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クロネコヤマネコ  作者: 葛飾タキ
Episode6.獅子の瞳
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12.気分が優れないのに、気の重くなるようなことをされても。

 よく眠れなかった。

 色々と考えてしまい、横になっても眠ることが叶わなかったのだ。眠たいはずなのに、駄目だった。

 長く暗闇の世界に身を漂わせ、ようやく明るい世界が見えたかと思えば、ただ単に朝を迎えたという現実に、どっと疲れが押し寄せてくる。

 美加は起きて身支度を済ませた。朝食は、食欲が湧かないので取らない。いつもなら、たとえ食欲がなくとも朝食を取るようにしていたが、それでも、今日に限ってはそこまでに至らないのである。

 ろくに眠れていないことと朝食を取っていないことで、足元がどこかフラフラと覚束ない感じがする。それでも、足に力を入れて、歩んだ。


 暑い――。


 今日もまた、陽がこれでもかというほどに降り注いでくる。眩暈を起こす要因がまた一つ増えたことになる。もう気だるいどころではない。気持ちが悪く、今にも吐きそうだ。でも、吐くようなものなど胃液程度のものだろう。

 周りの流れる時間がとても早く感じる。そうでなければ、自分だけが時間に取り残されてしまっているかのよう。

 吐く息も重い。呼吸するだけで、体力を奪われていく。もとより体力を回復するための寝食を満足にできていないのだから、残りある体力などないに等しく、雑巾を絞るようにして体力を振り絞って維持していくしかない。

 まだ朝だというのに、こんなことで一日持つのだろうか――悩んでも仕方がない。時間は常に進んでいるのだから、やらざるを得ない。

 ようやくの足取りで警察署へと辿り着く。同僚たちへと挨拶をしながら、席へとついた。

 ずしりと深々と座る。椅子に体を預けると、今すぐにでも眠ってしまいそうになる。けど、目を瞑ったところで眠れやしないだろう、と頭の中で別の自分が厭いたように答えてくる。

 もう一度ため息をつけば――横からカップを差し出された。苦味のある香りが鼻腔をくすぐり、僅かであるが意識をはっきりとさせてくれる。

 カップを差し出してきたのは、見やれば安雄である。真っ直ぐに美加を見下ろしてきている。

「芒原、顔色が悪いな。ちゃんと飯を食ったのか?」

 トン、とカップを前に置かれる。飲め、ということなのだろう。美加はカップを見やってから、安雄へと見やる。

「ったくよぉ。お前はただでさえ、食が細いんだ。だから、いつまで経っても細いし〝まな板〟なんだよ。それに、朝飯ぐらい食っておかないと、仕事にも障るからな」

 どうやら、安雄には朝食を抜いてきたことを見抜かれているようだ。

 いや、こうも体たらくなところから誰であろうと予想がつくに違いない。だからこそ、美加は何も言えない。視線落としてカップを再び見やるだけ。

 安雄は席へと座るなり、煙草を取り出して火をつける。紫煙が安雄の厭いたため息と言わんばかりに天井へと伸びていく。

「あぁ、何も食ってねえのに、コーヒーというのは腹に悪いか」

 安雄がカップを取り上げていった。煙草の合間にコーヒーをすする。

「――どうであれ、お前が元気じゃないと柳崎さんが心配する。その何もない胸に何を抱えているのか知らないが、無理はするなよ。――ん? ったく、朝から何であいつが? 胸糞悪い顔だ」

 安雄の視線が外れた。カップを置いて立ち上がり、離れていく。湯気を上げるカップは安雄の厭いたため息なのか、美加を心配してくれる温かみなのだろうか。

 安雄の向かう先には、弓月の姿があった。

 前と同じ、犬猿の仲だからこその、周りも同じ――相手をしたくない、と視線を逸らしている。それこそ、また始まったと同僚の目が語っている。美加もまた、同じ目になるだけだ。こんなにも気だるい朝から、言い争いの場を見ていても気分が悪くなるだけだから。

 しかし、言い争いになることはなかった。弓月が安雄へ何か一言を口にしただけで、安雄は弓月を通すのだ。

 弓月は美加へと真っ直ぐに近づいてくる。

「顔色が悪いようだが、体調が優れないのかい? やはり、ノンキャリばかりの空気を吸っていると、折角の美人がやつれてしまうのかい?」

 弓月は周りの目などお構いなしの物言い。周りからの視線など、始めから何とも思っていないようだ。むしろ、悔しかったらキャリア組みになればよかったんだ、と言いたげである。

「私だって、ノンキャリです」

 そんな弓月の態度が我慢ならなく、美加は不満を口に出してしまう。自らを抑え切れないところもまた、体調が優れないからか。

「おっと、そういうことは言わないでおくれ。美人にキャリアもノンキャリアもない。そう、美人はキャリアである俺と共にあるべきだ。

 ――おっと、そういうことを言うためにここへと来たわけじゃないんだ。芒原美加、君に聞きたいことがあってここへと来た。どんな用件か、言わなくてもわかっているだろ? 〝君ならでは〟の話さ」

 弓月は笑みを浮かべて言う。その言葉に含まれている意味は、魔具、それもネコジシ商会についてなのだろう。そうでもなければ、ここへとは来ないだろうし、安雄が易々と通すとも思えない。

 美加は息を呑み、ゆっくりと頷いた。



   ◇



 小さな会議室とは名ばかりのところで、取調室と対して変わりがない何とも味気のない部屋。机と椅子があるだけの簡素なものである。

 しかも、これから色々と聞かれるのだろうと思えば、取調室でやるかここでやるかの違いしかないのではないだろうか。

 美加は用意されている席へと座ると、弓月が向かい側へと座った。

 今のところ、問い詰めてくるような雰囲気ではない。弓月のことだから、気のいい言葉を並べて、それから問い詰めてくるのだろうか。予想を立ててみるのだが、しっくりとこない。

 弓月を見て、どのような話の切り出し方をするのか、待つだけだ。

「お茶の準備でもさせておくべきだったね。そこまで気が回らなくてすまないね。ああ、そんなに硬くならないで。俺は管理官というわけじゃないし、あまつさえボーナスの査定に来たわけじゃないんだから」

 にこやかな笑みを浮かべている。〝ボーナスの査定〟などという話をこんなところでする必要などないことから、冗談を言って少しでも場を和やかにしようという心配りなのだろう。ただ、キャリア意識が高い人間からそのような冗談を言われても、嫌味にしか聞こえないのはどうしてなのだろうか。

 弓月の心配りはともかく、それだけでは気が落ち着くはずもない。

「それとも、ネコジシ商会との関わりについて、根掘り葉掘り聞かれると思っていたのかな? 一応、報告書での限りだけど、君とネコジシ商会については把握しているつもりだよ。それに、ここ最近はネコジシ商会へと訪れていないことも知っている。とりあえず、このぐらいのことを知っておけば十分だと思っているし、君がまだ話したりないことがあれば、あとで言ってくれればいいよ。

 俺が知りたいのは別のことさ。今回の事件――ええと、君は遺体が俺らと同じ警察官であることは聞かされているのかな? それも公安の――」

 弓月が書類を目にしながら語る。そして、書類から目を離し、美加へと見やってきたので、美加は頷いて返した。

「そう。そこまで知っているのなら、説明が省けていいね。時間は無駄にできないから。

 で、ね。彼が何を追っていたのかを知っているかい? こちらでは、まだよく分かっていないんだ。秘密主義第一の人たちだから、どうしても情報を貰えなくてね。それに、部下に調べさせているのだけど、報告が上がってこないのさ。仕事の遅い部下を待つよりも、直接君に会って話を聞いた方がいいと思ったわけなんだが」

 そう言われても、美加自身もよく分かっていない。でも、分かる限りのことを弓月に話すことにした。今言わなくとも、いずれ弓月の耳に入るだろうが、自分から言えば何か情報を得るかもしれないと思ってのことだ。

 それに、〝捜査についての情報は君のボスにでも聞けばいいことだから〟と浄一に言われたこともある。弓月は美加の直接の上司というわけではないが、上役に違いないし、この事件についてのことを聞いてくるということは、捜査についての情報を握っていると考えられるからになる。

 でも、眞紀から聞いた〝傾奇者(かぶきもの)〟についてと、和葉と昨夜に会ったことは話さなかった。

 〝傾奇者〟がまだ不確定なことだからであり、和葉の目的を話せるほど知らないということが理由となる。

 ただ、和葉も公安と同じ魔具を追っていたのではないかと予感だけはあるものの、和葉が黒猫とそれに関する魔具を追っていたことについては別件なのだろうという考えがある。となれば、和葉は二つの魔具を追いかけていたということになるが――やはり、和葉から聞いた話だけでは、弓月へと話せるようなことは何もない。

「ふぅん、矢鮫組からの情報か。あそこならきな臭い話も入ってくるだろうから、公安の人間が殺されたことについて知っていてもおかしくないね。ただ、犯人像が掴めていないのは――組が関わっていないのだから隠す必要もないし、本当に掴めていないだけと見るべきか。

 〝マル暴〟にも知り合いがいるけど、あそこの人たちって顔が怖いから苦手でね。部下でも送って、探りでも入れるかな。ろくな情報は入ってこないだろうけどね。

 さて、話は終わりだよ。今度は、こんなところでなく、ディナーでも誘いたいところなんだが――どうだい?」

 弓月が真っ直ぐに見据えてくる。

 どんな意図を持って言ってくるのか窺い知れない。いや、好意を寄せているのだろうなということは感じているので、言葉のとおりなのだろう。しかし、このようなところで、それも事件についての話をしたあとで言うようなことなのだろうか。美加は怪訝に目を伏せる。

 どうやって断ったらいいのだろうか。正直、まだ弓月のことを好きになれないし、ここで食事を誘われても困る話だ。

「――まあ、また今度誘うことにするよ。しばらく、この案件でお互い忙しいだろうから」

 弓月は美加の返事を待つこともなく、気持ちを汲んでくれたのか、ただ単に言葉どおりなのか、それとも、これまた場を和ませようとしていただけだったのか、素直に諦めたようだ。

 そのまま席から立ち、書類を抱えて部屋の出口へと向かう。ドアノブに手をかけたところで――

「〈賢者の石〉って知っているかい?」

 と唐突に聞いてくる。

 美加は何のことを言っているのか分からず、ポカンとするだけだ。

「あ、いや、今のはなかったことにしておいて。ただの独り言さ」

 そう言うだけで、弓月は出て行った。


 弓月から解放され、自分の席へと戻ってくるものの、周りはとても忙しいようで美加に気をかけてくるような者はいなかった。弓月に呼び出されたから、何かやらかしたのだろうという風に見られているのかとも思ったが、違った。

 呼び出されている理由を周りが知っているのだろうか。しかし、魔具絡みのこととなると、一部の者しか知らないはずなので、それも考えにくい。

 他に考えられることは、美加が弓月に口説かれていると見られていることだろうか。なので、稀に視線が合う時もあるのだが、哀れむ目を向けられているように感じられる。

 疲れがどっと押し寄せてくる。最早、ため息しか出てこない。

 このままここにいても、自分自身で哀れむようになってしまうので、外に出ることにした。それに何よりも、ここにいると安雄が弓月と何があったのかとからかってくるのではないかと恐れてのこと。今はちょうど席を離れて姿が見えないので、逃げるのならチャンスである。



   ◇



 外へと出たのはいいのだが、どこへと行く当てもない。今までならネコジシ商会へと行けばよかった。だからか、無意識に栗花落(つゆり)ビルの前へとやってきてしまう。

 最上階へと見上げるだけで、入ろうというつもりはない。昨夜の和葉のことを思い出してしまって、足が向かないのである。

 とても複雑な思い。どうしていいのか分からない――どうしようもない――ただため息のみが重なっていく。

 首を横に振った。わだかまる気持ちを振り払うことができないものの、ここに立っていても仕方がない。栗花落ビルに背を向けて、離れることにした。


 次に向かうとすれば、シュヴァルツ・カッツェである。

 今回は協力体制を取っているので、互いに持っている情報を出し合えば、捜査の進展もあるだろう。

 これなら、署にもう少し残って、隆文から情報を得てくればよかったと思うものの、もう出てきてしまったのだから、隆文から情報を得るのは次の機会にすればいいか、とすぐに諦めがつく。

 店のドアの前に立ち止まり、息をつく。霞に話をするにしても、和葉のことを話していいのだろうかと悩む。和葉は事件に関係のなさそうなことを言っていたが、ヘカテを使ってまで関わらせないようにしているところで、本当に関わりがないのか疑わしい。そもそも、和葉が全うに問答するのかが疑わしい。

 だからこそ、信じたいのに信じきれない遣る瀬無さだけがある。

「――やっぱり、影が薄いな。折角の美人が台無しだ」

 どこまで話をすればいいのか悩んでいると、声がかけられる。驚いてビクビクとしながらも、見やれば浄一がいる。その手には大判の封筒。何かしらの情報を手にしたということだろうか。

 昨日訪れて、まだ一日しか経っていない――正確には二十四時間も経っていない――のに、どのようにして情報を手にしたのだろうかと驚くほかない。彼なりの情報の入手の方法があるのだろうが、それを捜査に活かせればと思いつつも、聞いたところで教えてくれやしないだろう。

「で、中に入らないのか? まあ、俺としても〝虎穴〟に入りたいとは思わないから、いいんだがな。けど、ここの人たちにも情報を与えないとならないだろうから、俺としてはどうでもいい話だが、君は協力者として彼女たちを選んでいるんだろうし、こんなところで立ち止まっている場合でもない気がするけど」

 浄一はそう言うと、美加の代わりとでも言うべきか、入れない美加を気にも留めないというべきか、ドアを開けて中へと入っていく。

 浄一と入れ替わりにコーヒーの香りが出てくる。不意の浄一の登場とコーヒーの香りに、頭の中が一度リセットされた気分だ。悩むことを後にして、浄一についていくことにした。

 店の中は、とても殺気立っている。いつもなら、とても朗らかな雰囲気に満たされているはずなのに、これは何なのだろうか。

 ――と考えるまでもなく、殺気立っているのは千代だけだ。浄一に異様なまでの殺気を向けている。浄一の後ろにいるからこそ、あふれ漏れた殺気を感じ取ってしまっているらしい。

 他はいつもと変わりない。遊慧はコーヒーを淹れる準備に取り掛かっているし、霞は奥の席で文書と睨めっこをしている。二人とも、千代が殺気立っていることに、何かを言う様子はなかった。

「霞姉さん、どうしてあいつがここにいるんですか!」

 千代が霞のそばへと寄っていくと、喚きたてる。霞は何も答えず、電卓を打つことに専念している。霞は、千代を相手にしていられないというよりも、誰の相手もしたくない雰囲気を出しているのだが、それを読み取れないほどに千代が感情的になっているのだろう。

「霞姉さん、聞いているんですか? 霞姉さん!」

 再び千代が喚きたてれば、霞の手が止まった。指先がプルプルと震えているように見えるのは錯覚でないだろう。

「千代ちゃん、大きな声を出さないで。打ち間違えちゃったじゃないの。それに、ジョウくんが来たぐらいで殺気立たないの。〝親の仇〟というわけじゃないんだから」

 霞は仕事にならないとぼやきながらため息をつく。

「ですが、あれは〈異端〉です。我々の敵です」

「別に悪いことしているわけじゃない――とは言い切れないけど、今回は見逃してあげてね。そうじゃないと、私たちも困るから。

 それに、ジョウくんをとっちめるのは私たちじゃなくて警察の仕事。やっていることといえば、プライバシの侵害なんだから」

「ううぅ、霞姉さんがそう言うのでしたら。命拾いしたな〈異端〉」

 千代はそう言って霞の隣の席へと座る。しかし、殺気立ったままなのは変わらず、睨むことすらもやめない。ただ単に大声を出すのをやめただけのようだ。

 霞は厭いた様子で、文書をひとまとめにしてテーブルの隅へと片付けていく。

「さ、座って。大事な話があるんでしょ? こっちは、言うほどのことはまだ何も集まっていないわね。変わらずよ」

 霞は手を差し伸べて、席を勧めてくる。美加と浄一は霞の向かい側へとついた。

 浄一が手にしていた封筒をテーブルへと置き、霞へと滑らせる。霞は何も言わずに封筒を手にすると、封を開けて、中から書類を取り出して目を通していく。

 その間、静かで重々しい空気が漂っている。全て千代によるものなのだが、美加はとても息苦しく感じて、この場にいづらい。浄一は慣れたものなのだろうか、殺気を涼しげに受け流している。

「――なるほどね。矢鮫のオバ様の言う〝傾奇者(かぶきもの)〟って、これね。日本じゃどうしても目立ってしょうがないものね。〝傾奇者〟扱いにされてもおかしくないわね」

 霞は書類のひとつをテーブルへと置いて、美加にも見えるようにしてくれた。美加はこの場の空気から逃げたい一心を、その書類へと向ける。

 牧師の画像と簡単なプロフィール。美加はどこかで見たことのある顔だと気づくのだが、どこで見たのか思い出せない。名前は「ルドルフ・フォン・モルゲンシュテルン」とあるが、これも全くもって知らない。

 これのどこが〝傾奇者〟なのかと思うのだが、神父姿でこの街の中を歩き回っていれば、さぞかし目立つことだろう。それゆえに眞紀が〝傾奇者〟と当てたことを理解できた。

「ここ数ヶ月、この街の魔具絡みに出てくる顔だ。主立った動きはあまり見せないんだが、裏で色々と動いているらしい。やっぱり、そいつは事件に関係があると見ていいのか? 俺は事件についてまだ詳しく調べられていないから、集める情報の方向性が定まってなくてね」

「魔具絡み……ここ数ヶ月? そんなに前からこの街にいたというの?」

 霞が眉をひそめる。信じていないわけではないようだが、素直に受け入れられないと言いたげである。

「おいおい、咲耶の家紋を背負っているくせに、知らなかったというのか?」

「知らないわよ。咲耶だからって、〝鼻〟がいいわけじゃないわ。それに、咲耶一門が魔具に詳しいわけじゃないもの。刀を振るうだけが取り柄の時代錯誤の家系よ。

 第一、モルゲンシュテルンをこの街で見かけたことがないわ。あれほど目立つ人がいれば、すぐに気づくようなものなんだけど。

 ――ああ、そうか。だから、この街に白矢が来ていたのね。白矢の目的は、〈黄金の林檎〉。そして、〈黄金の林檎〉の所有者はモルゲンシュテルン。白矢を見た時点で関連性に気づくべきだったわね。迂闊だったわ。もぅ、何で気がつかなかったんだろ」

 霞は声を出しながら頭をかきむしる。バサバサと深紅の髪が揺れる様は、炎が燃えがっているかのよう。

 雑な扱いで煙管(きせる)を取り出し、刻み煙草を詰め――

「煙草、喫(の)んでもいいかしら?」

「それで落ち着くのなら、どうぞ」

「悪いわね。〈蛇〉は今のところ言うことを聞いてくれるから、どうにでもなるんだけどね。自分の不甲斐なさにイライラがどうしてもね」

「煙草のせいだろ、あんたの場合。ニコチン中毒」

「失礼ね、もう。否定もできないけど」

 霞はマッチを擦って煙草へと火をつける。煙草を何度か赤く染めたところで、紫煙を天井へと吐き出した。


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