■ 第26節:【3歳2ヶ月/2月(早春)】前編
■ 第26節:【3歳2ヶ月/2月(早春)】
最果ての地に届く陽光が、ほんの少しずつ柔らかさを増し始めていた。 だが、赤岩山脈から吹き下ろす風は依然として牙を剥いており、積もった雪はカチカチに凍りついて一面の銀世界を保っている。
「お父ちゃん! こっちの薪、運び終わったよ! カイ、重いの持ってくれてありがと!」
3歳2ヶ月を迎えたサリマは、極上バイオシルクの仕立て着に身を包み、足取りも軽やかに村の小道を駆けていた。小さな手押し車を巧みに操り、薪拾いや資材搬入の手伝いをテキパキとこなしている。
「がはは! さすがサリマだなぁ。3歳になってからの身のこなしは、村の若い衆より無駄がないぞ!」
村長ガノスが荷車から大きな丸太を下ろしながら、目尻を下げて笑った。
「サリマ様、お手を煩わせてすみませんっ! 重いものは俺たちに任せてください!」
夏に避難民として加わった15歳の少年カイが、丸太を三本まとめて軽々と担ぎ上げながら爽やかに汗を拭った。今やカイやリラをはじめとする20人以上の避難民たちは、村の作業の要として大活躍している。
サリマは手押し車を置いて自分の小さな手を見つめ、前世のアラサー社畜バイオ研究者・明日香茅理紗としての脳内思考を巡らせていた。
(ふぅ……! 3歳2ヶ月! 自力歩行も、精密な指先の器用さも、言語能力も100%完璧!)
(先月(第25節)、王都で大流行した感染症を私の『経口用バイオペニシリン&高濃度ビタミン発酵エキス』で劇的に鎮圧した。王都の大商人クラウスとの絆は固くなり、裏の後ろ盾として最高級貴族(公爵家)のパイプまで手に入ったわ。小瓶一本=金貨20枚という破格の交易で、村の金庫には山のような金貨が蓄えられているわね)
(……だけど! 寒さの厳しい2月……バイオ研究者として、そして村の健康管理責任者として見過ごせない『重大な課題』があるのよ!)
サリマは前世の栄養学と環境制御工学の知識を脳内で展開させた。
(冬場のビタミンCやフレッシュな野菜の不足! 7月に開発した『カブモドキのキムチ』でビタミン補給はできているけれど、やっぱり毎日の食卓には『生の緑黄色野菜(新鮮な葉物やハーブ、トマト風の魔草)』が欲しいのよ! 毎日漬物と肉だけじゃ、いくらアミノ酸が豊富でも食のクオリティと精神的満足度に限界がくるわ!)
(外はマイナス10度の極寒の雪国……。普通なら春まで生野菜なんて一芽も生えない。でも……私にはドワーフの『地熱&排熱利用技術』と、私の【キン】の『保温・調湿バイオ膜』があるのよ!!)
サリマの瞳が、科学者特有の不屈の輝きで爛々と光り輝いた。
サリマはガノスの太い腕を小さな手でグッと引っ張った。
「お父ちゃん! 雪の中でも、青いお野菜つくろう! ぬくぬくのお部屋、裏山につくるの!」
「なに……!? 雪の中で青い野菜を育てる……!? このマイナス10度の極寒の中でか!?」
ガノスが目を見開いた。
◇
【裏山の地熱と『バイオ温室』計画】
その日の午後。
裏山の切り立った赤岩の断崖絶壁——外からはただの一枚岩にしか見えない『結界隠し地下大工房』の中央広場に、ガノス、ドワーフの小頭バルド、カイ、そして手伝いの少女リラが集まっていた。
「ガハハハハ! サリマ様、雪の中で野菜を育てる温室だと……!? そりゃまた、恐ろしいことを考えつくなぁ!」
赤髭を大きく揺らし、バルドが豪快にお腹を叩いて笑った。
サリマは3歳の誕生日にバルドから貰った「サリマ専用の小さな魔法の調合具」をテーブルに置き、ハッキリとした口調でプラント構造を説明し始めた。
「バルド、聞いて! 秘密基地(地下工房)の鍛冶場、毎日お火(炉)を焚いて、熱い煙が出るでしょ?」
「おうよ! ドワーフの鍛冶炉は昼夜問わずガンガン火を焚いておるからな。排煙ダクトから熱気が山頂近くへ逃げておるわ」
「その排煙ダクトの熱気と、裏山の岩盤から出ている『地熱(温かい湧き水)』を利用するの! 結界で覆われた裏山の凹地に、ドワーフのガラス(透明結晶板)で屋根を作って、温かい空気を流し込むの!!」
サリマの説明に、バルドの目が職人としての鋭さを帯びた。
「ぬぬっ……!? 鍛冶炉の余熱と地熱を結界内の凹地に集め、透明結晶の屋根で熱を逃がさん構造か……っ! む、むむむ……っ! 地熱の排熱利用(廃熱回収プラント)……!!」
バルドは太い指で顎髭をワシワシと弄り、興奮で息を荒らげた。
「あり得る……! ドワーフの土魔法で岩盤の温泉脈を少し手前に引き込み、鍛冶炉の煙突を二重管にして温風を通せば……結界の中のあの凹地だけ、一年中『真夏の25度』に保つことが可能じゃぁぁぁっ!!」
「すごーいっ! バルド、大正解!! 100点!」
サリマが小さな親指をグッと立てて「サムズアップ」をすると、バルドは「サリマ様に褒められたぞーっ!」と歓喜の叫びを上げた。
13歳のリラも目を輝かせて身を乗り出した。
「サリマ様! もし雪の中でも青いお野菜が採れるようになったら、お料理の幅がものすごく広がります! トマト風の魔草『赤蜜果』や、フレッシュなハーブも冬場に手に入りますわっ!」
「うん! リラ、一緒に美味しいスープつくろうね!」
「はいっ! 喜んでお供しますっ!」
ガノスも力強く拳を叩いた。
「よし! 避難民の若者たちも人手は十分にある! バルドさん、大至急その『バイオ隠れ温室』の設営にとりかかりましょう!」
「おうっ! ドワーフの全技術を注ぎ込んで、完璧な温室を作ってやるわい!!」




