第20節:【2歳2ヶ月/2月(早春への足音)】 代官の支配からの完全な実質独立! 『最果ての発酵隠密要塞』へ
■ 第20節:【2歳2ヶ月/2月(早春への足音)】
代官の支配からの完全な実質独立! 『最果ての発酵隠密要塞』へ
【2歳2ヶ月(2月上旬・早春への足音)】
最果てのアルカ村にも、少しずつ冬の終わりを告げる柔らかな日差しが差し込み始めていた。
「とうた! あっちの畑、雪溶けてきたよ!」
2歳2ヶ月を迎えたサリマは、軽やかな服に身を包み、トコトコと元気いっぱいの足取りで村の中央広場を走り回っていた。
「おお! 本当だなサリマ! 今年は春の訪れが早そうだなぁ」
村長ガノスが作業の手を止め、嬉しそうにサリマの小さな身体をひょいと抱き上げた。
王都の大商人クラウスと「表のボロ小屋」において完全極密の交易協定を結んでから一ヶ月。アルカ村には、代官の誰も知らぬところで劇的な「裏の経済革命」が起きていた。
ガノスとサリマは、クラウスからの「秘密保持の誓約」通り、『裏山の結界隠し地下大工房』の存在も場所も一切明かしていない。
クラウスへの商品の引き渡しは、すべてガノスと信頼できる村の若い衆が結界倉庫から夜陰に乗じて運んだ分だけを、表のボロ小屋で受け渡すという鉄のセキュリティ(情報隔離)を徹底して貫いていた。
「ガノス村長……! 王都のクラウス様の代理人から、今月の『極密取引』の対価が届きましたぞ……!」
狩人ダンが、周囲に誰もいないことを確認してから、ボロ小屋の奥へとひとつの重厚な革袋を運び込んできた。
ガノスが静かに革袋の紐を解くと——。
ジャララ……っ!!
薄暗い小屋の中に、眩いばかりの黄金の輝きを放つ【本物の金貨の山】が転がり出た。
「な……なんて数の金貨だ……! こんな大金、一生かかっても見たことがないぞ……!」
ダンが息を呑み、手が震えさせた。
サリマはガノスの腕の中から、その金貨の山を満足そうに見つめた。
(ふふふ……! 成功よ! これぞ前世のアラサー社畜バイオ研究者としての戦略的『二重構造』作戦の成果ね!!)
【表の顔(対代官ゴルドー)】
秋に結んだ『減税交渉(穀物30%+麦芽糖蜜シロップ10本)』を粛々と納め、「貧しいけれど、シロップを納めてくれる素直で扱いやすい集落」と思い込ませて油断させ、二度と無理な家宅捜索に来させない。
【裏の顔(村の本当の姿)】
ドワーフの古代魔法で隠された地下大工房で、至高の透明清酒『水晶』と『熟成生ハム』を量産。それを王都の大商人クラウスへ金貨十枚という破格の高値で卸し、莫大な資本とドワーフの鉄具・防衛力を蓄え続ける。
代官は自分たちが「支配している」と信じ込み、満足しているが……本当は村の方が代官を掌の上で転がし、実質的な『完全独立』を果たしていたのだ!
◇
【地下大工房の拡張と『バイオシルク・プラント』の建設説明】
そして、裏山の切り立った赤岩の断崖絶壁——外からはただの一枚岩にしか見えない『結界隠し地下大工房』の中では、さらなる未来に向けた「新しい大型計画」が着工されていた。
「ガハハハハ! サリマ様、ご覧くだされ! 例の『シルク工場区画』の土台掘削が、完了いたしましたぞ!」
ドワーフの小頭バルドが、冷えた「水晶清酒」の小杯を手に、豪快に赤髭を揺らした。
「バルド、すごい! すごく広いね!」
サリマがトコトコと駆け寄り、新しく削り出された広大な地下区画を見渡した。
そう——12月に討伐した魔獣『大粘糸グモ(ポイズン・アラクネ)』の糸から、サリマが【キン】の酵素精練で抽出した「極上バイオシルク」。その圧倒的な強度と手触り、そして何より「清酒『水晶』を不純物ゼロにろ過するナノフィルター膜」としての絶大な価値を確信したサリマとドワーフたちは、この糸を自給自足し、さらに将来的な超高級品として継続生産するための『バイオシルク抽出・養殖工場』の増設を始めていたのだ!
バルドが壁面に設置された大型の鉄製設備を指さした。
「サリマ様のご指示通り、工場内は三つの専用プラントに分かれております!」
サリマは前世のアラサーバイオ研究者・明日香茅理紗としての知識を巡らせながら、完成しつつある工場の仕組み(システム)を一つひとつ確認していった。
【第一区画:大粘糸グモの極密養殖(糸吐きケージ)区画】
討伐した大グモが残していた卵から孵化した幼体や、捕獲した小型のクモ魔獣を、ドワーフ特製の頑丈な鋼鉄ケージで安全に飼育するエリア。
餌には、村で獲れたトゲイノシシの残穀や解体くずを活用。ケージの底部には「自動糸巻き機構」が設置され、クモを傷つけることなく、吐き出される糸を安全にドラムへ巻き取ることができる持続可能な飼育システムだ。
【第二区画:バイオ酵素精練・デガミング(解体洗滌)槽】
巻き取られたドロドロの粘着毒糸を、サリマの【キン】のスキルから培養した「発酵酵素液」に漬け込む巨大な石造りの温水槽。
ベタベタした表面の粘着毒素だけを選択的に酵素分解し、芯にある高強度のタンパク質繊維だけを100%の純度で抽出し、雪のように真っ白な極上シルク糸へと変貌させるプラントである。
【第三区画:ナノろ過フィルター製膜&高密度織布工房】
精製されたバイオシルク糸を、ドワーフの超精密織機を使ってミクロ単位の網目に織り上げる作業場。
ここで生産された「バイオシルク膜」は、清酒『水晶』をナノレベルでろ過するフィルターとして自給自足されるだけでなく、将来的に王都クラウス経由で「王族用超高価格防ぐインナー」としても極少数が機能することになる。
「完璧ね、バルド……! これで清酒をろ過するフィルターも永久に自給できるし、最高のシルクも作れるわ!」
「ガハハ! これもすべてサリマ様のバイオの知恵のおかげじゃ! ドワーフの技師どもも張り切って作業しておりますぞ!」
地下工房内では、サリマの【キン】の調湿膜のおかげで年中12度・湿度65%が保たれ、無数の大型熟成樽と、発酵キムチ・ジビエ生ハムの壺、そして新設されたシルク工場が、静かに次の熱気を帯びていた。
村人80人は誰一人飢えることなく、ドワーフから提供された頑丈な鉄具と、豊富な栄養(アミノ酸・ビタミンC)で、全員がツヤツヤとした健康な笑顔を浮かべていた。
かつて飢饉と悪徳代官の搾取に怯え、骨と皮だけになって死を待つだけだった「最果てのアルカ村」。
いまやそこは、誰も侵すことのできない、世界で最も豊かで温かい『発酵・隠密要塞都市』へと完全に生まれ変わっていたのだ。
◇
【フィナーレ・2歳の誓い】
夕刻。
夕陽が赤岩山脈を黄金色に染め上げる時間。
ボロ小屋のあたたかな囲炉裏の傍らで、ガノスとエリス、そして2歳2ヶ月になったサリマが三人で静かに並んで座っていた。
「サリマ……」
ガノスがサリマの小さな手を両手で優しく包み込んだ。
「お前が胎内にいたあの300日間から……今日まで。お前が見せてくれた知恵と笑顔が、俺たちを、そしてこの村全体を救ってくれた。本当にありがとうな……」
「ええ……! あなたは私たちの、この最果ての地の奇跡の『福の子』ですわ……!」
エリスが涙を流しながら、サリマの柔らかい頬に何度も優しいキスを贈った。
両親の深い愛、村人たちの笑顔、ドワーフたちの信頼。
サリマは小さな手で二人の指をぎゅっと握り返し、胸の奥から込み上げる温かい感情に満たされた。
前世の二十九歳社畜バイオ研究者・明日香茅理紗だった頃、一人ぼっちの暗いラボで深夜までパソコンの画面を見つめ、誰からも感謝されずに寂しく倒れて死んだ記憶。
けれど今——自分にはこんなにも深く愛してくれる家族がいる。自分の科学とバイオの知恵で手に入れた、かけがえのない平和と仲間の笑顔がある。
(……あきらめずに試行錯誤を重ねてきて、本当によかった……!)
エリスが器から、サリマが大好きな「黄金色の麦芽シロップ」を木匙でひと滴すくうと、そっとサリマの小さな唇へ乗せてくれた。
ちゅ……ちゅぽ。
(……っ〜〜〜〜〜〜〜!! 甘い!! やっぱりこの麦芽シロップの味は、世界で一番美味しいわ!!)
サリマはちゅうちゅうとシロップを味わうと、ニカッと太陽のような満面の笑顔を浮かべた。
「とうた! かぁか! 村を守れたね! さりま、だいすき!」
「「サリマ……!!」」
ガノスとエリスが、愛おしそうにサリマを抱きしめた。
サリマは両親の膝の上でしっかりと自立し、力強い瞳で窓の外に広がるアルカ村の風景を見つめた。
(胎内サバイバルから始まった私の幼少期バイオ物語は、これで大成功の完結よ!)
(これからは、2歳のこの足で立ち上がり、もっと高度なバイオテクノロジーと科学の知恵を使って、この村を……そしてこの世界を、もっともっと豊かで面白い場所にしてみせるわ!)
(そしていつかお父さんとお母さんと一緒に、堂々とあの『至高の水晶清酒』で最高の家飲みをしてやるんだから!!)
家族の溢れる深い愛と、試行錯誤の科学の知恵、そして甘い麦芽シロップの味とともに——。
2歳を迎えた天才バイオ幼児サリマの新しい異世界人生は、さらなる希望と美味にあふれた未来へ向かって、どこまでも力強く、輝かしく歩み続けていくのだった。
(第三部・1歳〜2歳編:結界隠し倉庫&バイオ開拓・実質独立記 完)




