったわけだが……。


(この過酷な最果ての地で、冬を越したというのに……村人どもの顔色があまりにもツヤツヤしすぎている……! 餓死者も出ず、病人すら出ていないだと……!? 普通なら冬場に何人も倒れているはずの寒村だぞ!?)


徴税人は疑心の目を光らせ、ガノスの胸ぐらに顔を近づけた。


「おい、ガノス村長……。何か隠していないだろうな?」


「隠す……とは、一体何のことでしょうか、お役人様?」


ガノスは動じることなく首をかしげた。


「知れたことだ! 今年の冬は例年以上の猛吹雪だった! それなのに、貴様らの顔色は血色が良く、肌もツヤツヤしているではないか! どこぞの裕福な商人から、秘密裏に食材や金品を買い込んでいるのではないだろうなっ!?」


徴税人の鋭い突っ込みに、陰で見守っていたカイやピートがヒッと息を呑んだ。


だが、ガノスはサリマから叩き込まれた通りの「完璧な言い訳(セールストーク)」を滑らかに口にした。


「お役人様、滅相もございません! 私どもの肌の血色が良いのは……すべて代官様にお納めする『あの黄金の麦芽シロップ』を仕込む際の、甘い麦芽の湯気を毎日浴びているからでございます!」


「な……なに? 麦芽の湯気だと……!?」


「左様でございます。シロップを煮詰める際、身体を温める麦芽の成分が湯気となって部屋に満ちますゆえ、村人一同、病気もせずに肌が潤っておりますのです。すべては代官様へ納めるシロップづくりの『副産物』に過ぎません」


「む……むむむ……っ!?」


徴税人は毒気を抜かれたように言葉を詰まらせた。


「それに、あちらの若い者たちは、隣領で飢えていた私の遠縁の親戚どもでございます。シロップの増産のために人手が足りず、住み込みで働かせておりますが……見ての通り、ボロ服を着てかろうじて食べている有様にございます」


ガノスが指さした先では、カイたちがツギハギだらけの服を着て、必死に泥だらけで畑を耕す振りをして見せた。


(ぐぬぬ……! 論理が通りすぎて反論できん……! あのかぐわしいシロップの湯気のおかげだと言われれば、そんな気もしてくる……!)


徴税人は苛立ちを隠せない様子で爪を噛んだ。


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