■ 第23節:【2歳9ヶ月〜2歳11ヶ月/9月〜11月(秋〜初冬)】後編
■ 第23節:【2歳9ヶ月〜2歳11ヶ月/9月〜11月(秋〜初冬)】
【代官ゴルドーの失脚危機と絶体絶命の焦り】
「シロップを……今すぐ……ですか!?」
ガノスが驚いて目を見開いた。
徴税人はガタガタと全身を震わせながら、悲鳴のような声で事情を吐き捨てた。
「代官ゴルドー様が……王都の領主様からの激怒を買って、絶体絶命の『失脚危機』に陥っているのだ!!」
「失脚危機……!?」
ガノス、ピート、そして物陰で聞いていたカイたちが息を呑んだ。
徴税人の説明によると、こうであった。
強欲な代官ゴルドーは、日頃の横暴と領地の収穫低迷により、王都の上役(領主貴族)から「成果を出せねば即刻解任し、鉱山へ流罪にする」と激しく叱責されていた。
焦ったゴルドーは、昨年アルカ村から年貢の代わりに回収した『黄金の麦芽糖蜜シロップ』を、「領内の秘伝の超高級甘味」と偽って王都の上役へ献上したのだという。
すると——そのシロップのあまりの濃厚な甘みとフルーティーな香りに王都の貴族が大激賞! 「これほどの至高の甘味は見たことがない! 来週の王都の夜会までに、追加で二箱献上せよ。できねば解任だ」と命じられてしまったのだ!
「だ……代官様は青ざめて、領内の菓子職人を集めて作らせようとしたが、誰一人としてあの味を再現できなかったのだ! あと三日で王都へ出発せねばならんのに、シロップが一滴も残っておらん!!」
徴税人は膝を突き、ガノスの足元にしがみついた。
「頼むガノス村長!! もしシロップが用意できねば、代官様は失脚し、手下のわしも打ち首か流罪だ!! 頼む、シロップを出してくれぇぇぇっ!!」
ガノスとピートは、まさかの展開に絶句した。
(クックック……! ざまあ見なさい、自業自得(身から出た錆)よ!!)
サリマは心の中で激しい冷笑を浮かべた。
前世のアラサー社畜バイオ研究者としてのビジネス知識が、この絶好の機会(相手が詰んでいる状況)を見逃すはずもなかった。
(相手は『命がかかった完全なパニック状態』……! ここで単にシロップをあげるだけじゃ甘いわ。相手の足元を極限まで見て、村にとって永久の利益になる『最高のディール(要求)』を呑ませるチャンスよ!!)
サリマはトコトコとガノスの足元へ歩み寄り、ガノスの服の裾を強く引っ張った。
「お父ちゃん! シロップ、あげる! ……でもね、『紙』書いてもらうの!」
ガノスはサリマの力強い瞳を見て、サリマが何を目論んでいるのかを即座に理解した。
ガノスは表情を冷徹に引き締めると、足元で震える徴税人を見下ろした。
「徴税人様。……シロップをお渡しするのは構いません」
「ほ……本当かっ!? 助かったぁぁぁっ!」
「ですが!」
ガノスの鋭い一言に、徴税人はヒッと息を呑んだ。
「我が村も、過酷な作業の末にわずかなシロップを絞り出しております。代官様の命を救うための追加のシロップ……タダでお渡しするわけにはまいりません」
「な……なにを要求するつもりだ……!? 金か!? 穀物か!?」
ガノスはサリマに教え込まれた通りの「提示書類(要求条件)」を、静かに口にした。
「金も穀物も要りません。代わりに……『アルカ村周辺の裏山および森林地帯の永久自由開墾権・無税採掘権』を公式に認める代官様の署名文書(許可証)をいただきたい!」
「裏山の……開墾権と無税採掘権……!?」
徴税人が目を見開いた。
裏山の切り立った赤岩山脈など、代官にとってみれば「価値のない岩と雑木林の荒れ地」に過ぎない。
「そ……そんなもので良いのか……!? 判を押した許可証なら、今すぐわしが代官様の代理として書く!!」
「交渉成立です。……ピート、裏の壺からシロップを二箱持ってきなさい」
「ハッ! すぐに持ってきますっ!」
ピートが走り出し、ドワーフのガラス瓶に詰められた極上の麦芽シロップ二箱が広場へ運び込まれた。
徴税人は震える手で羊皮紙を取り出し、即座に「アルカ村周辺の森林・山林における永久の自由開墾権および無税採掘権を認める」という公式文書を書き上げ、代官の代理印をドカンッ! と捺印した。
「よしっ! 確かにいただいた!! ガノス村長、命拾いしたぞ!!」
徴税人はシロップの箱を宝石のように抱え込むと、命からがら馬に乗って嵐のように去っていったのだった。
◇
【2歳11ヶ月(11月下旬・初冬の勝利)】
初冬の冷たい風が吹き抜ける11月下旬。
村長ガノスのボロ小屋では、ガノス、エリス、ピート、カイ、そしてサリマが、テーブルの上に置かれた「代官の公印が捺された公式許可証」を囲んで、満面の笑みを浮かべていた。
「やった……! やったぞサリマ……!!」
ガノスが感涙を流しながら許可証を抱きしめた。
「これで……俺たちの裏山の『結界隠し地下大工房』が存在する山林地帯すべてが、代官から公式に『無税の自由開墾地』として認められたんだ! もう、代官の手下どもが山狩りに来ようが、胸を張って『許可証がある』と言えるんだ!!」
「まあ……! なんて凄いことでしょう……!」
エリスも嬉しそうに胸を撫で下ろす。
カイも目を輝かせてサリマを見つめた。
「サリマ様……すごすぎます! 代官の弱みを完璧に突いて、村の安全を公的に勝ち取ってしまうなんて……!」
「カイ、でしょ! シロップ、おいしいから代官もメロメロね!」
2歳11ヶ月になったサリマが、小さな胸を張って「ふふん!」と笑うと、部屋の中にドッとあたたかな笑い声が弾けた。
サリマは窓の外——冷たい風に包まれた裏山の『赤岩山脈』を見つめながら、前世のアラサー社畜バイオ研究者としての胸の中で、誇らしく勝利を噛み締めていた。
(自業自得で追い詰められた悪徳代官の弱みを突き、完璧な法的防衛線(公式許可証)を手に入れたわ!)
(これでもの、裏山の結界地下工房は名実ともに『絶対に手出しできない聖域』になったわ!)
(人手不足も避難民の受け入れと水力プラントで完全解決……! 来月は、ついに私の『3歳の誕生日(12月25日)』よ!!)
1歳から2歳、そして3歳へ——。




