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第2節:【5月〜8月】魔物ジビエのバイオ解毒と、徴税人の影 5月15日(受精後 73日目/誕生まであと224日)

いつも作品を読んでいただきありがとうございます。

二つの新作を投稿します。

不定期になったらごめんなさい

題名は

『−300日から始まる転生のんびりスローライフ』


『W転生〜パパがスライムだった件〜』の二本です


お昼前に投稿する予定です

読んでいただけると嬉しいです。

よろしくお願いします

第2節:【5月〜8月】魔物ジビエのバイオ解毒と、徴税人の影


5月15日(受精後 73日目/誕生まであと224日)


新緑が眩しく輝く5月中旬。最果てのアルカ村にも、ようやく爽やかな初夏の風が吹き抜けていた。


サリマが3月に仕掛けた「麦芽シロップ(水あめ)」は、飢えと絶望に瀕していた村人80人に、大きな生きる希望をもたらしていた。少量でも高カロリーで体に沁み渡る甘味は、子供や年寄りたちの顔に血色を取り戻させていたのだ。


しかし、胎内で聴覚と神経系を日々成長させているサリマ(茅理紗)は、浮かれてなどいなかった。


(水あめは大成功だったけど……山に自生する野生の麦芽なんて、たかだか一過性の食糧。この村が自立して生き残るには、やっぱり村の共有畑の不毛な土を改善しないと……!)


ステータスウィンドウの無機質な文字が、ミクロな生命の神秘を告げる。


『誕生予定日:12月25日(あと224日)』

『器官形成期:心臓の拍動強化・手足の芽の形成を確認』

『状態:順調(母体栄養吸収率:最大化調整済み)』


(よしよし、私の身体も着々と人間らしくなってきてる。……さて、次は『土壌改革』よ。一朝一夕に魔法で黒土に変えるなんてあり得ない。父さんたちが耕す作業に合わせて、土の中の分解菌(コンポスト)をほんの少し助けてあげるの)


外では、村長のガノスが汗を流しながら、若い農夫のピートに声をかけていた。


「ピート! 山から集めてきた枯れ草と落ち葉を、もっと土の中に混ぜ込むんだ! 水あめで元気が出たんだ、今日中に手前の畝(うね)だけでも耕し切るぞ!」


「はい、村長! でも……何年も干ばつでカチカチに焼き固まった土ですよ? 落ち葉を混ぜたって、腐って肥料になるのに何ヶ月かかるか……」


ピートが荒い息を吐きながら、刃の欠けたクワを地面に打ち込む。カチンと乾いた不快な音が響いた。


(お父さんたち、頑張ってるわね……! 今よ! お母さんが畑の脇の木陰に腰掛けた、この距離なら届くわ!)


胎内のサリマは【キン】のスキルを集中させた。


母エリスの足裏から土中へ、ごく微量の代謝シログナルを放出。土の中に元々潜んでいた好気性細菌(セルロース分解菌や放線菌)の活動スピードを、自然な範囲で——ほんの15%だけ活性化させた。


急激に変えれば土中の酸素が枯渇してカビが湧く。あくまで父たちが混ぜ込んだ枯れ葉が、自然よりも少し早いスピードで「発酵分解(コンポスト化)」するように促したのだ。


数日後の5月20日。


「……ん? 村長、ちょっとここを見てください!」


畑で作業していたピートが、驚いた声をあげた。


「どうしたピート?」


「五日前に落ち葉を混ぜて掘り返した場所なんですけど……土が、なんだかしっとりして柔らかくなってます! ほら、手で揉むとホロホロ崩れますよ!」


「なんだと……!? どれ……」


ガノスが屈み込み、掘り返した土を握りしめた。


「本当だ……! いつもならカチカチの大きな塊になるのに、適度な粒になって崩れる。土の匂いも……山の古い落ち葉の溜まり場みたいな、良い土の匂いがするぞ!」


「こんなに早く肥料が馴染むなんて奇跡ですよ! クワがザクッと入ります!」


「よし! このやり方は間違っていない! 全員で山から枯れ葉を集めて、畑全体に漉き込むぞ!」


「「「おおーっ!!」」」


村人たちの活気ある声が、初夏の青空に響き渡った。


(ふぅ……成功ね! 地道なコンポスト農法よ。土中の微生物が活発になれば、土は自ずとフカフカになる。これが科学の力よ!)


6月12日(受精後 101日目/誕生まであと196日)


梅雨のない異世界だが、6月に入るとムシムシとした湿気が村を包み始めた。


土壌の改善が着々と進む一方で、サリマは新たな問題に直面していた。


(土壌の分解が進んで温かくなると……やっぱり出てくるわよね、アイツらが……!)


ある朝、畑からピートの悲鳴のような叫び声が上がった。


「村長ーっ! 大変だ! 畑に虫が出たーっ!」


ガノスとエリスが慌てて畑へ駆けつけると、フカフカになり始めた土の表面に、親指ほどもある気味の悪い灰色の虫——『ツチイモムシ』が何匹も這い出していた。


「くそっ……! 土が温かくなって栄養が出たせいで、土中に眠っていた害虫の卵が孵化しちまったんだ!」


ガノスが歯噛みする。


「どうするんですか村長!? この虫は秋に蒔く雑穀の根っこを喰い荒らす害虫ですよ! 手作業で一匹ずつ拾うなんて人手が足りません!」


村人たちに動揺が広がる。


(冷や汗が出るわね……! 肥料の分解速度だけを早めて、天敵や生態系バランスの制御を怠った私のミスだわ!)


サリマは胎内で冷や汗を流しながら、前世の応用微生物学のデータを高速検索した。


(落ち着きなさい、茅理紗! 農薬なんてない世界で強い毒を撒くのは論外。前世の地球でも使われていた生物農薬(バイオコントロール)を応用するのよ! 害虫の幼虫だけに特異的に感染する、土壌中の『BT菌(バチルス・チューリンゲンシス)』の仲間……その増殖をほんの少しサポートする!)


サリマは【キン】の集中を高めた。

母エリスの呼吸を通じて、土の中の特定細菌へ「増殖のきっかけ」を与える。


数日後の6月15日。


「……あれ? 村長、見てください」


ピートが土を掘り返しながら、首をひねった。


「昨日まで元気に這い回っていたツチイモムシが……土の中で真っ白くなって死んでます」


「何……?」


ガノスが屈み込んで手に取った。幼虫の表面には、微細な白い胞子がびっしりと付着していた。


「これは……自然の病気か? 害虫同士で病気が広がって、勝手に全滅しているのか……?」


「すごいです! 生きている虫がほとんどいませんよ!」


ガノスは胸を撫で下ろし、空を仰いだ。


「助かった……。これで、畑を死ませずに済む」


(ふぅ……間一髪だったわ。やっぱり、強引な介入じゃなく、手作業での駆除とミクロの生物農薬……この調和が大切なのだわ)


7月8日(受精後 127日目/誕生まであと170日)


日差しがギラギラと照りつける7月上旬。サリマの耳には、心臓の鼓動以外に、外界の「音」がハッキリと届くようになっていた。


(器官形成がかなり進んできたわね。お父さんやお母さんの会話も、前よりクリアに聞こえる……)


そんな中、村に大きな騒動が持ち上がった。

村の数少ない狩人であるダンという男が、息を切らせて集落へ駆け込んできたのだ。


「村長! 罠にかかったぞ! 裏山で……『トゲイノシシ』をしとめた!」


「何だと!? あの凶暴な魔物か!?」


ガノスや村の男たちがざわめいた。


『トゲイノシシ』——それは、この地域の裏山に棲息する、体長二メートルを超える凶暴な豚型の魔物だった。背中に硬いトゲを持ち、肉量は凄まじいのだが……大きな問題があった。


村の中央広場に運び込まれた巨大なトゲイノシシの死体を囲み、村人たちは困惑した顔で見下ろしていた。


「せっかく肉の山山だが……食えるのか、これ?」


「無理だよ……。トゲイノシシの肉はゴムみたいに硬くて、噛み切ることもできねぇ。それに、独特の酷い獣臭さと……微弱な『魔毒』があるんだろ?」


そう、この魔物の肉は、そのまま焼いて食べると激しい腹痛と下痢を引き起こす「微毒」が含まれており、獣臭さも強烈なため、飢饉の村でも放置されてきたのだ。


ガノスは無念そうに固い肉を触った。


「肉が硬すぎて煮込んでも噛めないし、腹を下すとなれば……せっかくの肉だが、捨てざるを得んか……」


(待ってーーーーーっ!! 捨てるなんてとんでもない!!)


胎内のサリマは叫んだ。


(二メートルを超える肉の山よ!? タンパク質と脂質の宝庫じゃないの! 微毒? 筋肉の硬さ? 獣臭さ? そんなのバイオの加工技術で100%解決できるわよ!!)


サリマは前世の肉類加工学の知識をフル回転させた。


(魔毒の正体は、魔物が持つ特殊な微小タンパク質毒素。熱と塩、そして発酵の力で完全に分解(失活)できる! さらに、肉の強烈な硬さは……私が3月に作らせた『麦芽(モルト)』に含まれるタンパク質分解酵素(プロテアーゼ)に漬け込めば、酵素が肉の繊維をズタズタに切って、トロトロに柔らかくしてくれるのよ!)


サリマは作戦を開始した。


(お父さん! 捨てないで! 麦芽シロップと塩で肉を漬け込ませるのよ!!)


サリマは【キン】の力を使って、母エリスの皮膚から「甘酸っぱい芳香」を放出させ、ガノスの脳内へヒラメキを伝えた。


「……待てよ」


ガノスが不意に呟いた。


「ガノス様……?」


「あの麦芽シロップだ。あの甘い麦芽の汁には、固い麦を柔らかく溶かす力があったろう? もしかしたら……この硬い肉も、塩とあの麦芽汁に漬け込んだら、柔らかくなるんじゃないか……?」


「えっ……? 肉を甘い麦芽に漬けるのですか!?」


「ためしに、少しだけ切り取って試してみよう! かまどの煙で燻製にすれば、臭みも消えるかもしれん!」


ガノスはトゲイノシシの肉を薄く切り分け、サリマが誘導した通りに「大量の塩と、水で薄めた麦芽汁」に数時間漬け込み、かまどの薪の煙でじっくりと燻製(発酵生ハム化)にさせた。


数時間後——7月8日の夜。


ボロ小屋の中に、今まで嗅いだこともないような、香ばしく濃厚な「お肉の焦げる良い匂い」が立ち込めた。


「ガノス様……煙の中から、すごく香ばしい匂いがしてきますわ……!」


エリスが目を輝かせる。


ガノスはかまどの網から、木炭のように黒く燻されたお肉を取り出した。表面はカリッとしており、ナイフを入れると——。


サクッ……。


「な……!? ナイフが……すんなり通るぞ! あのゴムみたいに硬かった肉が、嘘みたいに柔らかくなっている!」


ガノスは驚愕しながら、スライスした肉を一口口に含んだ。


「……っ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!!」


ガノスの目が飛び出さんばかりに見開かれた!


「う……美味い……!! 美味すぎる……!! 獣臭さがまったく無い! 麦芽の酵素で肉が口の中でハラハラと解け、噛むたびに塩気と濃厚な旨味が溢れ出してくる……! 腹の激痛も一切来ないぞ!!」


「本当ですかガノス様!? 私も……まあっ! なんて香ばしくて柔らかいのでしょう……! まるで王侯貴族が食べる高級な燻製肉(ジビエ)ですわ!」


ふたりは感動に震えながら、絶品の「魔物発酵生ハム」を味わった。


(大成功ね……! 麦芽酵素で肉質を軟化させ、塩と煙の熱で魔毒を失活・分解し、さらに発酵菌で旨味成分(イノシン酸・グルタミン酸)を倍増させたのよ! これで村は、小麦だけでなく『極上の肉のタンパク質』まで手に入れたわ!)


翌日、村人80人全員にこの「魔物発酵生ハム」が振る舞われ、村中に歓喜の叫びが巻き起こった。


「うおーっ! あのトゲイノシシが、こんなに美味い肉になるなんて!」


「噛み切れる! 旨味がすごいぞ! これなら山で魔物を狩れば、いくらでも肉が食えるじゃないか!」


アルカ村は、サリマのバイオ知識によって「魔物ジビエの加工技術」という、新たな生き残り手段を手に入れたのだ。


8月25日(受精後 175日目/誕生まであと122日)


朝夕の風にほんのりと秋の気配が混じり始めた、8月下旬。

草木には朝晩の寒暖差で「白く光る朝露」が降り、秋の訪れを告げていた。


村の畑では、サリマのコンポスト農法で育てられた雑穀が、例年の数倍も力強く緑の穂を伸ばしていた。魔物ジビエの成功もあり、村人80人の表情には、これまでにない活力があふれていた。


しかし、8月25日の昼過ぎ。

その平和を切り裂くように、村の入口から荒々しい馬の蹄の音が響いてきた。


ダッ、ダッ、ダッ……!


「おい! 泥人間ども! 出迎えろっ!!」


怒号とともに乗り込んできたのは、隣領の代官の手下である、あの髭面の徴税人たち(三人)だった。


村人たちの顔から一瞬で血の気が引く。


ガノスが固い表情で、駆け寄って深々と頭を下げた。


「代官様の手下の方々……このような時期に、一体何の御用でしょうか……?」


髭面の男は馬の上から鞭をパチンと鳴らし、冷酷な目で村を見下ろした。


「ふん! 来月は収穫の秋だ! 今日は『年貢の事前査定(見分)』に来てやったのだ!」


「査定……でございますか」


「そうだ! 聞けば今年は少し畑の出来が良いそうじゃないか。言っておくがな、収穫がいくら増えようが、約束通り収穫の【半分(50%)】は年貢として容赦なく持っていくからそう思え!」


「「「っ……!!」」」


村人たちが息を呑み、拳を握りしめた。


「さらにだ!」


徴税人はニヤリと下品な笑みを浮かべた。


「噂によれば、この村でなにやら甘い菓子を作っているそうだな? その年貢として納めさせる小麦の一部を使って、『甘いビスケット』を焼き、代官様へのお茶請けとして献上しろ! 分かったな!」


「そ、そんな……! 半分の年貢を取られた上に、お菓子まで焼いて納めるなど……俺たちの食べる分がなくなってしまいます!」


ガノスが声を絞り出したが、徴税人は鞭を振り下ろし、ガノスの足元の地面を激しく叩いた。


パシィィィンッ!


「だまれ! 嫌なら村ごと焼き払うぞ! 来月、収穫の半分とビスケットをきっちり用意しておけ!」


徴税人たちは捨てゼリフを残し、高笑いしながら去っていった。


……広場に残されたのは、凍りついたような沈黙と、絶望の空気だった。


「半分……やっぱり半分も持っていかれるのか……」


「その上、ビスケットまで焼いて差し出せだなんて……」


ガノスは地面に膝をつき、血が出るほど強く拳を握りしめた。


ボロ小屋の奥で、母エリスの胸の中にいるサリマ(胎児)は、父の悔しそうな呼吸を聴きながら、静かに目を光らせていた。


(出てきたわね、理不尽な代官の徴税人……! 収穫の半分(50%)を横取りした上に、ビスケットまで要求するなんて……!)


しかし、サリマは前世の社畜バイオ研究者としての冷徹な思考を巡らせた。


(相手は武力を持つ現実の支配者。正面から拒否すれば村が焼かれる。……なら、言われた通り収穫の半分とビスケットを年貢として差し出して、相手の目を完全に満足させてやるのよ!)


サリマは【キン】のスキルの真の使い道を閃いた。


(代官に見せるのは『半分の上納品』だけ。でも、手元に残る『残りの半分』……それを普通に雑穀として食べたら半年で尽きる。……だから、残りの半分を地下の冷暗穴に隠し、『熟成発酵酒(アミノ酸とビタミンが豊富な高栄養液)』として仕込むのよ!)


でんぷんを糖化させ、発酵させることで、消化吸収率を極限まで高める。

そうすれば、残りの半分だけでも、村人80人は誰一人餓死せずに完璧に栄養を摂り、冬を越すことができる!


(税率50%の過酷な現実……! バイオの知恵と発酵の力で、100%裏をかいて生き残ってみせるわ!!)


暗闇の胎内で、サリマの「対・代官・地下熟成酒防衛作戦」が、静かに、そして力強く動き出そうとしていた。


『誕生(12月25日頃)まで:あと122日』

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