第13節:【1歳5ヶ月〜1歳6ヶ月/6月〜7月(初夏)】 「大根・カブ型魔草」のバイオ栽培と『乳酸発酵漬物(キムチ・ピクルス)』開発
■ 第13節:【1歳5ヶ月〜1歳6ヶ月/6月〜7月(初夏)】
「大根・カブ型魔草」のバイオ栽培と『乳酸発酵漬物』開発
【1歳5ヶ月(6月初旬・初夏)】
初夏の爽やかな風が、青々と茂る村の共有畑を吹き抜けていく。 赤岩山脈から流れ出る澄んだ小川の水が畑の側溝をサラサラと満たし、初夏の強い日差しを受けてキラキラと光を反射していた。
「お父ちゃん! ここ、くさ! ぬくぬく!」
1歳5ヶ月を迎えたサリマは、小さな麦わら帽子をちょこんとかぶり、小さな手で畑の畝に生えた雑草をぐっと掴むと、力いっぱい引き抜いて見せた。
「おおお! すごいぞサリマ! 根っこまで綺麗に抜けたなぁ!」
傍らで桑を振るっていたガノスが、汗を拭いながら目尻を下げて駆け寄ってくる。
「サリマ、偉いわねぇ。でも無理をして倒れたら大変だから、お茶を飲んで少し休みなさいな」
エリスがかまどで冷やしておいた特製の「発酵野草茶」の竹筒を持って、木陰から手を振る。
「かぁか、茶ー飲む! さりま、元気!」
サリマは自分の足でトコトコと木陰へ走り、竹筒を両手で受け取ると、ゴクゴクと喉を鳴らした。
(ふぅ〜っ! 初夏の畑作業、最高ね! 二足歩行と手足の指の細かい動き(指先ピンチ操作)が完璧になったから、小さな雑草抜きだって朝飯前よ!)
前世のアラサー社畜バイオ研究者・明日香茅理紗としての脳内思考は相変わらず冴え渡っていたが、1歳5ヶ月の元気な幼児としての肉体を存分に躍動させていた。
サリマが村の共有畑で雑草抜きの手伝いを始めると、村の子供たち(ピートの弟や妹たち)も「サリマ様、僕たちも手伝うよ!」「サリマ様、虫捕まえたよ!」と集まり、サリマはすっかり村の子供たちの「小さなリーダー的存在」となっていた。
ガノスが汗を拭いながら、木陰の丸太に腰を下ろす。
「ふぅ……サリマと村のみんなのおかげで、今年の雑穀の成長は実に順調だ。ドワーフさんから貰った鉄のクワで深くまで耕し、サリマのコンポスト土壌改善のおかげで、土が生き生きしている」
「ええ、ガノス様。冬の食糧の心配はもうありませんわね」
エリスが優しく微笑む。
しかし——サリマは竹筒の茶を飲み干すと、ふーっと小さな溜め息をついた。
(うん、雑穀とジビエ肉、熟成酒は完璧よ。……だけどね! バイオ研究者として、そして食生活のクオリティを追求する人間として、一つだけ大きな問題があるのよ!)
サリマは前世の栄養学と食品生化学の知識を脳内で巡らせた。
(この村の食生活……圧倒的に『生野菜のビタミンCとミネラル成分』が不足してるの! 雑穀と肉、お酒だけじゃ、どうしてもビタミンCや食物繊維の多様性が偏っちゃう。夏場はまだしも、冬場にビタミンC不足が続いたら『壊血病』や肌荒れ、免疫低下を引き起こしちゃうわ!)
人間は体内でビタミンCを合成できない。 だからこそ、日々の食卓に「フレッシュな野菜」や「長期保存ができる発酵野菜(キムチ・ピクルス・漬物)」が絶対に必要なのだ。
(どこかに……この最果ての地でも育つ、根菜類や野菜のベースになるような野生の植物はないかしら……!?)
サリマは小さな瞳を爛々と輝かせ、畑の向こう側——山へと続く雑木林の入り口を見つめた。
◇
【1歳5ヶ月半(6月中旬)】
その日の午後。 サリマは村の狩人・ダンに頼み込み、ダンの背中に背負われながら、山裾の雑木林の探検へと向かっていた。
「がはは、サリマ様は本当に山が好きだな! 転ばないように俺の背中にしっかりつかまってな!」
ダンが自慢の鉄の弓を担ぎながら、茂みを切り開いて進む。
「ダン、あっち! なんか、大きなはっぱ!」
サリマがダンの肩の上から、湿った日陰の斜面を指さした。
そこには、紫がかった緑色の大きな葉を広げた、見慣れない野生の草が群生していた。
ダンが近づき、その茎を引っこ抜くと、土の中からゴロリと現れたのは——大人の拳二つ分ほどもある、赤紫色の丸い巨根(根菜)だった。
「なんだ、ただの『カブモドキ(魔草)』か」
ダンはつまらなそうに鼻を鳴らした。
「カブモドキ……? ダン、これ、たべられない?」
サリマが首をかしげると、ダンは苦笑いしながら首を横に振った。
「ダメだよ、サリマ様。こいつは山に昔から生えている魔草の一種なんだが、見た目はカブや大根に似ているくせに、生で噛むと口の中が痺れるほど強烈なエグ味(シュウ酸や配糖体毒素)があってな。煮込んでも皮がゴムみたいに硬くて、昔飢饉の時に村人が食ってみたら、みんな酷い胸焼けを起こして吐き出しちまったんだ」
ダンは「ただの害草さ」と言って、カブモドキを地面に投げ捨てようとした。
(待ってーーーーーっ!! 捨てちゃダメ!!)
サリマのバイオ研究者としてのセンサーが、激しく警報を鳴らした!
(カブモドキ……! 形状、組織の密度、そしてその刺激臭……! これ、アブラナ科の大根やカブ、あるいは高麗人参の近縁種じゃないの!!)
サリマは即座にダンの背中からスルリと降りると、地面に転がったカブモドキを小さな両手で抱え上げた。
(刺激臭とエグ味の正体は……大量のシュウ酸カルシウムの結晶と、グルコシノレート(アブラナ科特有の辛味配糖体)よ! 皮が硬いのは、不溶性のセルロース構造が強すぎるから。……これって、適切なアク抜きと加熱、そして発酵(乳酸発酵)を施せば、毒素が100%分解されて、最高の甘みと食感を持つ『超・高品質野菜』へと激変する奴じゃないの!!)
前世で漬物や発酵野菜の加工プロセスを研究していた茅理紗の頭の中で、至高のレシピが組み上がっていく。
(お父さん! ダン! 捨てたら絶対に後悔するわよ! この『カブモドキ』で、村に最高の発酵野菜革命を起こしてあげるんだから!!)
サリマは抱えたカブモドキを胸に抱きしめ、ダンを見上げてハッキリと言い放った。
「ダン! これ、おいしい! さりま、魔法で、甘くする!」
「ええっ!? サリマ様、その毒草を甘くするだって……!?」
ダンは目を丸くして驚いた。
◇
【1歳6ヶ月(7月初旬・盛夏)】
サリマは回収した「カブモドキ」をボロ小屋へ持ち帰り、さっそくバイオ品種改良とアク抜き実験に取りかかった。
まず取り組んだのは、畑での「品種改良&土壌バイオ栽培」だ。
サリマは共有畑の隅に「サリマ専用の小さな特別圃場」を作ってもらい、山から採取したカブモドキの種と根を植え付けた。
そして、そっと小さな手を土に押し当て、スキル【キン】を発動させたのだ。
(ターゲット設定:カブモドキの根圏菌類および窒素固定菌! 根の中のシュウ酸生成遺伝子の代謝を微弱化し、代わりにでんぷんとブドウ糖の蓄積効率を爆増させなさい!)
サリマの【キン】の調整を受けたカブモドキは、驚異的な速度で土の中で成長した。 わずか数週間で、エグ味が大幅に低減され、甘みと水分をたっぷりと含んだ「白い巨大大根&赤カブ」のような立派な根菜へと進化を遂げたのだ。
「な……なんだこれは……!? あの山の毒草のカブモドキが、こんなに白くてみずみずしく育つなんて……!?」
掘り起こしたガノスが、両手で巨大な白大根のようなカブモドキを抱えて声を上げた。
「ガノス様、皮を剥いて少し切ってみましたわ。……まあ! スライサーを入れると、こんなにジューシーに水分が溢れてきますの!」
エリスが包丁でスライスしたカブモドキの断面を見せる。真っ白な肉質から、澄んだ水分がジュワッと染み出していた。
だが、サリマの真骨頂はここからだった。
「お父ちゃん! かぁか! お塩! とうがらし! むしむし(発酵)する!」
サリマは指示を出した。
スライスしたカブモドキを一度薄い塩水に漬けて水分と微量のアクを抜き、ドワーフのバルドから貰った唐辛子風の香辛料(赤魔辛草)と、山で採れたニンニク風の野草、そしてサリマ特製の『麦芽シロップ』をほんのり混ぜ合わせた特製タレに漬け込ませたのだ。
さらに、サリマが【キン】のスキルで、植物の表面に付着している『有用な植物性乳酸菌(ペディオコッカス菌やラクトバチルス菌)』の増殖スピードを最高速へ誘導!
壺に密閉し、裏山の結界倉庫(恒温12度)で数日間じっくりと発酵させた。
◇
【1歳6ヶ月半(7月中旬)】
数日後。
ボロ小屋のテーブルの上に、結界倉庫から運ばれてきた素焼きの壺が置かれた。
ガノスが慎重に蓋を開けると——。
ぽんっ!
ふわり……!!
部屋の中に、甘酸っぱく爽やかで、食欲を激しく刺激する、今まで誰も嗅いだことがないような「極上乳酸発酵の香気(キムチ&ピクルス香)」が一気に広がり出させた!
「つ……唾液が止まらん……! なんだこの爽やかで辛みのある良い香りは……!?」
ガノスが生唾をゴクリと飲み込んだ。
エリスが箸で、真っ赤に熟成されたスライス状のカブモドキを一口分すくい上げた。
「ガノス様、食べてみてくださいな」
ガノスは手渡された一口を、恐る恐る口へと運んだ。
パリッ……ジュワッ……!!
軽快で素晴らしい歯ごたえとともに、熟成された甘酸っぱさと程よい辛み、そしてカブモドキの濃厚な旨味が口の中で爆発した!
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!!」
ガノスは目を剥き、両手でテーブルを叩いて叫んだ!
「美味い……!! 美味すぎるぞエリスぁぁぁっ!! なんだこのシャキシャキとした歯ごたえは……っ!? 辛みと酸味が絶妙で、噛むたびに口の中がサッパリとして、いくらでも胃の中に吸い込まれていく……!!」
「まあ……! 私も……パリッ……! 本当に爽やかで美味しいですわ! 雑穀ご飯やジビエ生ハムと一緒に食べたら、どこまでも食が進んでしまいますわね!」
エリスも感嘆の声をあげ、目を輝かせた。
(ふふん! これぞバイオの知恵が誇る『植物性乳酸発酵キムチ・ピクルス』よ! エグ味と毒素は乳酸菌の酸で完全に中和・無毒化され、大量のビタミンCとアミノ酸、そして腸内環境を爆発的に整える乳酸菌の宝庫へと変貌したのよ!)
サリマは誇らしげに「ふふん!」と胸を張った。
この「カブモドキの発酵キムチ」は、すぐさま村人80人全員に配られた。
雑穀とジビエ肉中心で、どうしても口の中が重くなりがちだった村の食卓に、このシャキシャキと甘酸っぱい発酵漬物は大革命をもたらした。
「美味い! ご飯が何杯でも食えるぞ!」 「お肉と一緒に食べると、脂っこさが消えていくらでも食える!」 「サリマ様! 毒草をこんなに美味い漬物に変えてくれるなんて、まさに神様だぁっ!」
広場で村人たちが大歓声をあげてキムチを貪り食った。
この「発酵カブモドキ漬け」により、村人たちのビタミンC補給は完璧となり、冬場の壊血病や肌荒れの心配は一ゼロとなった。サリマのバイオ技術は、村の食文化をさらに上のステージへと押し上げたのだった。
◇
【1歳6ヶ月末(7月下旬)】
盛夏の日差しが照りつける7月下旬。
サリマはボロ小屋の前で、村の子供たち(ピートの弟や妹たち)に囲まれながら、小さな手押し車に摘みたての野草を乗せて遊んでいた。
「サリマ様、このお花綺麗でしょ!」
「さりま、お花、すき! ありがと!」
はきはきと喋り、自分の二本の足で走り回り、村の食卓を豊かにし続ける1歳6ヶ月のサリマ。村の誰からも愛される、小さな天才バイオ幼児の姿がそこにあった。
ガノスとエリスが木陰から、そんなサリマの姿を愛おしそうに見つめていた。
「ガノス様……サリマが生まれてから、もう一年半が経ちますのね。あんなに小さかった子が、今では村の大人たちを引っ張るような知恵を見せてくれて……」
「ああ。サリマはこのアルカ村の太陽だな。この子がいる限り、俺たちの村はどんな困難だって乗り越えられる」
ガノスが深く力強く頷く。
しかし——平和な夏の空気を切り裂くように、村の街道の遠くから、不吉な馬の蹄の音が響き渡ってきた。
ダッ! ダッ! ダッ! ダッ!
「村長! 村長はいるか! 大変だーーーっ!!」
村の若い衆ピートが、青ざめた顔で駆け込んできた。
「どうしたピート! そんなに慌てて!」
ガノスが立ち上がる。ピートは息を切らしながら、震える声で叫んだ。
「だ、代官様本人です! 隣領の悪徳代官本人が、五十人もの重装備の兵士を引き連れて、街道をこちらへ向かって来ています!!」
「「「な……何だとーーーーーっ!?」」」
ガノスとエリス、そして広場の村人たちが一斉に血の気を引かせた。
去年までのお腹を下すビスケットのトラウマと疑心暗鬼を募らせた悪徳代官が、ついに自ら兵を率いて、アルカ村を徹底的に潰しに乗り出してきたのだ!
サリマは遊んでいた手を止め、遠くの街道から上がる土煙を、前世のアラサー社畜バイオ研究者としての冷徹な瞳で見つめた。
(出てきたわね……豚代官本人……! 兵士五十人を引き連れて、村を丸ごと家宅捜索して潰す気ね……)
だが、サリマの口元には、恐れなど微塵もなかった。 小さな唇が、ニヤリと力強い挑戦の笑みを刻む。
(……フフフ、来たいなら来なさい! 酒も肉も鉄具も、すべて裏山の『ドワーフの結界隠し倉庫』の中に安全に移動済みよ! 家の中はガラガラ、どれだけ探しても何も出ないわ!)
(自分の目で確かめて、手ぶらで絶望して帰りなさい悪徳代官!!)
1歳7ヶ月、8月を迎える盛夏——アルカ村の存亡をかけた、悪徳代官との「最大の決戦」の火蓋が、ついに切って落とされようとしていた。




