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■ 第24節:【3歳0ヶ月(3歳の誕生日)/12月25日】前編

■ 第24節:【3歳0ヶ月(3歳の誕生日)/12月25日】


最果ての地に、今年も本格的な厳しい冬が巡ってきていた。


赤岩山脈の険しい嶺々から吹き下ろす激しい猛吹雪は、アルカ村の屋根や街道をまたたく間に深い白銀の世界へと塗り替えていく。表のボロ小屋の軒下には、大人の腕ほどもある太く透き通った氷柱(つらら)がずらりと垂れ下がり、吹きつける寒風がピシピシと木のドアを叩いていた。


しかし——。


裏山の切り立った赤岩の断崖絶壁、外からはただの一枚岩にしか見えない『結界隠し地下大工房』の内部は、外の極寒が嘘のような温もりと活気に満ち溢れていた。


ドワーフの土魔法による地熱コントロールと、サリマが仕込んだ【キン】の調湿・保温菌のバイオ調湿膜によって、地下大ドームの広場は年中変わらぬ「12度前後・湿度65%」の快適な空気に保たれている。


「とうた! かぁか! こっちのお皿、並べ終えたよ! カイもお手伝いありがと!」


3歳0ヶ月——ついに3歳の誕生日を迎えたサリマは、極上バイオシルクでエリスが綺麗に仕立て直してくれた、雪のように真っ白で柔らかなお祝い着を身に纏い、3歳児らしい力強く滑らかな二足歩行でトコトコと広場を走り回っていた。


その腰には、11月にドワーフのバルドから貰った「サリマ専用の小さな魔法の調合鉢」と革の作業ポーチが誇らしげに揺れている。


「がはは! 早いなぁサリマ! 3歳になって、もう大人顔負けの足取りでお手伝いまでしてくれるなんて、お父ちゃんは本当に誇らしいぞ!」


村長ガノスが目尻を下げ、目から感激の涙をボロポロとこぼしながら、焼きたての大きなジビエ肉の丸焼きを中央の長テーブルへと運び込む。


「本当に……。3年前の今日、あの猛吹雪の夜にこの子が生まれてきてくれた日のことが、まるで昨日のことのようですわ。あの頃は貧しくて、明日食べる穀物すらなくて絶望していたのに……」


エリスがかまどで煮出した温かい野草茶の入った大きな竹筒を抱え、胸がいっぱいといった様子で広場を見渡して微笑んだ。


そう——3年前、飢饉と絶望に喘いでいた最果ての貧村アルカ村は、今や100人を超える村人と避難民が全員お腹いっぱいご飯を食べ、温かい服を着て笑顔で暮らせる『発酵隠密要塞都市』へと完全に生まれ変わっていたのだ。


「サリマ様ーっ! 畑のハウスから、採れたての『カブモドキ』とフレッシュなハーブを持ってまいりましたっ!」


夏に避難民として加わった15歳の少年カイと、13歳の少女リラが、木箱いっぱいに詰まったみずみずしい野菜を抱えて、嬉しそうに駆け寄ってきた。


「カイ! リラ! ありがと! 今日も綺麗なお野菜、たくさん採れたね!」


サリマがニコッと太陽のような満面の笑顔を向けると、カイとリラは「サリマ様のおかげですっ!」と胸を熱くして深く頭を下げた。


カイたちの仲介で秋までに隣領から順次受け入れた20人以上の避難民たちも、今ではすっかり村に馴染み、共有畑や水力粉砕プラントで汗を流す頼もしい仲間となっていた。


サリマは自分の小さな手を見つめ、前世のアラサー社畜バイオ研究者・明日香茅理紗としての記憶と、この3年間で歩んできた軌跡を脳内で感慨深く振り返っていた。


(受精卵というたった一つの細胞からスタートした私の異世界サバイバル……。0歳の頃は首すら据わらず喋れなくて悶絶したけれど、1歳で歩いて喋り始め、2歳でドワーフとの地下工房開拓、カブモドキのキムチ開発、悪徳代官ゴルドーの全家屋破砕捜索返り討ち……)


(そして前節(第23節)では、自業自得で追い詰められた代官ゴルドーの弱みを完璧に突き、裏山の自由開墾・無税採掘の【公式許可証】まで勝ち取った……!)


(泥臭く試行錯誤を重ねてきた私のバイオと科学の知恵が、ついにここまで実を結んだのね……!)


サリマが誇らしく胸を張っていると、結界の入口がすうっと揺らぎ、ドワーフの小頭バルド率いる職人集団、そして村人100人全員が手に手にお祝いの品を抱えて広場へとなだれ込んできた!


「「「サリマ様ーーーーっ! 3歳のお誕生日、おめでとうございますーーーーーっっっ!!!!」」」


地下ドーム全体を揺るがすような、地鳴りのごとき大祝福の歓声が巻き起こった!


◇


【3歳の誕生日大感謝祭】


「サリマ様! 村の子供たち全員で削り出した、木彫りの可愛い動物のセットです!」 「サリマ様、新しい薬草園で採れたハーブを束ねた綺麗な花冠ですよ!」


「みんな、ありがとー! さりま、とっても嬉しい!!」


サリマが3歳児らしいはきはきとした滑らかな言葉でお礼を言うと、村人たちから「可愛い……!」「なんてお利口で賢いお方だぁっ!」と温かな笑顔と歓声が広がった。


ドワーフの小頭バルドが、赤髭を大きく揺らしながら、豪快な足音を立ててサリマの前へ歩み寄ってきた。そして、ドカンと音を立てて豪快に膝をついた。


「サリマ様! 俺たち山嶺のドワーフ族全員からの、3歳の特別なお祝いの品じゃ! 受け取ってくだされ!」


バルドが差し出したのは、重厚な漆黒の金属で鋳造された、掌に収まるほどの精巧な『魔導ルーンの万能調合具(小型フラスコ&加熱精錬台)』であった。


「わぁぁぁ……! バルド、これ……っ! 凄くカッコいい!!」


サリマの目が、バイオ研究者としての本能で爛々と輝いた。


表面にはドワーフの古代ルーン文字が微細に刻まれ、サリマの【キン】の魔力に反応して、微弱な加熱や冷却を指一本でコントロールできる、まさに異世界最高峰のバイオ実験器具(卓上リアクター)だった。


「ガハハハハ! お気に召していただけて光栄じゃ! これを使って、また俺たちを驚かせるような最高のお酒や薬を作ってくだされ!」


バルドが大涙を流して太い手でサリマの肩をポンポンと叩いた。


やがて、地下広場の中央に置かれた大きな炉の火を囲み、サリマの3歳の誕生日の盛大な宴が始まった。


長テーブルの上に並べられたのは、サリマのバイオの知恵と村の絆が生み出した奇跡のご馳走ばかりだ。


サリマが品種改良し乳酸発酵させた「カブモドキのシャキシャキキムチ」、ドワーフの熟成味噌タレでじっくり焼き上げた「岩甲イノシシの極上ジビエ味噌焼き」、サリマの【キン】の酵素で柔らかく仕上がった「発酵生ハム」、そして水力粉砕プラントで挽いた小麦で作ったふんわり焼きたてパン。


「美味いっ!! 美味すぎるぞぁぁぁっ!! 噛むたびに肉汁と味噌の旨味が溢れ出して、外の吹雪なんて完全に忘れちまう!」


「そうだ! お酒だ! 今日の主役、サリマ様が仕込み抜いて作られた……あのお酒を出してくれぇぇぇっ!」


村の若い衆の言葉に、広場にいた全員の視線が一斉に広場の中央へ集中した。


ガノスとバルドが、大切そうに抱えて上がってきたのは、大粘糸グモのクモ糸バイオシルク膜によって不純物を100%削ぎ落とした、あの『至高の透明清酒(水晶・原酒)』が詰まった大型ガラス樽であった。


ガノスが震える手で、ガラス樽のバルブをひねる。


とろ〜り……。


透き通った小杯に注がれたその液体は——不純物が一滴もなく、まるでダイヤモンドや水晶を溶かしたかのように美しく、神聖な光を反射していた。


そして、樽から溢れ出たその香気が、広々とした地下ドーム全体へ広がった瞬間——。


ふっ……ふわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん……っ!!


「「「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!??!?」」」


広場にいた村人100人とドワーフたち全員が、雷に打たれたように完全に硬直した。


熟した果実のような芳醇で甘い香気、清冽な湧き水の透明感、そして胸の奥をふんわりと解きほぐし、全身の血流と細胞を覚醒させるような圧倒的な芳香。


「な……なんだこの香りは……!? 息を吸うだけで、身体の底から熱い元気が湧き上がってくるようだ……!」


「ガハハ……! ドワーフが百人生きて醸す酒すら、この一本の前には泥水に過ぎん……! まさに代官の手下どもには絶対に見せられぬ『至高の水晶(クリスタル・サケ)』じゃぁっ……!」


バルドが感動の涙をボロホロと赤髭にこぼした。


ガノスが全員へ向けて、小杯を高々と掲げた。


「俺たちの村を救い、俺たちに生きる勇気と笑顔を与えてくれた……愛する息子サリマの3歳の誕生日に! そして俺たちの絶対の秘密と絆に……乾杯ーーーっっっ!!」

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