第14節:【1歳7ヶ月〜1歳8ヶ月/8月〜9月(夏〜初秋)】 代官の「抜き打ち再捜索」!ボロ小屋ガラガラ作戦と結界倉庫の完全勝利
■ 第14節:【1歳7ヶ月〜1歳8ヶ月/8月〜9月(夏〜初秋)】
代官の「抜き打ち再捜索」!ボロ小屋ガラガラ作戦と結界倉庫の完全勝利
【1歳7ヶ月(8月初旬・盛夏)】
照りつける太陽が最果ての地に容赦ない熱線を叩きつけていた。
街道の向こうから立ち上る凄まじい土煙と、地面を揺らす馬の蹄の音。 隣領を支配する悪徳代官、領主補佐官ゴルドー本人が、五十人もの重装兵士を引き連れてアルカ村へと押し寄せてきていた。
「村長! どうしましょう、代官様本人がこんな大人数で来られるなんて、村の歴史で一度もありません!」
ピートが震える声をあげ、村の男たちが青ざめた顔でガノスを囲む。
「落ち着け、全員……! 焦るんじゃない!」
ガノスが力強い声を張り上げ、村人たちを見回した。
「去年までと今は違う! 俺たちの宝である熟成酒も、熟成ジビエ肉も、ドワーフさんからいただいた鉄具も……すべて裏山の『結界隠し倉庫』の中に移してある! 家の中には何ひとつ怪しいものは残っていないんだ!」
ガノスはサリマの小さな肩をギュッと抱きしめた。
「サリマ……お前とドワーフのバルドさんが作ってくれたあの結界倉庫があれば、俺たちは絶対に負けない。そうだな?」
「お父ちゃん、だいじょうぶ! なにもないよ! おうち、スカスカ!」
サリマは1歳7ヶ月の小さな胸を張り、ニッカリと力強い笑顔を返した。
(そうよ! 徹底的なリスク分散はすでに完了済み! 自宅の床下はただの泥と粗末な家具しかない。見たいなら穴が開くまで見ればいいわ!)
ガノスは息を深く吸い込むと、村の広場の中央へと堂々と進み出た。
ドォン! ドォン! ドォン!
重厚な鎧の擦れる音とともに、五十人の兵士が広場を包囲するように展開する。 その中央、肥え太った巨体を馬に乗せた男——代官ゴルドーが、不快そうに額の汗を拭いながら、蔑むような目で村人たちを見下ろした。
「ふん……相変わらず泥臭い、ドブネズミどもの集落だな」
代官ゴルドーの横には、あの不気味な髭面の徴税人が控えている。
「代官様……間違いございません。この最果ての村の奴ら、ここ二年の収穫期に異常なほど余裕を見せております。しかも、あのビスケット……食べた者がことごとく激しい腹痛と下痢で三日三晩倒れるなど、絶対に何らかの毒か、怪しい魔術を仕込んでいる証拠にございます!」
徴税人の言葉に、代官ゴルドーの醜い顔が激怒で歪んだ。
「貴様ら……不穏な真似をしてくれたものだな。わしを舐めるのも大概にせよ!」
ゴルドーは馬上で鞭をバシィンッ! と鳴らし、地響きのような怒号をあげた。
「おい、ガノス! 聞けば最近、山の方で亜人ドワーフの影が見られたというではないか! 貴様ら、代官であるわしに隠れてドワーフと密会し、鉄具や酒、肉を隠し持っているのだろう!? 吐けっ!!」
ガノスは落ち着き払った動作で深々と頭を下げた。
「代官様……滅相もございません。俺たちのような貧しい村人が、誇り高いドワーフ族の方々と取引などできるわけがございません。何かの見間違いでございます」
「知らぬで済むと思うか!!」
ゴルドーは下品な笑みを浮かべ、手に持った指揮棒を村の家々へ突き突きつけた。
「よし、全兵士に命じる! このアルカ村の『全家屋の徹底破壊捜索』を行え! 床板を引っぺがし、壁を叩き割り、天井を破り、地面を掘り返せ! もし鉄具一刺し、あるいは怪しい酒の壺ひとつでも見つかれば……村長、お前を即刻処首にし、村の男は鉱山労働、女子供は売春宿へ売り払ってやる!!」
「「「……っ!?!?」」」
村人たちに激しい動揺が走る。
「探せぇぇぇっっっ!!」
「「「ハッっっ!!!」」」
五十人の重装兵士たちが一斉に剣や斧を抜き、家々へと怒涛の勢いで踏み込んでいった!
◇
【1歳7ヶ月半(8月中旬)】
ドカァンッ! バキバキバキッ!
村のあちこちから、木が破砕される激しい破壊音が響き渡った。
兵士たちは乱暴にボロ小屋のドアを蹴破り、かまどを崩し、天井の藁を突き刺し、床板を次々とノミや斧で引っぺがしていった。
「おい! この床下を見ろ! 土が掘り返された跡があるぞ!」
ガノスのボロ小屋に踏み込んだ兵士が、かつて「熟成酒の土壺」が置かれていた地下隠し穴の床板を激しく叩き割った。
代官ゴルドーが、徴税人を引き連れて丸々と太った身体を揺らしながら小屋へ踏み込んでくる。
「ハハハ! 見ろ、やはり何か隠していたな! 引きずり出せっ!」
ゴルドーがニヤニヤと意地悪く叫ぶ。
しかし——。
掘り返された地下穴の暗闇をカンドラ(燭台)で照らした兵士の顔が、急速に引きつっていった。
「……え?」
「どうした! 何があった、酒か!? 鉄具か!?」
徴税人が身を乗り出して穴の中を覗き込んだ。
穴の中にあったのは——「カサカサに乾いたただの泥と、古い雑草のクズ」だけだった。
壺ひとつ、鉄具ひとつ、食料のかけらすら存在しない。完全に空っぽ(ガラガラ)のただの土穴だったのだ。
「な……なに……!? 何もないだと……!?」
徴税人が目を見開いた。
サリマはエリスの腕の中で、すまし顔で「あーうー」と声をあげた。
(ふふん! ざまあ見なさい! 3ヶ月前にドワーフのバルドたちと協力して、ぜーんぶ裏山の結界倉庫へ引っ越し済みよ! ここには埃と泥しか残っていないわ!)
「馬鹿な……! 別の家はどうだ!? 隣の家を探せっ!」
ゴルドーが焦って怒鳴り散らす。
しかし、どの家へ踏み込んでも結果は同じだった。 兵士たちが床板を壊し、壁を叩き割り、地面を二メートル掘り返しても、出てくるのはボロボロの古い農具と、塩気の薄い粗末な雑穀の袋だけであった。
「報告します! 第一班、怪しいものは何も発見できません!」 「第二班! 鉄具、酒、肉の隠し場所、一切なし!」 「第三班! 全家屋の捜索完了! 完全にシロです!」
次々と上がってくる兵士たちの報告に、代官ゴルドーの顔は赤から青、そして土色へと変わっていった。
「そんな……そんなバカなことがあるか!! 五十人もの兵を動かして、手ぶらで帰れるか!!」
ゴルドーは額の汗を滝のように流しながら、キーキーと見苦しい悲鳴をあげた。
その時、横にいた徴税人がハッと目を輝かせ、村の裏手に聳え立つ『赤岩山脈』の岩壁を指さした。
「代官様! 村の中にないのなら……裏山の森や岩場に隠しているに違いありません! 山狩りを行いましょう!」
「そうか! 山だ! 裏山を探せぇぇぇっっっ!!」
ゴルドーの命令で、兵士たちは武器を手に、一斉に裏山の森へと雪崩れ込んでいった。
◇
【1歳8ヶ月(9月初旬・初秋)】
ざっ、ざっ、ざっ……!
重装兵士たちが草木を押し分け、裏山の岩壁周辺を捜索し始めた。
ガノスや村人たち、そしてサリマを抱いたエリスが、ハラハラとした表情で山裾からその様子を見守っていた。
そう——兵士たちが捜索しているまさにその場所は、『裏山の結界隠し地下倉庫』が存在する目と鼻の先だったのだ!
(……ドキドキするわね。いくらバルドの古代魔法を信頼していても、目の前を武装兵士が通り過ぎるのは緊張するわ……!)
サリマはエリスの首に小さな手を回し、唾を飲み込んだ。
兵士の小隊長が、まさに「結界倉庫の入り口(一枚岩に見える空間)」の真前まで歩み寄ってきた。
距離、わずか数十センチ。
兵士は剣の柄で、結界が張られた空間を無造作にコンコンと叩いた。
……カン、カン。
ドワーフの古代魔法『岩肌偽装・気配遮断結界』は完璧だった。 兵士の目には、そこがただの「どこにでもあるざらついた赤岩の壁」にしか見えておらず、手で叩いた感覚も、魔法の屈折によって本物の岩を叩いているようにしか認識できないのだ。
さらには、倉庫の中にずらりと並ぶ至高の「熟成発酵酒」の甘酸っぱい芳香も、「熟成ジビエ肉」の旨味の匂いも、結界の膜によって一分子たりとも外へ漏れ出していなかった。
「小隊長! この岩壁の周囲も探しましたが、洞窟も隠し穴も存在しません!」
「チッ……本当にただの硬い岩山だな。匂いも気配も何もしやがらん」
小隊長は唾をペッと吐き捨てると、結界の真前を素通りして去っていった。
(勝った……! 勝ったわーーーーっ!!)
サリマは心の中で激しいガッツポーズを繰り出した!
(ドワーフの古代魔法、凄すぎるわ! 目の前を兵士が通過しても、指一本触れられずに完全スルー!! これぞ絶対防御の完璧な秘密基地(倉庫)よ!!)
◇
【1歳8ヶ月半(9月中旬)】
夕刻。 赤岩山脈に赤々と夕陽が沈む頃。
一日中、村の中を破壊し尽くし、裏山を歩き回って汗だくになった五十人の兵士たちは、疲れ果てて広場へと戻ってきた。
「報告します……! 村のどこにも、山の中にも、隠し部屋や鉄具、肉や酒の痕跡は一切存在しませんでした……!」
小隊長の報告を聞いた代官ゴルドーは、馬の上で呆然と口を開ぐぐぐと開けたまま、その場に固まった。
「な……何一つ……なかっただと……!?」
「は、はい……。あるのは壊れた粗末なボロ小屋と、不味そうな雑穀だけです……」
徴税人も蒼白な顔で震えていた。
「そんな……バカな……。では、あの絶品のビスケットや、村人どもの異常な活力は一体何なのだ……!?」
ガノスは静かに前へ歩み出ると、深々と頭を下げた。
「代官様……お分かりいただけましたでしょうか。俺たちは何ひとつ隠してなどおりません。毎日、畑を耕し、山野草を摘み、細々と生きているだけの貧しい農民でございます」
「ぐぬぬぬぬぬ……っっっ!!」
ゴルドーは屈辱と悔しさで肥えた顔を真っ赤にし、全身を激しく震わせた。
五十人もの兵を率いて乗り込み、全家屋を破壊して山狩りまで行った挙句、何ひとつ証拠を掴めず「完全に冤罪(手ぶら)」で帰る羽目になったのだ。これ以上の恥辱はない。
「チッ……! えぇい、引き揚げるぞ!! 汚らわしい村だ!!」
ゴルドーは怒り狂って鞭を放つと、馬の首を反転させた。
「待ってください代官様〜〜っ!」
徴税人も大慌てで馬を走らせる。
五十人の兵士たちは疲労困憊の様子で、トボトボと土煙を上げて去っていったのだった。
◇
【1歳8ヶ月末(9月下旬)】




