第15節:【1歳9ヶ月/10月(秋の収穫期)】 「年貢交渉」の開始! ビスケットから『最高級・麦芽糖蜜』への商品変更提案
■ 第15節:【1歳9ヶ月/10月(秋の収穫期)】
「年貢交渉」の開始! ビスケットから『最高級・麦芽糖蜜』への商品変更提案
【1歳9ヶ月(10月初旬・秋の収穫期)】
実りの秋が、最果てのアルカ村に訪れていた。
8月の代官ゴルドーによる全家屋の破壊捜索という未曾有の危機を、ドワーフの古代魔法『結界隠し倉庫』とサリマの事前退避作戦で見事に返り討ちにした村人たち。壊されたボロ小屋は、ドワーフからもらった頑丈な鉄の道具を使い、村人全員で力を合わせて以前よりも頑丈で温かい家として即座に建て直されていた。
そして今、共有畑には黄金色に実った雑穀と、サリマがバイオ品種改良を施した巨大な根菜「カブモドキ」がずっしりと収穫の時を迎えていた。
「見てくれ村長! 今年の収穫は過去最高だ! 雑穀だけで7.5トン(7,500kg)、カブモドキも2トン以上獲れたぞ!」
村の若い農夫ピートが、汗を拭いながら弾んだ声で報告する。
「ああ、土壌のコンポスト改善とドワーフさんの鉄具のおかげだ。……だが、ピート」
村長ガノスは畑の黄金色の穂を見つめながら、少し表情を陰らせた。
「代官ゴルドーは8月の捜索で何も出ず、面目を潰されて怒り狂っている。例年通りなら、今年もこの収穫の【半分(50%)の3.75トン】を容赦なく強奪しに来るだろう。それどころか、腹いせに年貢の割合を引き上げてくる可能性すらある……」
「そんな……! 8月の件で反省するどころか、さらに搾取を強めるつもりですか!?」
ピートが怒りで拳を握りしめた。
その傍らで、小さな手押し車を押しながら収穫の手伝いをしていた1歳9ヶ月のサリマは、トコトコと二本の足でガノスのもとへ歩み寄った。
「お父ちゃん! こわくない! さりま、いい考え、ある!」
サリマは1歳9ヶ月になり、自分の足で元気に走り回り、複雑な言葉の会話も日常的にこなせるようになっていた。
ガノスが驚いて屈み込み、サリマの目線に合わせる。
「サリマ……? いい考えって、代官の手下どもに年貢を奪われない方法があるのか?」
「うん! びすけっと、だめ。お腹痛くなるから代官おこる。……だからね、これ! 『黄金のシロップ』あげる!」
サリマは小さな手押し車の籠から、ひとつの美しいガラス小瓶(ドワーフの交易品)を取り出してみせた。 中には、透き通った琥珀色に輝く、とろりと濃厚な液体——サリマが胎内時代から仕込み抜いてきた、純度100%の『高濃度・天然麦芽糖蜜』が光を反射していた。
「シロップ……? あの、サリマが赤ん坊の時から作っていた、甘い麦芽のスープか?」
「そう! びすけっとは形が残るから疑われる。でも、このきらきらシロップはね、貴族の『こうきなお砂糖』とおなじ! 代官、これ見たら、めが『¥』になるよ!」
サリマは小さな手で目を丸くして笑ってみせた。
前世のアラサー社畜バイオ研究者・明日香茅理紗としての脳内戦略は、すでに完璧に組み立てられていた。
(武力で突っぱねるだけじゃなく、相手の『強欲(利益)』を突く経済的ディール(減税交渉)を仕掛けるのよ! 代官ゴルドーや徴税人が欲しいのは、不快なお腹下しビスケットじゃない。王都の商人や貴族に高値で売れて、自分たちの懐に金貨が転がり込む『高級な甘味資産』なの!)
サリマはガノスの手をギュッと握り、力強い瞳で見つめた。
「お父ちゃん! 穀物50%はとられすぎ! 『穀物30%+黄金シロップ10瓶』で『交際(交渉)』するの! 代官、ぜったい『うん』って言うよ!」
「穀物を30%に下げさせて、代わりにこの麦芽シロップを納める……減税交渉だと……!?」
ガノスは息を呑んだ。1歳9ヶ月の我が子が提示した、あまりにも論理的で完璧な『利害一致の取引(ウインウイン交渉)』に、鳥肌が立つほどの衝撃を受けたのだ。
◇
【1歳9ヶ月半(10月中旬)】
収穫期の終わり、案の定、隣領の代官の手下であるあの髭面の徴税人が、三十人の武装兵士を引き連れてやってきた。 8月の抜き打ち捜索で何も出なかった腹いせか、徴税人の顔は極限まで不機嫌に歪んでいた。
「おい泥人間ども!! 年貢の回収だ!! 今年の収穫を出せっ!!」
徴税人が馬の上から不快そうに鞭を鳴らす。
ガノスは事前にサリマから教え込まれた通りの「威風堂々とした態度」で、一歩前へ出た。
「徴税人様、お待ちしておりました。今年の収穫7.5トンのうち、ご規定の【30%にあたる2.25トンの穀物】を用意してございます」
「……ああん!?」
徴税人が目を見開き、馬の上から身を乗り出した。
「30%だと!? ふざけるなよ村長!! 年貢は収穫の『半分(50%)』と決まっているだろうが!! 貴様、命が惜しくないのか!!」
「まあまあ、徴税人様。どうかお聞きください」
ガノスは少しも怯むことなく、懐から一つの重厚な木箱を取り出した。 箱のフタを静かに開けると、そこにはドワーフの精巧なガラス瓶に詰められた、黄金色に輝く10本の『天然麦芽糖蜜シロップ』が整然と並んでいた。
秋の爽やかな風に乗って、フルーティーでどこか気品のある、とろけるような甘い香りが周囲に漂い出す。
「な……なんだこの匂いは……!?」
徴税人と兵士たちが、思わず鼻を鳴らして目を丸くした。
「これは……我が村に代々(?)伝わる秘伝の技術で抽出した、純度100%の『黄金の麦芽糖蜜』でございます」
ガノスはサリマに教わった通りの「セールストーク」を滑らかに口にした。
「代官様やお役人様方には、これまでビスケットをお納めしてまいりましたが……固いお菓子はお口に合わなかったご様子。そこで今年は、王都の最高級貴族やお姫様方しか口にできないという、至高の甘味『液体黄金』をご用意いたしました」
「え……王都の最高級貴族の甘味だと……!?」
徴税人の喉がゴクリと鳴った。
「このシロップを一滴、お茶やワインに垂らせば、どんな安い飲み物も王宮の極上酒へと変わります。また、王都の貿易商人に持ち込めば、この小瓶一本で『金貨数枚』の値がつく代物でございます」
「き……金貨数枚だとぉぉぉっ!?」
徴税人の目が、サリマの予想通り「¥(強欲)」の形に変わった。
「代官様がこのシロップを王都の商人にお売りになれば、穀物数トンなど比較にならないほどの巨万の富が、代官様の私腹……ゴホン、公金に入ることでしょう。……どうでしょう? 穀物を50%から30%に減税していただく代わりに、この『黄金シロップ』を毎年10本、代官様への特別献上品として納めるというのは?」
徴税人は馬から飛び降りると、震える手で小瓶を取り出し、蓋をぽんと外した。
とろ〜り……と指先に垂れた琥珀色のシロップを、我慢できずにペロリと舐める。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!!」
徴税人の身体が、落雷に打たれたように硬直した!
(う……美味い……!! 美味すぎる……!! なんだこの濃厚で気品のある甘みは……っ!? 砂糖などという粗末なものとは比べものにならん! 喉を通り抜けた瞬間、頭が痺れるほどの多幸感が全身を駆け巡る……!!)
「ほん……本当に金貨で売れる……! いや、王都の公爵様や貿易商人が喉から手が出るほど欲しがる幻の逸品だ……!!」
徴税人はハッと正気に戻ると、小瓶を割らないように大切に抱え直し、ガノスを凝視した。
「そ……そのシロップ、本当に毎年10本……いや、来年は15本用意できるのだな!?」
「はい。年貢の穀物割合を30%に下げていただけるというお約束を文書で交わしていただけるなら、毎年確実に納めさせていただきます」
「決まりだーーーーーっっっ!!!」
徴税人は叫んだ。
「穀物は30%(2.25トン)で良い! その代わり、このシロップ10本は今すぐ回収する! 代官様へのお届けものだ!!」
「ありがとうございます、徴税人様」
ガノスが深々と頭を下げる。
徴税人はシロップの箱を宝石でも扱うかのように大切に馬車へ載せると、穀物2.25トンだけを積み込み、大興奮の様子で「急いで城砦へ戻るぞ!」と風のように去っていったのだった。
◇
【1歳9ヶ月末(10月下旬)】
徴税人たちが街道の向こうへ消え去ったのを確認すると、広場で見守っていた村人たちから、地鳴りのような大歓声が巻き起こった!
「「「やったぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!! 年貢が50%から30%に減ったぞーーーーーっっっ!!!」」」
「信じられない! あの強欲な徴税人が、自分から年貢を減らしてくれるなんて!」 「手元に残る穀物が、例年の1.5倍以上だ! これで冬の食べ物に何ひとつ困らないぞ!!」
村人たちが手を取り合い、涙を流して踊り狂った。
これまで代官に半分(50%)奪われていた年貢が、たった10本の小瓶のおかげで「30%」へと大幅減税されたのだ。手元に残る穀物は5.25トン。さらにサリマが作った「カブモドキのキムチ」や「裏山の熟成ジビエ肉」もある。
アルカ村の食糧事情は、もはや「極貧」から「超・裕福」へと完全に大逆転を果たしたのだ!
ガノスはサリマを抱き上げ、涙を流しながらその小さな頬に何度もキスをした。
「サリマ……! サリマ……! お前は本当に天才だ! 武力で戦うだけじゃなく、相手の欲を利用して減税を勝ち取るなんて……お前は村の救世主だ!!」
「お父ちゃん! 交際(交渉)、大成功! これでみんな、ごはんいっぱい食べられるね!」
サリマが小さな手でガノスの首に抱きつき、ニカッと太陽のような笑顔を見せると、村人全員から割れんばかりの拍手と歓声が送られた。
「サリマ様バンザイ!」「最高の福の子だーっ!」
エリスも涙を拭いながら、サリマとガノスを強く抱きしめた。
ボロ小屋の脇で、陰から様子を見ていたドワーフの小頭バルドも、感心したように太い赤髭をワシワシと撫で回していた。
「ガハハハハ! お見事じゃ、サリマ様! 暴力を使わずに相手を骨抜きにし、村に莫大な実利をもたらす……まさに最高の軍師じゃな!」
バルドはサリマの前で膝をつき、ニヤリと不敵に笑った。
「サリマ様、村の減税も大成功したことじゃし……そろそろ俺たちドワーフと、本気の『地下大拡張』を始めんか?」
「地下大拡張……?」
サリマが首をかしげると、バルドは興奮気味に身を乗り出した。
「おうよ! あの裏山の結界隠し倉庫の隣に、俺たちのドワーフの職人どもを常駐させて『地下鍛冶場&大規模発酵工房』を作りたいんじゃ! サリマ様のバイオの指示を受けながら、最高の鉄具と最高の酒を量産する拠点をな!」
(……きたわね!!)
サリマの瞳に、前世のアラサー社畜バイオ研究者としての野望の光が爛々と宿った。
(ただの隠し倉庫から、本格的な『地下バイオ発酵コンビナート』への進化……! 願ってもない話よ!!)
1歳9ヶ月のサリマ。 代官との減税交渉を完璧に成功させた天才バイオ幼児の歩みは、ドワーフ族との『地下発酵工房の拡張』という、さらなる壮大な開拓へと突き進んでいくのだった。
ダンとガノスが目を丸くした。
土鍋の中の透明だった水は、骨髄と軟骨から溶け出した濃厚なコラーゲンとゼラチン質によって、乳白色のドロリとした「濃厚ポタージュ状の黄金スープ」へと変貌していたのだ。骨の周りの軟骨はトロトロに溶け、原型をとどめていない。
「骨が……スープに溶けている……!?」
エリスが木杓でスープをすくい、フーフーと息を吹きかけてから、ガノスの差し出す木碗へ注いだ。
ガノスは息を呑み、その白い湯気が立つスープを一口すすった。
ズズッ……。
「……っ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!!」
ガノスの体が、雷に打たれたように硬直した。
「う……美味い……!! 美味すぎる……っ!! なんだこの濃厚なコクは……っ!? 唇がペタペタくっつくほど濃厚なのに、しつこさが全くない! 喉を通り抜けた瞬間、身体の芯からカッと熱くなって、吹雪の寒さが一瞬で吹き飛んでいくぞ……!!」
「どれ、俺にも……ズズッ……ひぃぃぃぃぃっ! 美味い! 美味すぎるぞ村長ぉぉぉっ! 身体が……身体がぽかぽかと燃えるようだぁっ!!」
ダンも感涙を流しながら木碗を煽った。
麦芽の酵素で骨から抽出された大量のアミノ酸、コラーゲン、カルシウム、そして骨髄の脂質。 この寒さ厳しい2月の吹雪の中で、村人たちの冷え切った身体を温め、完璧な栄養を与える至高の「ジビエ軟骨発酵スープ」の完成だった!
「エリス! これを広場へ持って行って、村のみんなにも飲ませよう! このスープがあれば、どんな猛吹雪でも絶対に病気にならずに冬を越せる!」
「はい、ガノス様! すぐに運びましょう!」
その夜、解体小屋の周りに集まった村人80人全員に濃厚スープが振る舞われ、極寒の吹雪を吹き飛ばすような歓喜の叫び声が村中に響き渡った。
「うおぉぉぉっ! 身体が温まる! 旨味が凄まじいぞ!」 「骨からこんな美味いスープができるなんて……!」 「サリマ様! サリマ様のおかげだぁぁぁっ!」
村人たちが口々にサリマの名を呼び、感謝の声をあげる。
エリスの温かい抱擁の中で、満足そうに「あう〜」と声をあげるサリマ。
(ふふん、大成功ね! 骨も軟骨も捨てずに100%栄養化する……これぞバイオテクノロジーの真骨頂よ!)
サリマはちゅうちゅうと母乳を飲みながら、うとうとと目やまぶたを重くしていった。
赤ん坊としての身体は無力で、喋ることも歩くこともできない。 けれど、自分の知恵と両親の絆、そしてミクロの【キン】のスキルがあれば、どんなに厳しい異世界の冬だって、笑顔で乗り越えていけるのだ。
降り積もる白雪の中で、サリマの新しい人生の「0歳児サバイバル」は、愛と美味しさに包まれながら、力強く前へと進んでいくのだった。




