第9節:【9ヶ月〜10ヶ月/9月〜10月(秋)】 「つかまり立ち」と代官の抜き打ち捜索&『お腹下しビスケット第2弾』
■ 第9節:【9ヶ月〜10ヶ月/9月〜10月(秋)】
「つかまり立ち」と代官の抜き打ち捜索&『お腹下しビスケット第2弾』
【生後9ヶ月(9月中旬・1歳の誕生日まで:あと3ヶ月)】
実りの秋が、最果てのアルカ村に訪れていた。
サリマが胎内時代から地道にコンポスト菌の代謝を助け、夏にはドワーフから提供された頑丈な鉄のクワで深くまで耕し抜いた共有畑。そこには、黄金色の丸々と太った雑穀の穂がずっしりと頭を垂れていた。
「見てくれよ村長! 今年の雑穀は粒の大きさが去年の倍以上だ! 収穫量は7トン(7,000kg)を超えるぞ!」
「ああ! ドワーフの鉄具と、サリマがもたらしてくれた土の力のおかげだ!」
村の若い農夫であるピートたちが、鎌を手に汗を流しながら歓声をあげていた。ドワーフとの裏取引で手に入れた極上肉と熟成酒を日常的に摂取している村人80人は、誰一人として病気にかかることなく、引き締まった体力を全身にみなぎらせていた。
「あうっ! ぶぶーっ!」
生後九ヶ月を迎えたサリマは、ガノスが木で自作してくれた「歩行器(おすわり補助の車)」に乗り、小さな足を踏ん張ってトコトコと広場を爆走していた。
「あらあら、サリマ! そんなに速く進むと転んでしまいますわよ!」
エリスが微笑みながら、後ろを楽しそうに追いかけてくる。
(ふふん! 足腰のインナーマッスルがしっかり鍛えられてきたわ! もうハイハイだけじゃない、つかまり立ちや補助があれば足を前へ踏み出せるのよ!)
サリマは無邪気に「あーうー!」と声をあげながらも、前世の社畜バイオ研究者(29歳)としての脳内で冷徹な計算を走らせていた。
(収穫量は7トン。だけど……今年も収穫の【半分(50%)の3.5トン】は、秋の年貢として代官にゴッソリ横取りされる。さらに、言われた通りの『保存ビスケット』も焼いて提出しなきゃいけない……)
サリマは歩行器をくるりと方向転換させ、かまどの横でビスケットの生地を練っている村の女性たちの手元を見つめた。
(……フフフ、でもね。今年のビスケットは、去年と同じだと思うなよ?)
サリマは前世の微生物学と食品生化学の知識をフル動員し、新開発の『超・下痢&腹痛仕込み(バイオざまあ第2弾)』のレシピをすでに仕込んでいた。
(今年のビスケット生地には、サリマ特製の『難消化性デンプン(レジスタントスターチ)強化型』に加え、熟成過程で抽出した『難分解性オリゴ糖+腸内発酵性酵素の複合結晶』を微量に練り込ませてあるのよ! アルカ村の村人たちは、地下の熟成発酵酒(乳酸菌&ビフィズス菌の宝庫)を毎日飲んでいるから、この成分を食べても腸内フローラが完璧に分解吸収してノーダメージ。だけど……!)
サリマは心の中でニヤリと悪魔のような笑みを浮かべた。
(普段そんな発酵液を一切飲まず、贅沢な肉や油脂ばかり食べて腸内環境が荒れ果てている悪徳代官や徴税人どもがこれを食べると……腸内で悪玉菌と難分解オリゴ糖が異常発酵を起こして爆発的なガスと水分を発生! 食べた数時間後には、猛烈な腹痛と激しい下痢の波が数日間にわたって襲いかかり、『美味いのに食べると便所に住み着くことになる呪いの菓子』として一生トラウマを植え付けてやるんだから!!)
(理不尽に収穫の半分を強奪していく悪党どもめ、便器にしがみついて泣き叫ぶがいいわ!!)
◇
【生後9ヶ月半(9月下旬)】
収穫作業が完了し、広場には年貢として納める3.5トンの雑穀の袋と、かまどで香ばしく焼き上げられた『仕込みビスケット』の木箱(1箱2.5kg入り×16箱=計40kg)が並べられていた。
ダッ、ダッ、ダッ……!
広場に荒々しい馬の蹄の音が響き渡り、隣領の代官の手下である、あの髭面の徴税人がやってきた。しかも今回は、「村がドワーフと密会している」「肉や酒を隠している」という噂を嗅ぎつけたらしく、二十人もの重装備の兵士を従えていた。
「おい泥人間ども!! 年貢の回収の時間だ!!」
徴税人が馬の上から横柄に鞭を鳴らす。 ガノスは固い表情で前へ進み出で、深々と頭を下げた。
「代官様……お待ちしておりました。今年の収穫の半分にあたる【3.5トンの雑穀】……そして、ご命じられた通りの【ビスケット16箱(40kg)】でございます。どうかお納めください」
徴税人は馬から飛び降りると、不機嫌そうに雑穀の袋を剣の柄で叩き、木箱の蓋をガバッと開けた。 箱の中には、香ばしいキツネ色に焼き上がった美味しそうなビスケットがぎっしりと詰まっていた。
「ふん……相変わらず美味そうな匂いだ。……おい村長! 今年も毒など入っておらんのだろうな!?」
徴税人がギラギラとした目でガノスを睨みつける。
「滅相もございません! 俺たちも毎日食べている大切な食糧でございます!」
「よし、なら証明してみろ! お前が食え!」
徴税人はビスケットを二枚掴み、ガノスへ投げつけた。ガノスは受け取ると、迷うことなくガリリと噛み砕き、美味そうに呑み込んで見せた。
「ふん……やはりお前たちには何ともないか。……だがな、村長!!」
徴税人は急に顔を真っ赤にし、怒号をあげた。
「去年、お前たちのビスケットを持ち帰った後、代官様も俺も激しいお腹の下しに見舞われたのだぞ!! 頑丈なお前たちには効かない『嫌がらせの毒』でも仕込んだのではないか!!」
「「「……っ!?」」」
村人たちが息を呑んだ。
ガノスは青ざめた振りをして、必死に首を振った。
「そ、そんな滅相もございません! 俺たちは同じものを食べて腹など壊したことはございません! 代官様やお役人様方の胃腸が、普段のお疲れで少しお弱っていたのでは……!?」
「黙れ!! たかが泥人間が口を叩くな!!」
徴税人は不快そうに叫んだが、ビスケットの芳醇で香ばしい甘い匂いには抗えなかった。自分でも一枚つまむと、我慢できずに口へ放り込み、ガリリと噛み砕いた。
「……ッ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
(くそっ……! 悔しいが、今年も恐ろしいほど美味い……!! 噛むほどに甘みとコクが広がり、腹にズシッと溜まる満足感がある……!!)
徴税人は生唾を飲み込み、ビスケットの箱を部下に持たせた。
「よし! 雑穀とビスケットは回収する!……だが、話はこれで終わりではないぞ!!」
徴税人の目が凶暴な光を帯びた。
「最近、山の方でドワーフの影が見られたという報告がある! お前たち、代官様に内緒で亜人と取引し、肉や酒、鉄具を隠し持っているのではないだろうな!?」
「な、そのような恐ろしいこと、するわけがございません……!」
ガノスが冷や汗を流したが、徴税人はニヤリと下品な笑みを浮かべた。
「嘘か真か、全家屋の『抜き打ち家宅捜索』を行えば分かることだ! おい者共、家々へ踏み込め! 床下も壁の裏も徹底的に捜せっ!!」
「「「ハッ!!」」」
二十人の武装兵士たちが一斉に剣を抜き、村の家々へとなだれ込んでいった!
◇
【生後10ヶ月(10月上旬・1歳の誕生日まで:あと2ヶ月半)】
「おい! ここを開けろ! 中を改めさせてもらうぞ!!」
どかっ! と足蹴にされ、ガノスのボロ小屋のドアが乱暴に開け放たれた。 踏み込んできたのは、重装備の二人の兵士だった。
「ひっ……!」
エリスが恐怖で身をすくませ、ガノスが必死に庇うように前へ立った。
「な、何も隠してなどございません! どうか乱暴はおやめください!」
「黙っていろ! 探せ!」
兵士たちは部屋の中を荒らし回り、かまどを蹴散らし、土器や棚をひっくり返していく。
そして——兵士の一人が、靴音を響かせながら部屋の奥……あの『地下穴への隠し床板』と、『ドワーフから届いた鉄具の隠し場所』が存在するエリアへと歩みを進めた。
(まずい……! あそこを踏まれたら、隠し床板の微小な浮きや、下から漂うほのかな酒の香りに気づかれる……っ!)
歩行器に乗っていたサリマは、緊張のあまり息を呑んだ。
地下穴には、ドワーフとの交易で手に入れた頑丈な鉄のクワや矢尻、そしてサリマが仕込み抜いた最高峰の『熟成発酵酒』の土壺が無数に並んでいる。 あれが見つかれば、「亜人との内通と隠し蓄え」としてガノスは即座に打ち首、村は焼き払われて全員奴隷行きだ。絶対絶命のピンチだった!
兵士が隠し床板の上に足を乗せ、ドカドカと靴で踏みつけた。
「……ん? なんだこの床の木目は……? ここだけ少し、板の重なりが不自然だな……?」
兵士が不審に思い、剣の先を床板の隙間に差し込もうと屈み込んだ。
(やらせないわよぉぉぉぉぉっっっ!!!)
サリマは前世のアラサー社畜女子としてのプライドを完全に投げ捨てた! 歩行器を足で猛烈に蹴り出し、兵士の足元へと猛スピードで爆走したのだ!
ガラガラガラガラッ!!
「ぬわっ!? なんだこのガキは!?」
サリマは歩行器から身を乗り出し、兵士の甲冑(脚)にしがみつくと、満面の笑みを浮かべながら自分の幼い顔を兵士のスネにすりすりと擦り付けた。
「あーうー! ぶぶーっ! にこ〜〜〜っ!」
(見ろ! この生後十ヶ月の可愛らしい赤ん坊の愛嬌を!! 視線をこっちに向けなさい!!)
「チッ、邪魔だ! どけ泥人間のガキが!」
兵士が不快そうに脚を払おうとしたが、サリマは離れない。それどころか、あらかじめ口の中に溜め込んでおいた「だらだら垂れる特大のよだれ」を、兵士のピカピカに磨かれた革靴の上へ、たっぷりと塗りたくったのだ!
デロリ……。
「うおっ!? 汚ねぇっ! なんだこのガキ、靴によだれと鼻水を塗りたくりやがった!!」
「あう〜っ! ぶぶっ!(作戦成功よ!!)」
サリマは無邪気な顔で兵士を見上げ、さらに『バブー!』と大声をあげながら、床の上で転がってみせた。
兵士は靴についたドロドロのよだれに激怒し、不快感露わに足を引っこ抜いて後ずさった。
「チッ、気味の悪いガキだ! 汚れるからあっちへ行け!」
兵士が隠し床板の上から大きく足を外した、その隙を見逃さず、ガノスが間に入り込んだ。
「申し訳ございません! 幼い子で何の手加減も分からず……! ほらサリマ、おいで!」
ガノスは素早くサリマを抱き上げ、さり気なく自分の足で隠し床板を隠すように立ち塞がった。
「ふん! くだらん、この家には何もないな! 次の家に行くぞ!」
靴の汚れを気にしながら、兵士は不機嫌そうに小屋から出て行ったのだった。
「……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……!」
小屋のドアが閉まった瞬間、ガノスとエリスはその場に崩れ落ち、激しい吐息を漏らした。
「た……助かった……。サリマ……お前が、兵士の気を逸らしてくれたのか……?」
ガノスが震える手でサリマを強く抱きしめた。
「あう……ふぅ……」
(生きた心地がしなかったわよ……! 赤ん坊のよだれ攻撃を繰り出した甲斐があったわ……!)
サリマはガノスの胸の中で安堵の溜め息をついた。
他の家々でも、村人たちが命がけで知恵を絞り、ドワーフの鉄具を肥溜めの下や天井の藁の中に隠してカモフラージュしたおかげで、結局代官の兵士たちは「決定的な証拠」を発見することができなかった。
夕方、徒労に終わった髭面の徴税人は、忌々しそうに吐き捨てた。
「チッ……本当に何も隠していなかったか。だがな村長、今後も怪しい動きがあればいつでも村を潰すからそう思え!」
吐き捨てると、兵士たちを引き連れて去っていったのだった。
◇
【10月20日(受精後 231日目/誕生まであと2ヶ月)】
一方その頃——隣領の代官の館(城砦)。
豪華な執務室で、太った代官と、あの髭面の徴税人が、アルカ村から強奪してきた発酵ビスケットを優しく皿に盛り付け、お茶請けとして楽しんでいた。
「ふむ! 今年もこのビスケットは美味いな、徴税人よ!」
代官がビスケットをサクッと噛み砕き、満足そうに鼻を鳴らした。
「ははっ! 代官様、今年は去年よりも麦の甘みとコクが増してございます! 幾らでも食べられますぞ!」
「うむ! 泥人間どもの分際で、これほど美味い菓子を焼くとはな! ハハハ!」
二人は高笑いしながら、ビスケットを五枚、六枚とバクバクと口へ放り込んでいった。
……しかし。
食べ終わって一時間ほどが経過した頃、執務室の空気が激変した。
「……ぬ?」
代官が不意に、自分の下腹部を押さえて顔を歪めた。
「代官様……? どうなさいましたか……?」
「いや……なんだか、お腹の奥が……キュ〜〜〜〜ッっと激しく締め付けられるような……」
ゴロゴロ……キュルキュルキュルキュルッ!!!
執務室全体に響き渡るほどの、猛烈で不穏な大破壊音が代官の腹から巻き起こった!
「な……なんだこの音は……!? 徴税人、お前のお腹も……っ!?」
「ひ、ひぃぃぃっ! だ、代官様! 私のお腹も……ぐ、ぐわぁぁぁぁっ! 下腹部に猛烈なマグマが沸き立つような激痛がぁぁぁっ!?」
サリマが仕込んだ『難分解オリゴ糖+難消化性デンプン』が、代官たちの荒れ果てた大腸内で悪玉菌と反応し、爆発的なガスと超大量の水分を発生させたのだ!
「ひ、ひぃぃぃっ! た、便所だ! 便所へ走れぇぇぇっ!」
「代官様! お待ちください! 私が先に……ぐはっ! 出る! 今すぐ出てしまう〜〜〜っ!?」
「無礼者! 代官であるわしが先だぁぁぁっっっ!!」
ドタバタドタバタっ!!
二人の男は高貴な服の裾を乱し、お腹を押さえて悲鳴をあげながら、便所へと猛ダッシュしていった!
便所の扉を奪い合い、中で盛大に「バリバリバリッ! ゲロゲロゲロ〜〜〜ッ!(※水音)」と大爆発音を響かせる代官と徴税人。
「うおぉぉぉぉっ! お腹がちぎれるぅぅぅっ! 出切ったと思ったら、第二波、第三波が止まらないぃぃぃっ! 助けてくれぇぇぇっ!」
「ひ、ひぃぃぃっ! 毒ではない……毒ではないのに、お腹の激痛と下痢が永遠に終わらないぃぃぃっ! トイレから出られません代官様ぁぁぁっ!!」
代官と徴税人はその後、まるまる三日三晩にわたって便所から出られなくなり、激しい下痢と腹痛に泣き叫び続ける羽目になった。
「あ、あの村のビスケットは……美味いのに食べると便所に住み着くことになる呪いの菓子だぁぁぁっ!!」
トラウマを深く深く植え付けられた代官たちは、二度とアルカ村のビスケットを大量に盗み食いしようとは思い職を失う恐怖に怯えるのだった。
◇
【11月10日(受精後 252日目/誕生まであと1ヶ月半)】
アルカ村には、静かで穏やかな冬の足音が近づいていた。
「ふぅ……エリス、今日も外は冷えるな」
ボロ小屋の中で、ガノスがかまどに薪をくべながら、温かい野草茶を淹れていた。
「ええ……ですが、家の中はこんなに温かいですわ」
エリスは膝の上で元気に遊ぶ生後十ヶ月のサリマを愛おしそうに撫でながら、微笑んだ。
(ふふん、代官どものお腹、今頃バリバリ言ってるかしらね!)
サリマはガノスの膝の上で、小さくニヤリと笑った。
(毒じゃないから咎めようがないし、自業自得よ! これで当分、代官どもが無理な家宅捜索に来ることもないわね!)
ガノスがサリマを軽々と抱き上げる。
「サリマ、お前のおかげで、今年も村は誰一人欠けることなく冬を越せそうだ。……本当に、生まれてきてくれてありがとうな」
「あう……ふぅ……(お父さん……)」
サリマはガノスの首に小さな手で抱きつき、ニコッと暖かな笑顔を向けた。
来月は、ついにサリマの『一歳の誕生日(12月25日)』。
波乱に満ちた0歳児の一年間が、いよいよ感動のフィナーレへ向かって歩みを進めていた。
『1歳の誕生日(12月25日)まで:あと1ヶ月』




