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クロネコヤマネコ  作者: 葛飾タキ
Episode6.獅子の瞳
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幕間:和葉 2.見たものが不可解だからこそ問い詰める。

「何だ、木曽野原じゃないか。おい、大丈夫か? お袋さん、具合悪そうだけどよ」

 暢気な口調でやってきたわりには状況をすぐさま飲み込んだようで、浄一は近寄ってきて様子を窺ってくる。

「まさかとは思うが、この珍妙が変なことをして、目の前のことになっているんじゃないよな?」

 少女を見やって顔をしかめる。その口ぶりから、浄一は少女と知り合いらしい。それとも、あまりにも奇抜な恰好をしているから、何かやらかしたのだろうと予想したか。

「なぁよなぁよ、兄やんはいつもうちを悪者にするんよぉ。うち、悪いことは何もせえへんのにぃ」

 どうやら前者のようで、少女は頬を膨らませて浄一の胸をポカポカと叩いている。

「本当かよ? お前はいつも何かをやらかす問題児じゃないか。それなのに、悪いことをしていない? 信じられるわけないだろ」

 浄一は少女を鬱陶しそうに頭を押さえて引き離そうとする。

「んなぁ! うちはなぁ、何も悪いことせえへんもん!」

 しまいには、二人ともいがみ合う。

 和葉は二人を見るのみだ。唖然としていることが専らだが、抱えている譲葉を放っておけない。どうやって二人に声をかけてこの場を抑えればいいのか、今の状況をどう変えればいいのか。

「ま、珍妙のことはいいか。それより、木曽野原のお袋さんをどうするかだろ」

 浄一は再び殴りかかろうとしている少女から視線を離して言った。浄一と少女との背とリーチの差が、少女の手をグルグルと空振りさせている。

「なぁ、木曽野原、本当にこの珍妙が余計なことしていないよな?」

「え? ああ、何と言ったらいいのか。僕には、何が起きたのか分かりません。ただ……母の様態が少しよくなったような……」

 ――思えた。信じられないことなのだが、少女に助けられたような気がした。最初こそは信じられない思いだったが、今では目の前で起きた現実なのだと受け入れるしかない。その上で、譲葉をよい方向へと持っていかなければならない。

「こんなところにいても何だし、場所を移すか。動けますか?」

 浄一は譲葉へと手を差し伸べ、窺いたてる笑みを向けている。譲葉はその手を取り、頷いた。



   ◇



 荷物を持ち、近くの公園までやってきた。

 うずくまり動けないと思えた譲葉は、ゆっくりとした足取りだったが、歩くことができた。それだけよくなったと見ていいのだろう。まだまだ心配であるが、動けることを見て少しは安心できた。

 譲葉をベンチへと座らせ、和葉は隣に座った。

 少女は落ち着けない性格なのだろうか、チョロチョロと周囲を歩き回っている。

 浄一はお茶のペットボトルを手に、蓋を開け、譲葉へと預ける。

「――聞かせてください。何をしたんですか? 何が起きたんですか?」

 譲葉がお茶に口をつけ、一息ついたところを見守ったところで、和葉は浄一へと見やって問う。

「何をしたのか、と聞かれても、俺はあいつが何かしたところを見たわけじゃないからな。何をしたのかは、あの珍妙に聞くしかないな。ただ、何が起きたのかと聞かれれば――」

 ここで浄一はためらうように口を閉ざす。少女を見やり、考え込んでいる。少女はどこからか紛れ込んだ野良猫とじゃれあっている。こちらには完全に関心がないようだ。

「――あまり口にできることじゃないんだ。いや、違うかな。口にしたところで、普通の人には『何だそれ』と言ってしまうようなことになるのかな」

 こちらへと見直し、口を開く。答えを強要されているから仕方なくと言いたげである。

 だから、そのような曖昧な答えを返すのか、と和葉は睨む。

「木曽野原、怒んなよ。現実で見せられれば、如何に〝奇蹟〟という言葉が馬鹿らしく見えてくるかってことだ。けどな。でも、そういうものなんだ。〝馬鹿らしい現実〟なんだ」

 見たものが現実であり、見たものこそが答えなのだから、それ以外に言いようがない――それを示そうというのだろう。だからといって、現実で見せられたものがよく理解できなければ、そんな言葉も納得がいかない。

 浄一は少女へと見やり、和葉も釣られて見る。少女は猫を抱きかかえてこちらへと近づいてくるところだ。猫とじゃれあって幸せ一杯の顔は、こちらの心境とは的外れで、実際に和葉が知りたいことを目の当たりにさせた相手とは思えない。

「おい、その猫、どうする気だよ?」

 浄一が眉をひそめて少女へと尋ねれば――

「んなぁ? 飼うんよぉ」

 さも当然のように少女は答える。

「おい、そりゃやめとけ。〝戦争〟になる。特に、その猫が大暴れするぞ。お前が厄介になっているところの主は、動物に酷く嫌われるタチなんだからよ」

「それならなぁ、兄やんが飼うんよぉ」

「猫は間に合ってる。猫じみたのがいるから、もう猫は要らない。というか、放してやれよ。この辺りに住んでるんだろうから」

「んむぅ、駄目なんかぁ?」

「駄目だ。早く放してこい。そして、帰るぞ。俺は奔放なお前を捜してくるように頼まれただけなんだからさ」

「んむぅ、分かったんよぉ。ほな、またなぁ」

 少女は猫を地面へと下ろすと、猫は少女の足へとなすりついて、それが挨拶と言わんばかりに茂みへと消えていった。少女は落胆のため息をつき、もう少し猫と遊んでいたかったと言いたげに物足りなさを顔に出している。

 浄一はその少女の頭をよくできましたと言うように撫でてやる。

「じゃ、俺は用を済ませたんで、行くよ」

 浄一は軽く手を振ると、背を向けて歩き出した。和葉が呼び止めようとすると、少女が脇へと寄ってきて――

「なぁよなぁよ、しばらくは無理してはあかんよぉ。気脈を一時的によくしただけなんよぉ。せやから、体が動くようなったらなぁ、病院に行った方がええんよぉ」

 譲葉へと言う。譲葉は「ありがとうね」と小さく笑みを返した。

 少女は最後にニンマリ笑顔を向け、浄一の後に続いていった。

 和葉は二人の背をポカンと見送るだけだ。譲葉の危機から救ってくれたとはいえ、忙しなく現れ、忙しなく去っていく様は、台風とでもいうべきだろうか。あの勢いに呑まれて何もできなかった感が強い。考えれば考えるほど頭が痛くなってくる相手だ、とため息をついた。

 譲葉へと見やる。苦しみが和らいできて、呼吸が落ち着いている。薬の効果が出てくるまで普段ならもう少しかかるはずなのだが、少女の不可思議な行いが効いていると見ていいのだろう。

「大丈夫よ、和葉」

 譲葉はいつものように心配かけまいと笑顔を向けてくる。ともあれ、言葉を向けてくれるほどに戻ったのだから安堵し、和葉も笑みを返した。

 そして、今一度考える。あの不可思議な物についてと、起きたことについて。〝奇蹟〟など信じられないが、現実に起きてしまったことを、目の前で見せられてしまったからには否定するわけにはいかない。

 ならば、追い求める。浄一にもう一度問い質す必要がある。あれがあれば、譲葉を救うことも可能となるのなら、何としても――



   ◇



「何だよ。お前の方から話があるなんて、珍しいこともあるんだな」

 気の乗らない欠伸をする浄一。和葉は目を据わらせ、浄一を問い詰めようと一歩前に出た。

 放課後の図書館の隅で本棚に身を潜めるようにして二人は立つ。二人の他には女生徒が一人、入り口近くの長テーブルのところで読書をしていただろうか。普段ならもう少し人の数があるのだが、今日に限って少ない。ともなれば、あれこれと問い詰めるに好都合な場所といえる。

「おいおい、こんなところで――俺は〝その気〟はないんだぜ?」

 浄一がおどけて見せる。

 男が二人きりで図書室の隅っこで密会ともなれば、という意味での〝その気〟なのだろうが、和葉とて〝その気〟はないし、そんな性癖も持ち合わせていない。そもそも、〝その気〟があったとしたら、女生徒が一人いる時点で発展もないだろうに、と渋い顔をする。

「冗談を聞きたくて、ここまで連れてきたのではありません」

 図書室だから声を抑えているのだが、どうしても図書室内に響いてしまう。だが、浄一のペースに付き合うつもりはさらさらないからこその、言い返しである。

「僕があなたをここへと連れてきた理由は、聞きたいことがあるからです。教えてください。あの時のあれは何だったのですか?」

「あの時? 何のことを言っているんだか分からないが――ああ、お前のことだから、あの時のことか。随分と唐突な話だな。こんなところで話すようなことじゃないぜ」

 再び冗談を交えようというつもりなのか、と和葉が身構えるが、そうではないようだ。浄一の顔つきが一変したのだ。問い詰めているのは和葉の方なのに、逆に問い詰められているかのように思えてしまう。普段の浄一では見せない顔つきなので、息を呑んでしまう。

「なぁ、木曽野原。引き返すならまだできる。普通の人間として、生活もできる」

 どこか脅迫めいた言葉。ただ、脅迫にしてもどれだけの効力があるのか不確かな言葉でもある。ゆえに、何を言いたいのかうまく伝わってこない。いや、うまく伝わらないようにあえてぼかせて言っていることも考えられる。

「どういう意味ですか?」

 だからこそ、率直に尋ねる。

「言葉どおりの意味さ。実はな、俺たちは〝一般人〟とは違う世界に生きているのさ。と、突然言われたって、まるで漫画みたいで受け入れがたい言葉なんだと思うけどな。でも、事実なんだ」

 浄一は肩をすぼめる。例える言葉があまりにも短絡過ぎて辟易としているような顔であるが、それでも言葉を紡ぐ。

「――それに、お前だって目にしたわけだし、今さら否定するようなことでもないだろ? ああいうことを、俺たちは日頃そばに置いているんだ。といっても、お前のお袋さんにしたのは、しょっちゅうできるわけじゃないし、万能というわけでもない。世間に出回っていないことを見れば、どれだけ信用できない物か分かるだろ? 信用に値すれば、この科学技術の発達した世の中に出回っていたっておかしくない。その物のあり方が、すでに時代錯誤なんだよ。産業革命以前の、まだ錬金術で鉛から金が作れるなんて信じられていた頃から何も変わっていない代物なんだよ」

 突拍子もない話をされていることは理解している。でも、それが知りたいからこそ、こうして問い詰めている。いや、あの少女の手にしていたカナリア色の石の存在を目の当たりにしたからこそ、浄一の話を馬鹿にできないし、理解しようと懸命になっている。

「………………」

 考えが追いつかないから黙り込んでしまう。

「ま、最初から理解なんて無理な話か。俺だって、ない頭使って、何とかって感じだし。知らないことだってまだまだあるからな。そうだ。もっと知りたければ、あそこに行った方がいいな。俺が説明するよりか、もっと詳しく教えてくれる」

 浄一はそう言って歩き出す。それで全部答えたとは思えず、何か意味があっての移動だと思って和葉はついていく。

 浄一は女生徒の横へと立つと、何かを話している。耳打ちをしているので、和葉には聞き取れない。

 この女生徒は今になってどこかで見たことがある気がした。そう、何かと浄一と一緒にいるところを見ている。鳶色の長い髪と瞳が印象的で、とても物静かな娘という覚えだけがある。

 浄一が話をしているところから、この女生徒が和葉の知りたがっていることを教えてくれるのだろうか。しかし、〝あそこに行った方がいい〟という言葉が女生徒のことを示しているとは思えない。女生徒はその〝あそこ〟とやらへ行くための仲介か何かなのだろうか。

 和葉がじろじろと見ていたからなのだろうか、女生徒から鋭い視線を向けられてしまう。どこか敵意を感じる。それもすぐに逸らされ、ノートを開いて隅に何かを書き込むと、破いて浄一へと渡した。

「ここへ行ってくれ。それと、このことは誰にも言わないでくれよ。まあ、お前の知りたがっているものを知れば、誰にも言えないようなことだと分かるだろうけどな」

 と言いながら、浄一はその切れ端を渡してくる。見れば、住所とその場所の名称らしきものが書かれている。ただ「子子子子商会」と書かれているのを見ると、何かの悪戯なのだろうか――浄一へと見やる。

「変な名前だけど、本当にそういう名前なんだ。そこの社長に聞いてくれ。あ、ただ、そこの社長がかなりの変態だから気をつけてくれよ。って、今さら言うほどでもなかったな」

 浄一はニヘヘと笑った。

 ここに書かれている場所が〝あそこ〟とやらなのだろう。和葉は訝しくしかない。それに、女生徒に睨まれたままで居心地が悪いので、さらに問うという手段を封じられてしまったように思えてならなかった。

「分かりました。僕は、ここに行けばいいのですね?」

「ああ、そういうこった」

「では、早速向かうことにします。ここは、ありがとう、と言っておくべきなのでしょうかね」

「気にすんな。俺は何もしてないからな」

 浄一が気恥ずかしそうに手を振る。

 これを最後に、和葉は図書室を出た。

 切れ端に書かれている場所なら、数駅のところなので今から行っても夜を前に帰ることができるだろう。ただ、今から行って話を聞けるかが問題だ。浄一のあの言いようから、話してもらえないのではないのか、門前払いを受けるのではないのか、と今からとても不安になる。

 しかし、ここで怖気ついているわけにもいかない。譲葉のためにも、知らなければならないのことなのだ、と。



   ◇



「よかったのですか?」

「何が?」

 図書室に残った二人、女生徒が浄一へと尋ねたところ、浄一は惚けた様子で問い返した。

「今の人、私たちとは〝違う〟のですよね? 〝普通の人〟なのですよね? なのに、ネコジシ商会のことを教えてよかったのですか?」

「言っても大丈夫だろ。あいつなら、俺たちを蔑むような連中と同じにはならないだろうし、そんな連中と同じだったら、あの変態社長が受け入れないだろ。いや、今は爺さんが店番しているから、なおさら大丈夫だろうさ。あの変態社長よりか、手厳しいからな。心配ないさ」

 浄一は女生徒の肩へと手を置く。女生徒はどこか疑いの息を漏らす。いや、むしろ呆れてしまっているのかもしれない。

「なあ、珠稀はあいつのことを信用できないのか? あいつ、口は悪いが、中身まで悪い奴じゃないんだぜ。人付き合いは相当悪いけどな、ハハハ」

「浄一さんのお知り合いですので、悪い人でないのは確かなのでしょうけど――私は好きになれません」

「好きになれないか――ハハッ、そいつはしょうがないな。でも、まあ、心配するほどでもないさ。もう少し気楽に構えても大丈夫だって。信用ができないと爺さんに判断されれば、どんなに泣きべそかいたって相手にしてもらえないんだから」



   ◇



 電車に揺られながら、何を思えばいいのだろうか。ただぼんやりと横に流れる景色を見ていた。考えようと思っても、うまく考えられない。時間が過ぎていくだけ、景色が変わっていくだけだ。

 ようやく知ることができると思っても、本当に指定された場所へと行っても知ることが叶うのだろうか。浄一のことを信用していないわけではないが、知ろうとしている内容があまりにも現実離れしてしまっているので、どうしても疑ってしまうのである。疑ってしまうのなら、はなから知ろうとしなければいいだけじゃないか――考えもしたが、何もしないまま、何もできないまま過ごしていても譲葉の体がよくなるわけではない。

 譲葉がよくなることが自分の望み。それを叶えるためにもどんなものだってすがってみせる――何度も何度も揺れるこの気持ちをどうしたらいいのだろう。望みはしっかりとしているのに、手段がしっかりとしない。

 考えているうちに、考えがまとまらないうちに、目的の駅へとついてしまった。駅を出て駅前の通りを歩いていく。多くの人が行き交う中、住所を確認しながら迷いながらも進んでいく。

 だいぶ近くまで来たかなと感じたところで、ふと横を女が追い越していく。

 思わず目を留めてしまった。

 深紅の髪を風になびかせている。たかだか赤毛程度に気を留めることもないだろう。なら色じゃない。女の存在そのものに何かを感じ取ったのだ。

「何です、あれは……」

 声を漏らしてしまう。その間に、女は群衆の中へと消えていった。

 その姿が見えなくなったことで、和葉は足が震えていること気づいた。それほど、怖い存在を目の当たりにしてしまったのだ、と――檻から放たれた猛獣が目の前を横切って行ったような感覚。

 でも、今はそんな時ではない。浄一に指定された場所へと向かわなければならない。かぶりを振り、恐怖を振り払って歩みを再開した。

 少し離れたところに古ぼけた雑居ビルが見え、剥がれかけたペンキで「栗花落(つゆり)ビル」と書かれている。住所にも「栗花落ビル」とあるので、この雑居ビルが目的地だろう。

 その入り口の前へと立てば、より古さの分かる雑居ビル。ここに、自分の知りたがっている物があるのか――気を入れなおし、足を踏み入れていく。


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