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第16節:【1歳10ヶ月/11月(初冬)】 「ドワーフの若者たちの移住」と『地下発酵工房』の拡張

■ 第16節:【1歳10ヶ月/11月(初冬)】


「ドワーフの若者たちの移住」と『地下発酵工房』の拡張

【1歳10ヶ月(11月初旬・初冬)】


最果てのアルカ村に、初冬の冷たい風が吹き抜け始めていた。 山々の落葉樹は完全に葉を落とし、朝方には畑の土がカチカチに凍りつく季節。しかし、村の中央広場から裏山へ続く街道は、寒さを吹き飛ばすような熱気と掛け声に包まれていた。


「そーら、引けぇっ! 焦るな、一本ずつ慎重に運ぶのじゃ!」


ドワーフの小頭バルドの地響きのような大声が響く。 裏山の切り立った赤岩の断崖絶壁——あの『結界隠し地下倉庫』の前に、十数人ものドワーフの腕利き職人たちが集結していた。彼らが担ぎ込んでいるのは、黒く光る巨大な耐熱用特殊鉄板や、精密に削り出された石造りの通風管、そして巨大な醸造用木樽のパーツであった。


「とうた! あっち、気をつけて! 鉄、重いよ!」


1歳10ヶ月を迎えたサリマは、自分用に作ってもらった小さな作業服を着込み、自力での二足歩行でトコトコと現場を走り回りながら、小さな手で指示を出していた。


「がはは! 分かってるよ、サリマ! お前が監督だと、職人どももいつも以上に気合いが入るなぁ!」


ガノスが汗を流しながら、巨大な木材を運ぶ手助けをしている。


そう、10月の秋の収穫期、代官ゴルドーへの『減税交渉(穀物30%+麦芽糖蜜シロップ10本)』を見事に成功させたサリマ。村の手元に大量の穀物と自由が残されたことで、サリマとドワーフのバルドが画策していた『地下大拡張作戦(バイオ発酵コンビナート建設)』が本格的に着工されたのだ。


「サリマ様ーっ! 鍛冶場の炉の排煙管、角度はこれでよろしいでしょうかっ!?」


顔を煤で黒くしたドワーフの若手鍛冶師が、1歳10ヶ月のサリマの前で深く頭を下げ、羊皮紙に描いた設計図を差し出してきた。


サリマは小さな指で設計図の排煙ダクトのカーブ部分を指さし、ハッキリとした口調で言った。


「ここ、曲がりすぎ! 煙、溜まる! もう少し……ふんわり曲げる! そうすると、空気、よく流れるよ!」


前世の29歳アラサーバイオ研究者・明日香茅理紗としてのプラント設計や流体力学の知識が、1歳10ヶ月の幼い言語能力を通じて的確にアウトプットされる。


「な……なるほどっ! 煙の抵抗(流体抵抗)を減らすためですねっ! 流石はサリマ様、目から鱗ですっ! すぐに直しますっ!!」


若手ドワーフは感涙を流して深く礼を言うと、作業現場へと走っていった。


「ガハハハハ! おいおい、俺たちの熟練技師が、1歳10ヶ月のサリマ様に教わっておるぞ!」


バルドが太い赤髭を揺らし、お腹を抱えて大爆笑した。


「でもバルドさん、サリマの言う通りに直すと、炉の火力が全然違ってくるのよねぇ」


エリスが温かい発酵野草茶を差し出しながら、愛おしそうにサリマの頭を撫でる。


サリマは「かぁか、お茶ありがと!」と笑顔で竹筒を受け取り、ゴクゴクと喉を鳴らした。


(ふぅ〜っ! 現場監督(?)の仕事も慣れてきたわね! ドワーフの頑固職人たちも、理由(エビデンス)を分かりやすく説明してあげれば素直に従ってくれるから仕事がやりやすいわ!)


サリマの胸の中で、研究者としての血が騒いでいた。


この『地下拡張施設』は、単なる荷置き場ではない。 ドワーフの鉄具加工を行う『地下精密鍛冶場』と、サリマのバイオ技術を集約させる『大規模低温発酵工房』を完全一体化させた、異世界初の高効率生産プラントなのだ!


◇


【1歳10ヶ月半(11月中旬)】


工事はドワーフたちの並外れた筋力と職人技、そしてサリマの適切な設計指示によって、驚異的なスピードで進められた。


裏山の結界(マナ・カモフラージュ)を潜り抜けた先——そこには、以前の隠し倉庫の実に三倍以上の広さを持つ巨大な地下ドーム空間が誕生していた。


「す……凄い……! これが俺たちの新しい地下工房か……!」


村の若い農夫ピートが、あぐりをかいたまま呆然と周囲を見回した。


地下ドームは二つの区画に綺麗にセパレートされていた。


右側の区画は、ドワーフたちが腕を振るう『地下鍛冶場』。 サリマのアドバイスで作られた特殊排煙ダクトにより、炉の煙や熱気は結界を通り抜け、裏山の山頂近くの密林の隙間から目立たないように排出される。ここではドワーフたちが常駐し、農具や狩り用の鉄具、そして醸造用の鉄製タンクを24時間体制で鍛え上げることができるのだ。


そして左側の区画こそ、サリマの本丸——『バイオ大発酵工房』である。


ドワーフが作った大型の木樽や素焼きの巨大土壺が数十個も整然と並び、床にはドワーフの土魔法とサリマの【キン】の調湿膜によって、年中「12度前後・湿度65%」の完璧な恒温恒湿環境が維持されていた。


バルドが感動に震える手で、巨大な熟成樽の表面を撫でた。


「完璧じゃ……。熱気を逃がす鍛冶場と、恒温を保つ発酵工房が、完璧な空気の循環(排熱・吸気システム)によって共存しておる。サリマ様……お前さんは本当に、天から降ってきた技術の神様じゃな」


「バルド、ちがうよ! さりま、バイオ研究者……じゃなくて、みんなのサリマだよ!」


サリマがトコトコと駆け寄り、バルドの太い脚に抱きつくと、バルドは「ガハハ! そうじゃな、俺たちのサリマ様じゃ!」と涙を流して抱き上げた。


ガノスも感無量といった様子で、完成した地下工房を見渡した。


「これで……ドワーフの職人さんたちが村に常駐してくれる。代官の手下に怯えることなく、裏山の中で最高の道具とお酒を作り続けられるんだな」


「ええ、ガノス様。サリマが導いてくれたこの場所が、私たちの村の新しい『心臓』になりますのね」


エリスが優しく微笑み、ガノスの手に自分の手を重ねた。


(うん……! 武力(ドワーフの鉄具)、生産力(地下工房)、そして秘匿性(結界魔法)……! アルカ村の自立基盤が、これで完璧に完成したわ!)


サリマはバルドの腕の中で、満足そうに「ふふん!」と胸を張った。


◇


【1歳10ヶ月末(11月下旬)】


地下大発酵工房の完成に伴い、さっそく新しい『醸造・熟成プロジェクト』がスタートした。


サリマは1歳10ヶ月の小さな足で、ズラリと並んだ巨大木樽の間をトコトコと巡回していた。


「ここ! 麹(こうじ)、もう少し入れる! 温度、1度下げる!」


「ハッ! すぐに温度調整の冷水管を絞りますっ!」


ドワーフの醸造担当職人が、サリマの指示に従って素早くバルブを操作する。


サリマは木樽の表面に小さな手を触れさせ、スキル【キン】を発動させた。


(ターゲット設定:巨大木樽内の雑穀醪(もろみ)! 10月の減税成功によって手元に余った大量の雑穀(5.25トン)を惜しみなく投入! 乳酸菌の増殖を優先させて雑菌を完全にシャットアウトし、野生酵母の低温長期発酵を誘発しなさい!)


これまでは小さな素焼きの土壺でしか仕込めなかった熟成酒だが、ドワーフの大型木樽と大発酵工房の完成により、仕込み量はこれまでの十倍以上へと跳ね上がっていた。


それだけではない。 サリマは7月に開発に成功した「カブモドキの発酵キムチ」や、「魔物ジビエの味噌漬け肉」の大型貯蔵タンクもこの工房内に設置させ、村の保存食の生産効率を何倍にも引き上げていたのだ。


「サリマ様ーっ! 鍛冶場の方で、新しい『鉄のスキ(農具)』が完成しましたっ! ご検分をお願いしますっ!」


若手ドワーフが、できたての眩しく光る鉄のスキを大切そうに抱えて走ってきた。


サリマはトコトコと鍛冶場区画へ移動し、小さな手でスキの刃先を慎重に触った。


(ふむふむ……ドワーフの鍛冶技術に、前世の金属工学の知恵(焼き入れ温度の均一化)をアドバイスしたおかげで、しなりと硬度のバランスが完璧ね! これならどんなカチカチの硬い土でも、一回で深くまで耕せるわ!)


「うん! すごい! 刃、強い! これなら、畑のお土、フカフカになるよ!」


サリマが親指をグッと立てて「サムズアップ」をして見せると、若手ドワーフたちは「サリマ様に褒められたぞーっ!」「うおぉぉっ、最高の道具だーっ!」と大歓声をあげて抱き合った。


作業を見守っていたガノスとエリス、そしてピートたち村人も、あたたかな笑い声をあげる。


「ははは、サリマはすっかりドワーフの職人たちの『小さな師匠』だな!」


「ええ。サリマが『あっち!』『これ、ちがう!』って言うと、頑固なドワーフさんたちが一目散に修正しに行くのが、おかしくって……!」


エリスが口元を押さえてクスクスと笑う。


サリマはみんなの笑顔を見渡し、胸の中で温かい満足感に満たされていた。


(前世の私は、一人ぼっちのラボで深夜まで論文を書いていた。誰からも評価されず、ただすり減っていくだけの毎日だった……)


(でも今は違う。私が学んできた科学とバイオの知恵が、大好きな家族を救い、村人を笑顔にし、誇り高いドワーフたちと固い絆を結んでいる……!)


1歳10ヶ月の小さな身体。 だけど、その瞳には前世の社畜時代には決してなかった、溢れんばかりの希望と情熱が宿っていた。


だが、サリマの開拓とバイオ革新は、まだまだ止まらない。


初冬から本格的な猛吹雪の冬へ向かう1歳11ヶ月——。 裏山の奥深くに潜む、凶暴な魔物『大粘糸グモ(アラクネ)』の討伐と、その糸を使った『天然絹糸(シルク)・ナノろ過膜革命』という、さらなる衝撃の展開が待ち受けていた。


最果てのアルカ村と地下大工房の物語は、冬の澄み切った空気とともに、より一層の輝きを放ちながら未来へ向かって進んでいくのだった。


(お父さんたちが環境を整えてくれた……。なら、ここからは私のミクロのスキルの出番ね!)


サリマはガノスに抱っこされ、新しく中央の架台に並べ替えられた壺の群れに近づいた瞬間、そっと小さな手で壺の表面に触れた。


(スキル【キン】——発動!)


サリマは集中力を極限まで高めた。


(ターゲット設定:土壺の周囲および素焼きの隙間! 腐敗を引き起こす黒カビ菌の増殖代謝を抑制! 代わりに、環境に害のない有用な『乳酸菌』と『安全な野生酵母』の占有率を高め、カビの侵入を生物学的にブロック(競争的排斥)するのよ!!)


目に見えないミクロの攻防。

サリマの指先を通じて、微細な生命のバランス調整が壺全体へと広がっていく。


魔法のように一瞬で清浄になるのではない。土の中に元々存在する菌の勢力図をほんの少し書き換えることで、カビが二度と繁殖できない「安全な常在菌環境」を作り上げたのだ。


数日後。


ガノスが再び地下穴の点検に訪れた。


「……不思議だ」


カンドラの光で壺の表面を検分していたガノスが、思わず感嘆の声を漏らした。


「あれだけ湿気でカビかけていた壺が……すっかり表面が乾燥して、カビの跡も綺麗に消えている。まるで、良い菌が悪いカビを追い払ったみたいだ……」


ガノスはそっと壺の肌を撫で、傍らでエリスに抱かれているサリマを見つめた。


「サリマ……お前は本当に、不思議な子だな。村の食べ物も、お酒も、お前が見守ってくれている気がするよ」


「あー……うーっ!」


(ふふん、お父さん! 私のバイオ技術があれば、地下の熟成酒は絶対に腐らせないわ! 代官なんかに渡さない、最高の秘伝酒に育て上げてあげるんだから!)

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