■ 第25節:【3歳1ヶ月/1月(極寒の冬)】前編
■ 第25節:【3歳1ヶ月/1月(極寒の冬)】
年が明け、最果ての地に再び猛烈な寒波が押し寄せていた。
赤岩山脈から吹き下ろす凍てつく吹雪が村全体を深い銀世界へ包み込み、表のボロ小屋の屋根からは大人の足ほどもある太い氷柱が垂れ下がっている。
だが、厳しい寒さの中でも、補修と断熱を終えたガノスのボロ小屋の中は、囲炉裏の薪がパチパチと爆ぜ、あたたかな湯気と野草茶の芳香に満たされていた。
「お父ちゃん! 温かいお茶、注いだよ! リラもお仕事お疲れさま!」
3歳1ヶ月を迎えたサリマは、極上バイオシルクの温かな服に身を包み、しっかりとした足取りで木碗を運んでいた。
「おお、ありがとなサリマ! 3歳1ヶ月になって、言葉も動きもすっかり一人前だなぁ」
村長ガノスが目尻を下げて木碗を受け取る。
「サリマ様、いつもお心遣いありがとうございますっ! 外はすごい吹雪ですが、このお家の中は本当におたたかいですね」
13歳になった手伝いの少女リラも、嬉しそうに頬を緩めて小碗に口をつけた。
サリマは自分の小さな手を見つめながら、前世のアラサー社畜バイオ研究者・明日香茅理紗としての知性を研ぎ澄ませていた。
(ふぅ……! 3歳1ヶ月! 二足歩行も、手先の細かな操作も、日常会話も100%完璧!)
(先月、3歳の誕生日にドワーフのバルドたちと完成させた『絶対防衛・結界二重化』のおかげで、裏山の秘密基地(地下隠し工房)は完璧な聖域になったわ)
(表の村では『質素で素直な農村』を擬態しつつ、裏では王都大商人クラウスとの交易で金貨と資材を蓄える……。現状の体制に隙はないわね!)
サリマが静かに満足感を噛み締めていた、まさにその時——。
どたどたどたっ!
表の吹雪を突き破るように、激しい足音が近づき、ボロ小屋のドアが急タタタッ! と叩かれた。
「村長! 俺だ、カイだ! 大変だ……クラウス様が……王都の大商人クラウス様が、命からがら駆け込んで来られたっ!!」
「「「なに……!?!?」」」
ガノス、エリス、そしてサリマが立ち上がった。
◇
【王都からの緊急SOS】
ガノスが急いでドアの閂を外すと、雪まみれになった少年のカイと、分厚い毛皮のコートを雪で真っ白にした大商人クラウスが、すべり込むように小屋へ倒れ込んできた。
「ハァ……ハァ……っ! ガノス村長……サリマ様……っ! 頼む、助けてくれぇぇぇっ!!」
あのいつも紳士的で冷静沈着な大商人クラウスが、帽子を振り落とし、青ざめた顔でガノスの手を握りしめて叫んだ。
「クラウス様!? こんな猛吹雪の中に、一体どうされたのですか!?」
ガノスが急いでクラウスを囲炉裏の傍らへ座らせ、温かいお茶を差し出す。
クラウスはガタガタと震える手で木碗を煽ると、悲鳴のような声で事態を告白し始めた。
「王都で……王都で恐ろしい『流行病(重度呼吸器感染症&化膿性熱病)』が大発生したのだ!!」
「王都で……流行病だと……!?」
ガノスとリラが息を呑んだ。
クラウスは涙をボロポロとこぼしながら、顔を歪めた。
「我が商会の筆頭幹部や、私を長年支えてくれた大切な大番頭……さらには、我が商会と太いパイプを持つ王都の宮廷筆頭貴族(公爵様)のご当主までが、その病に倒れて高熱とうなされ、呼吸困難で死の淵をさまよっているのだ……っ!」
クラウスは胸をかきむしるように訴えた。
「王都の宮廷医や著名な錬金術師どもを全員集めて薬を作らせたが、誰一人として病を食い止めることができん! 高熱で傷口や喉が化膿し、皮膚が赤く腫れ上がって……このままでは数日のうちに全滅してしまう……っ!」
クラウスは囲炉裏の前でひざまずき、土下座の姿勢でガノスと、傍らに立つ3歳1ヶ月のサリマに向かって頭を擦り付けた。
「ガノス村長……サリマ様……! 以前、ラグナスから聞いたことがあるのだ……! あなた方の村には、どんな酷い傷口の化膿や熱病をも一夜で治してしまう『神の秘薬』がある……とな!!」
「……っ! 7月にサリマが作った『青カビの軟膏』のことか……!」
ガノスが思わずサリマを見つめた。
クラウスは涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、すがるような目で叫んだ。
「頼む……! 金ならいくらでも払う! 我が商会の財産を投げ打っても構わん! その秘薬を……その秘薬を分けてはくれまいかぁぁぁっ!!」




