■ 第26節:【3歳2ヶ月/2月(早春)】後編
■ 第26節:【3歳2ヶ月/2月(早春)】
【バイオ保温ドームの建設と【キン】の調湿膜】
工事は即座に開始された。
場所は、裏山の二重結界で完全に覆われた、外部からは絶対に見えない赤岩の間の日当たりの良い凹地(窪地)。
カイをはじめとする20人以上の避難民の若者たちが、ドワーフの指示のもとでテキパキと石組みの土台を築き、ドワーフの鍛冶師たちが地下工房の排煙ダクトから延びる「二重構造の保温煙道」を埋め込んでいった。さらに、地下深くから湧き出る微弱な温泉の地熱水を、温室内を巡る石造りのパイプラインへと流し込む。
仕上げは、ドワーフ特製の超頑丈な「透明魔導結晶板(強化ガラス代替)」の天井屋根であった。
「サリマ様ーっ! 屋根の結晶板の設置、完了しましたっ!」
カイが汗を流しながら屋根の上から手を振る。
外部の吹雪が吹き荒れる中、完成した温室内へ踏み込んだガノスとカイ、リラは、その室内の環境に絶句した。
「な……なんだこれは……っ!? 外はマイナス10度の猛吹雪だというのに……この部屋の中は、まるで初夏のような温かさだぞ……っ!?」
ガノスが驚愕して声を上げた。
二重保温煙道から流れる温風と、地面を暖める温泉パイプライン、そして結晶板の屋根から降り注ぐ太陽光によって、外の寒気が完全に遮断されていたのだ。
だが——サリマは真ん中に立ち、くんくんと鼻を鳴らした。
(うん、温度は22度前後で完璧……。でもね、密閉された温室特有の『過剰な湿気と結露』が発生しかけているわ。このままだと葉物野菜の表面にカビ(うどんこ病や灰色カビ病)が発生しちゃうわ!)
サリマは前世の農学・植物病理学の知識をフル動かした。
サリマは温室の中央の土へ向かってトコトコと歩み寄ると、そっと小さな両手をふかふかの土壌へペタリと押し当てた。
(スキル【キン】——全開発動!!)
サリマは全身の集中力を集中させた。
(ターゲット設定:温室内の土壌細菌および空気中の常在菌! 結露の原因となる水分を吸着・微放出する『天然のバイオ調湿膜』を土壌とガラス壁面に形成しなさい!)
(さらに、植物の光合成を爆発的に促進する『光合成細菌』と、根の養分吸収を助ける『菌根菌』を急速繁殖させるのよ!!)
目に見えないミクロのバイオ農業革命。
サリマの手のひらを通じて、有用菌たちのネットワークが温室全体の土と空間へと網の目のように広がっていった。
すると——絶妙な奇跡が起きた。
温室のガラス壁面に付きかけていた嫌な結露(水滴)がすうっと消え去り、室内全体の空気が、まるで高原の朝のように清涼で完璧な湿度(60%)へと固定されたのだ!
「……ん? なんだ……!?」
リラが驚いて目を丸くした。
「急に空気が澄み切って……土からすっごく甘くて良い匂いが漂ってきたわ……!?」
「サリマ様が……また【キン】の魔法で、お部屋を完璧にしてくださったんだ……!」
カイが感涙を流して膝をついた。
◇
【雪の中の奇跡の収穫】
温室の完成からわずか数週間後。
2月中旬、外はまだ深い積雪と寒風に包まれていたが、裏山の二重結界内に隠された『バイオ隠れ温室』の中は、目を疑うような眩い「緑の楽園」へと変貌を遂げていた!
「まあ……! なんて素晴らしいのでしょう……!」
母エリスが温室の中に足を踏み入れ、両手で口元を押さえて感涙を流した。
そこには、深緑色の瑞々しい葉を広げる葉物野菜(ほうれん草・レタス風の魔草)、真っ赤に熟して果汁を蓄えたトマト風の魔草『赤蜜果』、そして爽やかな香気を放つハーブやカブモドキが、所狭しと青々と茂っていたのだ!
「サリマ様! 赤蜜果が、こんなに大きく実っていますっ!」
リラが嬉しそうに真っ赤な果実を摘み取り、木箱へと収めていく。
「リラ! それ、洗って、お塩とチーズと一緒にお皿に乗せるの! すごく美味しいよ!」
「はいっ! サリマ様特製のサラダですねっ!」
サリマが指を鳴らして教えると、リラは弾むような笑顔で頷いた。
その日の夜。
表のボロ小屋のあたたかな食卓には、かつて最果ての地では冬場に絶対に拝むことができなかった『奇跡の初冬フレッシュ生野菜サラダ&特製ジビエスープ』が所狭しと並べられた!
摘みたての瑞々しい葉物野菜に、甘酸っぱい赤蜜果のスライス、サリマが作った熟成ジビエ生ハム、そしてドワーフのガラス瓶に入った特製オリーブオイル風の発酵ドレッシング。
ガノスが震える手でフォークを取り、生野菜と赤蜜果を口へと運んだ。
シャキッ……ジュワァァァッ……!!
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!!」
ガノスは目を剥き、両手でテーブルを叩いて叫んだ!
「美味い……!! 美味すぎるぞエリスぁぁぁっ!! 外は吹雪だというのに、口の中で瑞々しい野菜の甘みと甘酸っぱい果汁が弾ける……! 2月にこんなフレッシュな野菜が食えるなんて……天国だ……ここは天国だぁぁぁっ!!」
「まあ……! 私も……シャキッ……! 本当に爽やかで甘くて美味しいですわ……! 身体の隅々まで元気が満ちてくるようですわね!」
エリスも目からボロポロと感涙をこぼしながら、サラダを美味しそうに口へ運んだ。
カイやリラ、そしてピートたち村人も、生野菜の美味しさに涙を流しながら大歓声を上げた。
「生野菜だーっ! 冬なのにシャキシャキの野菜が食べられるぞーっ!」 「サリマ様バンザイ! 最高の福の神様だーっ!」
ボロ小屋の中に、割れんばかりの歓声と笑顔が溢れ出させた。
◇
【3歳2ヶ月末・完全自給の達成】
食後、満腹になったサリマは、エリスの膝の上で満足そうに「ふふん!」と胸を張っていた。
エリスが愛おしそうにサリマの柔らかい頬を擦り寄せる。
「サリマ……ありがとうね。あなたのおかげで、この村は冬の寒さも、病気も、食べ物の苦しみも……全部吹き飛ばしてしまいましたわ」
「かぁか! さりま、みんなで美味しいごはん食べるの、大好きなの!」
サリマが小さな手でエリスの首に抱きつくと、ガノスも大きな手でサリマの頭を包み込んだ。
「ああ……サリマ。お前は俺たちの太陽だ。この温室があれば、冬場にビタミンが不足することもない。代官の手下どもには絶対に見せられない、俺たちの最高の誇りだな」
「うん! お父ちゃん、ここは秘密の『緑の宝箱』だよ!」
サリマがニカッと太陽のような満面の笑顔を浮かべると、ガノスとエリスはおかしくって声を合わせて笑った。
サリマは窓の外——吹きつける吹雪を見つめながら、前世のアラサー社畜バイオ研究者としての胸の中で、誇らしく勝利を確信していた。
(ふふん! マイナス10度の極寒の地での『バイオ保温温室(地熱&排熱プラント)』の設営大成功よ!)
(これで、雑穀・ジビエ肉・味噌・キムチ・清酒に加えて、冬場のフレッシュ緑黄色野菜の完全自給体制が整ったわ!)
(表向きは貧しい寒村を完璧に擬態しながら、裏では王都の貴族すら羨むような最高峰の完全栄養食生活を楽しむ……これぞ至高の『発酵隠密理想郷』ね!!)
家族の溢れる深い愛と、試行錯誤の科学の知恵、そして甘い麦芽シロップの味とともに——。 3歳2ヶ月を迎えた天才バイオ幼児サリマの異世界サバイバルは、さらなる希望と美味にあふれた未来へ向かって、どこまでも力強く、誇らしく歩み続けていくのだった。




