第11節:【1歳0ヶ月〜1歳2ヶ月/1月〜3月(冬〜早春)】 ドワーフの提言!「家の中は危険じゃ!」と裏山の『結界隠し地下倉庫』建設
■ 第11節:【1歳0ヶ月〜1歳2ヶ月/1月〜3月(冬〜早春)】
ドワーフの提言!「家の中は危険じゃ!」と裏山の『結界隠し地下倉庫』建設
【1歳0ヶ月(1月中旬・冬)】
しんしんと降り積もる白雪が、アルカ村の屋根や畑を静かな銀世界へと変えていた。 氷点下の寒風が外で吹き荒れる中、補修を終えたガノスのボロ小屋の中は、囲炉裏にくべられた薪の爆ぜる音と、温かな料理の香気に包まれていた。
「お父ちゃん! これ、あっち! お酒、まもる!」
畳の上をトコトコと元気な足取りで走っていたサリマが、小さな手で部屋の隅にある「地下貯蔵穴の隠し床板」を指さし、ハッキリとした言葉で声を張った。
1歳の誕生日を迎えて一ヶ月。サリマの二足歩行と言語機能の発達は、親のガノスやエリスが目を見張るほどのスピードで進んでいた。
「がはは! サリマは本当に賢いなぁ! もう『お父ちゃん』ってハッキリ呼んで、地下のお酒の心配までしてくれるか!」
ガノスが目尻を下げて駆け寄り、サリマの小さな身体をひょいと抱き上げた。
「本当に……。1歳になったばかりだというのに、自分の足でどこへでも歩いて行って、欲しいものを教えてくれますものね。サリマ、お茶を飲むかい?」
エリスがかまどで煮出した温かい野草茶を小碗に注ぎ、微笑みながらサリマへ手渡した。
「かぁか、ありがと! おいしい!」
サリマは木碗を両手でしっかりと持ち、ふーふーと息を吹きかけてから、満足そうに喉を鳴らした。
(ふぅ……! 喋れる! 歩ける! 自分の手で食べ物を抱えて意思表示ができる……! 0歳児時代の『身体が思うように動かない地獄』に比べたら、天国のような快適さよ!!)
前世の社畜バイオ研究者・明日香茅理紗としての脳内思考は相変わらず全開だったが、1歳児の身体機能を手に入れたことで、村へのコミットメント(介入度)は格段に跳ね上がっていた。
そんな一家のあたたかな団らんの最中、どたどたと荒々しい足音が近づき、小屋のドアが勢いよく叩かれた。
「村長! おるか! ドワーフのバルドじゃ! 急ぎで話がある!!」
「バルドさん!? こんな吹雪の夜に、一体何事で……」
ガノスが慌てて重い木のドアを開けると、全身に雪をかぶったドワーフの小頭・バルドが、険しい表情で踏み込んできた。背中には巨大な鍛冶用の鉄ハンマーを担いでいる。
バルドは赤髭の雪を豪快に払い落とすと、囲炉裏の傍らでサリマを抱くガノスとエリスを一直線に見据えた。
「ガノス村長、エリス殿! 無駄話をしておる時間はない。単刀直入に言うぞ……家の中のあの隠し床板の地下穴、今すぐ廃止して別の場所へ『隠し倉庫』を作り直すんじゃ!!」
「な……何だって!?」
ガノスとエリスが思わず息を呑んだ。サリマも両耳をピンと立て、バルドの言葉に集中した。
「バルドさん、急にどういうことですか……? あの地下穴は、サリマが生まれる前からずっと俺たちの命綱として……」
「だからこそ危険なのだと言っておるんじゃ!」
バルドは太い指をガノスの鼻先に突きつけ、地響きのような声で切切と訴えた。
「秋の年貢の時、徴税人の兵士どもが家の中に踏み込んできたじゃろ? あん時はサリマ様の愛嬌(よだれ攻撃)や熱病のフリで何とか誤魔化せたようだが、あんな泥縄式の誤魔化し、二度も三度も通用すると思うか!?」
「それは……」
ガノスが言葉を詰まらせる。
「代官の兵士どもも馬鹿ではない! 『この村が何かしらを隠している』と睨んでおるからこそ、何度も抜き打ちで家屋荒らしに来るんじゃ。人間が何かを隠す時、真っ先に疑われるのは『自分が住んでいる家の中の床下や壁裏』なんじゃよ! もし次の捜索で床板を引っぺがされたら、酒も肉も鉄具も一発で露呈して、お前さん方は打ち首、村は焼き払われるぞ!」
バルドの理詰めの指摘に、部屋の中がしんと静まり返った。
(ぐぬぬ……流石は長年生きているドワーフの小頭ね……! 観察眼と危機管理能力が凄まじいわ!)
サリマは心の中で深く頷いた。前世のコンプライアンスや危機管理マニュアルの観点から見ても、バルドの言う通り「最も捜索されやすい自宅の床下」に全資産を集中配置するのはリスクが高すぎる(単一障害点=SPOF)。
ガノスは青ざめた顔でバルドを見つめた。
「バルドさん……仰る通りです。だが……家の中でなければ、一体どこに酒や肉、ドワーフさんから頂いた鉄具を隠せばいいのです? 村の中に別の小屋を建てても、代官の兵士に真っ先に探られます」
「村の中じゃと誰が言った?」
バルドはニヤリと不敵に口元を歪め、ボロ小屋の窓の外——白雪に覆われた村の裏手、そびえ立つ『赤岩山脈』の岩壁を指さした。
「村の外の裏山……あの断崖絶壁の岩肌に、巨大な『地下隠し倉庫』を掘り抜くのじゃ!!」
◇
【1歳1ヶ月(2月上旬・極寒の冬)】
バルドの提言を受けた翌日から、最果てのアルカ村と山嶺のドワーフ族による『極秘・裏山大穴掘り作戦』が開始された。
場所は、村の裏手から徒歩十分ほど入った、切り立った赤岩の断崖絶壁の根元。 一見すると何の変哲もない巨大な一枚岩だが、その足元は密林と雪に覆われ、代官の兵士たちが巡回する街道からは死角になっていた。
「おい、若いの! タガネとハンマーの角度を固定しろ! ドワーフの掘削術を魅せてやるぞ!」
「おうっ!!」
ドワーフの鍛冶師や掘削技師たちが、鋼鉄の道具を振るって岩壁をザクザクと穿っていく。人間なら何ヶ月もかかる岩盤掘削も、ドワーフの職人技と鉄具にかかれば、数日で大人数十人が余裕で入れる巨大な空洞へと姿を変えていった。
ガノスやピート、村の若い衆も総出で土砂や岩くずを運び出し、カモフラージュ作業に汗を流す。
「すごいです、バルドさん! こんな硬い岩山の中に、あっという間に広いお部屋ができちゃいました!」
ピートが感嘆の声をあげる。
「ガハハ! これくらいドワーフにとっちゃ朝飯前じゃ! だがな、本当の勝負はここからじゃよ」
バルドが自慢げに胸を叩き、サリマを抱っこしているガノスへ振り返った。
「村長、ただ岩山に穴を掘っただけじゃ、代官の兵士が山狩りに来た時に見つかってしまうしの、中の酒や発酵肉の匂いが漏れ出したら元も子もない。……そこでじゃ!」
バルドが懐から取り出したのは、複雑なルーン文字が刻まれた四つの古びた『黒鉄の楔』だった。
「これは、我がドワーフ族に古くから伝わる古代魔法の秘宝……『視覚偽装と気配遮断の結界楔』じゃ!」
「結界……魔法……!?」
ガノスとピートが目を丸くした。
サリマもガノスの腕の中から身を乗り出し、バルドの手元にある黒鉄の楔を食い入るように見つめた。
(魔法……! この世界に存在する、未知のエネルギー代謝系!!)
バルドは楔を新倉庫の入口となる岩壁の四隅に深く打ち込むと、目を閉じ、低く重厚な呪文を唱え始めた。
「——我ら岩の子らの盟約に基づき、幻影の帷を垂れよ。『岩肌偽装・気配遮断の結界』!!」
ブワッ……!!
楔から淡い青紫色の光が波紋のように広がり、空洞の入口全体を包み込んだ。
次の瞬間——信じられない光景が広がった。
「な……ななな、なんだコレはーーーっ!?」
ピートが腰を抜かして叫んだ。
さっきまで確かにそこに開いていたはずの横穴の入口が完全に消失し、どこからどう見ても「何一つ裂け目のない、ただのざらついた一枚岩の壁」へと変貌していたのだ!
ガノスが恐る恐る手を伸ばし、一枚岩に見える空間へ手を突き出すと、すっと手が空気の中に吸い込まれていく。
「見え……見えない……! 穴が開いているのに、目で見るとただの岩肌にしか見えないぞ……!?」
「ガハハハハ! これぞドワーフの秘術よ!」
バルドが誇らしげに髭を撫で回した。
「この結界が張られている限り、外からはただの固い岩壁にしか見えん! それどころか、中の酒や肉の匂い、人間の気配すらも結界が完全に遮断してくれる! 結界の解き方を知る者(鍵となるルーン)でなければ、目の前を通り過ぎても誰も気づかんわい!」
「す、凄すぎる……! これなら代官の兵士が山狩りに来ても、絶対にバレません!!」
ガノスが感涙を流してバルドの手を握りしめた。
「ありがとう……ありがとう、バルドさん! これで俺たちの村の宝が、完璧に守られます……!」
「礼には及ばん! 美味い酒とジビエ肉のためなら、ドワーフは全力を尽くすのが当然じゃ!」
(素晴らしい……! 光学的屈折と空間の物理遮断を組み合わせた『生体カモフラージュ結界』ね……! 科学と魔法の融合、ゾクゾクするわ!!)
サリマはガノスの胸の中で、目を輝かせて小さくガッツポーズを作った。
◇
【1歳2ヶ月(3月上旬・早春)】
冬の寒さが和らぎ、春の足音が近づく3月上旬。
裏山の結界倉庫の内部工事が完了し、村人全員とドワーフたちが協力して、これまでボロ小屋の床下や村の各家に分散して隠されていた資産の大移動が始まった。
「さあ! 慎重に運ぶんだぞ! サリマ様が仕込んでくれた大切な熟成酒だ!」
「ドワーフさんから頂いた鉄具や矢尻も、全部この奥へ運び込むぞ!」
ピートたちが木箱や土壺を手押し車に乗せ、裏山の結界を潜り抜けて新倉庫へと運び込んでいく。
サリマも小さな手押し車を自分の足でトコトコと押し、「がんばる! はこぶ!」と声を出しながら、小瓶に入った麦芽シロップを運ぶお手伝いをした。
「まあまあ、サリマ! 一生懸命お手伝いしてくれて、偉いわねぇ」
エリスが微笑みながらサリマの汗を拭いてやる。
「かぁか! お酒、ここ! あんしん!」
サリマが新倉庫の広い空間を指さしてニッカリ笑うと、村人たちからあたたかな笑い声が上がった。
新倉庫の内部は、大人数人が手を広げても余裕のある広大な地下ドーム状になっていた。 壁は頑丈な岩盤で囲まれ、地面にはドワーフの技術で水はけの良い石畳が敷き詰められている。
ガノスは感無量といった様子で、奥の架台にずらりと並べられた「熟成発酵酒」の土壺や、「熟成魔物ジビエ肉」の味噌漬け壺、そして輝く鉄具の山を見渡した。
「ついに……できたんだな。俺たちの本当の『宝物庫』が……」
「ええ、ガノス様。もう代官様の手下たちが家に踏み込んできても、ハラハラしてサリマや隠し板を庇う必要はありませんのね……」
エリスが安心したように胸を撫で下ろす。
バルドがサリマの頭を大きな手でぽんぽんと撫でた。
「ガハハ! これで家の中は完全にガラガラじゃ! 兵士どもがいくら床板を剥がそうが、ただの泥が出てくるだけよ! ざまあ見やがれってんだ!」
「はい! これで村の防衛は一歩前進です!」
村人たちの明るい歓声が、結界に守られた地下倉庫の中に響き渡った。
サリマは自分の足で新倉庫の石畳を踏みしめながら、前世のアラサーバイオ研究者としての冷静な視点で周囲の空間を観察していた。
(自宅の床下からの撤退……リスク分散としては100点満点よ! ドワーフの結界魔法で視覚と匂いの遮断も完璧……)
(……だけど、バイオ研究者として一つだけ気になる点があるわ)
サリマは新倉庫の壁にそっと小さな手で触れた。
(岩山を掘り抜いた直後の空間……どうしても通気性が悪く、岩盤から染み出す微細な湿気が地下ドームの天井や隅に滞留しやすい。このまま春から夏へ向かえば、熟成酒の壺の周りに『悪性の湿気カビ』が発生するリスクがあるわ)
サリマの瞳に、不屈の科学者としての光が宿る。
(ドワーフの『魔法』で外敵から隠し、私の【キン】のスキルで『菌の空気清浄&調湿』を仕込む……。この二つを組み合わせれば、ここはただの隠し倉庫じゃない……地球の高級ワインセラーをも凌駕する『年中12度・湿度65%の絶対熟成空間』へと進化させられるわ!)
1歳2ヶ月を迎えたサリマ。 言葉と二足歩行を手に入れた天才バイオ幼児の新たな開拓と、村のさらなる発展への挑戦が、春の訪れとともに力強く加速していくのだった。




